第十三幕 攻撃力での不安
古びた長椅子に座らせたシャルの
御貴族様は
「はぁ……まさか自分が伝承にあるような
悠真は目許を軽く
「それ、少し前にも言われたが、俺は別にシャルの信徒とかじゃねぇぞ。そもそも、シャルと出会ったのも禁忌の悪魔って言葉を知ったのも、ほんの数時間前の話だし」
御貴族様は目を白黒させたあと、
説明をするのも
「まあ、それはいい。で、お前、名前は? 俺は悠真。久遠悠真だ」
「ちょっと、口の利き方がなっていないわね。私を
「だから誰なんだ。それを聞きたいから名前を言えよ」
少し
「エレアノール・エヴァンス。そう、私はエヴァンス家の者なの」
「エレアノールってちょい長いな。エレアでいいか」
「ちょ、え、はぁ? 何を勝手に略しているのよ」
「悠真さん。エヴァンス家の現当主様は、王の切り札と
世界の情勢も王がどんな人物かも、悠真にはよくわからない。
凄い人なのだろうとだけ認識し、生返事をする。
「へぇ、そうなんだ」
「ふふっ。今までの数々の
腕を組んだエレアをよそ目に、聞きたかった名前も知れた。
次いで、名前よりももっと重要なことについて
「ところで、この屋敷の中はどうなってるんだ。ずいぶん
「屋敷の中には死霊系統の……って、お前、人の話をきちんと聞いているの? 私はエヴァンス家の者なのよ。これがどういう意味か、しっかりとわかっているの?」
両腕を下にまっすぐ伸ばしたエレアは、まだ家柄の話題を続けていた。
「いや、それはさっき聞いたって。王様の切り札の娘様なんだろ」
「なら、もっとそれ
「王様が気に入ってんのはエレアの親父さんで、別にエレア本人じゃないだろ。もし
エレアの
「悪いけど、俺は王や貴族とかの世界に
「悠真さん、そういう意味ではありません。彼女が言いたいのは、その気になれば、王国が総力を
顔を
「勝手なことを……何も知らないくせに、勝手なことを言わないでよ! この私が、何も頑張っていないって、家名を
顔を上げたエレアの目が、涙で
悠真は
「い、いや、何もそこまで言ってないだろ。
「私だって、好きでこんな家に生まれてきたわけじゃない!」
その
「あの家に生まれた者の宿命、お前にわかる? 何をするにしてもできるのが当然、できてあたりまえだって言われるの。家族からも、周りからも……私だって、必死に頑張っているの。それなのに何も知らないで、勝手言わないでよ!」
感情をあらわにしたエレアの涙を見て、悠真は黒髪に指を通して頭を
別に、エレアを泣かしたかったわけではない。
思った言葉を、ただそのまま並べただけにすぎない――それが、結果的にエレアの
ヨヒムに〝男が女を泣かしてはだめだ〟と言っておきながら、自分が相手の地雷を踏んで泣かしている。悠真は自分自身に
「何も泣くことないじゃないか。確かに俺は何も知らない。本当に悪かったよ」
「情けないって、自分でも思っているわよ。
「えっ……?」
ぽとぽとと涙を流しながら語られた内容を聞き、悠真は静かな驚きに満ちた。
「それなのに周りは直接
「だから、私は……ここで証明するの。誰も手を出しづらくなった呪われた屋敷を、いち早く浄化して、私でも解決できるって示すの。家族を、周りを見返してやるの」
エレアの眼差しが、出会った
二度と地雷を踏むまいと、悠真は彼女の言葉を
ふと、ある共通点に気づいた。
「お前……その
「なっ――何よ。何も知らないくせに、一緒にしないで!」
「好きでこんな家に生まれてきたわけじゃないって言ったよな。シャルだって別に、好きで
エレアの
「こういうのって、お前が
「それは、でも……それとこれとは、話が違うでしょう。だって、禁忌の悪魔は
悠真は腕を組み、首を
「それってさ、自分の目でちゃんと確かめてみたのか? お前は俺に、何も知らないくせにと言ってきたが、シャルの何を知ってそう言ってんだ?」
「悠真さん、私は……」
か細い声で口を
「別にお前の覚悟を否定したいわけじゃない。エレアにもいろいろな事情があって、それを無神経に
頭を下げてから、悠真は一つの案を
「お
エレアが深く考え込むような姿勢を見せた。何が最良なのか考えているようだ。
「あ、あの、悠真さん」
シャルが小さく手を
「さきほどの話の続きを、させてもらってもいいですか?」
「ん? 続き?」
妙な展開のせいでど忘れしてしまい、悠真は記憶を掘り起こしていく。
悠真が思いだすよりも先に、シャルは
「その『一緒に』という言葉に、私は入っていますか?」
「ああ……シャルはここで待っててくれ。どんな危険があるかわからないしな」
「私では力不足かもしれませんが、一緒に行かせてください」
何やら申し訳なさそうに、シャルが表情を曇らせた。
「私は、攻撃系統の秘術がほぼ扱えません。ですが、
シャルの発言を聞き、悠真は首を
カフェでアリシアから聞かされた話と、少し異なっている気がした。
悠真が口を開くよりも前に、今度はエレアが
「はあ? 禁忌の悪魔は、常人を超える能力と才能を
「確かに普通の人とは違い、私には属性が二つ備わっています。ですが、これまでの人生、
(ああ、それで〝ほぼ〟なのか)
「それにしたって、普通は一つぐらい攻撃系統の秘術が扱えるものでしょう?」
目をしばたたかせるエレアに、悠真はさり気なく問う。
「お前はどうなんだ? 秘術を扱えないとか言ってた気がするが」
「わ、私は、剣術であれば自信があるわよ。秘術は発動しないから扱えないけど……あと死霊系統は昔から本当に無理ね。自分でも不思議なぐらい無理なの」
(こ、こいつ、使えねぇ……つか、なら、どうしてここを選んだんだ)
少し前のやり取りから口が裂けてでも言わないが、悠真は
ピピンが見せてくれた掲示板には、無数の紙が
自分が苦手だと感じるものを、わざわざ選ぶ必要性などないと思えた。
「お前は、どうなのよ?」
悠真からすれば、痛い返しだった。
どんな怪物が
そもそも怪物自体、日本で
ぼんやりとした眼差しをしている二人を見つめてから、悠真は軽く拳を構える。
「俺は、この格闘術ぐらいだ。しかし言っておくが、俺が
悠真は腰に手を置き、事実をありのまま告げる。
「そして俺は、秘力や属性どころか精霊の適性もない。特殊な力なんか一つもない。つまり……怪物によっては、俺はまるで歯が立たない可能性が高いぞってお話だ」
シャルもエレアも、二人して目をぱちぱちさせた。
「えっ? でも、だって、お前の瞳の色って……」
「俺にも理由はまったくわからないが、ただ真っ赤っかなだけだな」
「まったく使えないわね、お前」
沈黙で満たされた場には、そよそよと吹き抜ける風の音だけが広がった。
悠真は風に乗せるように、そっと一言だけ返す。
「お前も、な」
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