第十三幕  攻撃力での不安



 古びた長椅子に座らせたシャルのそばで、悠真は御貴族ごきぞくさまと並んで立っていた。

 御貴族様はひどく微妙な表情で、シャルをおずおずとにらんでいる。

「はぁ……まさか自分が伝承にあるような禁忌きんきの悪魔と、それを崇拝すうはいしている信徒に関わるとか、思ってもみなかったわ」

 眩暈めまいおそわれたと言わんばかりの仕種しぐさをして、御貴族様がつぶやいた。

 悠真は目許を軽くゆがめ、片手を振る。

「それ、少し前にも言われたが、俺は別にシャルの信徒とかじゃねぇぞ。そもそも、シャルと出会ったのも禁忌の悪魔って言葉を知ったのも、ほんの数時間前の話だし」

 御貴族様は目を白黒させたあと、いぶかしげな眼差しでにらんでくる。


 説明をするのも面倒めんどうに思い、悠真は嘆息たんそくで応じた。

「まあ、それはいい。で、お前、名前は? 俺は悠真。久遠悠真だ」

「ちょっと、口の利き方がなっていないわね。私をだれだと思っているの?」

「だから誰なんだ。それを聞きたいから名前を言えよ」

 少しうめいてから、御貴族様は胸に手を当ててほこらしげな顔をした。

「エレアノール・エヴァンス。そう、私はエヴァンス家の者なの」

「エレアノールってちょい長いな。エレアでいいか」

「ちょ、え、はぁ? 何を勝手に略しているのよ」


 憤慨ふんがいした様子のエレアを見ていると、そばにいるシャルが気まずそうに補足する。

「悠真さん。エヴァンス家の現当主様は、王の切り札とうたわれているおかたです」

 世界の情勢も王がどんな人物かも、悠真にはよくわからない。

 凄い人なのだろうとだけ認識し、生返事をする。

「へぇ、そうなんだ」

「ふふっ。今までの数々の無礼ぶれい、いまさらびても、もう遅いわよ」

 腕を組んだエレアをよそ目に、聞きたかった名前も知れた。

 次いで、名前よりももっと重要なことについてく。

「ところで、この屋敷の中はどうなってるんだ。ずいぶんあわててたみたいだが」


「屋敷の中には死霊系統の……って、お前、人の話をきちんと聞いているの? 私はエヴァンス家の者なのよ。これがどういう意味か、しっかりとわかっているの?」

 両腕を下にまっすぐ伸ばしたエレアは、まだ家柄の話題を続けていた。

「いや、それはさっき聞いたって。王様の切り札の娘様なんだろ」

「なら、もっとそれ相応そうおうの振る舞いってものがあるでしょう」

「王様が気に入ってんのはエレアの親父さんで、別にエレア本人じゃないだろ。もし威張いばりたいなら、家柄とかじゃなく、お前自身の何かで威張ったらどうだ」

 エレアの金色こんじきの瞳に、激怒の色が垣間かいま見えた。

 咄嗟とっさにまずいと感じて、悠真は戸惑とまどいがちに言い訳をつけ加える。


「悪いけど、俺は王や貴族とかの世界にうとい。だから地位とか家柄とか、そんなので威張られても正直ぴんとこないんだ。それに血筋をかさに着るのは、違うと思う」

「悠真さん、そういう意味ではありません。彼女が言いたいのは、その気になれば、王国が総力をげて、私達を狙ってくることも可能だって話ですよ」

 おびえたシャルの言葉に、悠真はぎょっとする。まるで意味をはき違えていた。

 顔をうつむかせたエレアが、握り締めた拳をわなわなと震えさせている。

「勝手なことを……何も知らないくせに、勝手なことを言わないでよ! この私が、何も頑張っていないって、家名をかかげるしか能がないって、そう言いたいのっ?」

 顔を上げたエレアの目が、涙でうるんでいた。


 悠真は動揺どうようしつつ、言葉を返す。

「い、いや、何もそこまで言ってないだろ。勘違かんちがいだ、勘違い」

「私だって、好きでこんな家に生まれてきたわけじゃない!」

 その怒鳴どなり声は、どこか悲鳴に近いものに聞こえた。

「あの家に生まれた者の宿命、お前にわかる? 何をするにしてもできるのが当然、できてあたりまえだって言われるの。家族からも、周りからも……私だって、必死に頑張っているの。それなのに何も知らないで、勝手言わないでよ!」

 感情をあらわにしたエレアの涙を見て、悠真は黒髪に指を通して頭をく。

 別に、エレアを泣かしたかったわけではない。


 思った言葉を、ただそのまま並べただけにすぎない――それが、結果的にエレアのかかえていたなんらかの地雷じらいを踏んでしまったようだ。言い方が悪かったのもある。

 ヨヒムに〝男が女を泣かしてはだめだ〟と言っておきながら、自分が相手の地雷を踏んで泣かしている。悠真は自分自身にあきれ果てた。

「何も泣くことないじゃないか。確かに俺は何も知らない。本当に悪かったよ」

「情けないって、自分でも思っているわよ。膨大ぼうだいな秘力があるのに、まったく秘術を扱えないし、貴族らしい振る舞いもできないし、全部わかっているわよ!」

「えっ……?」

 ぽとぽとと涙を流しながら語られた内容を聞き、悠真は静かな驚きに満ちた。


「それなのに周りは直接けなしてくるか、表ではいい顔をしているくせに、裏で陰口かげぐちたたく奴ばかり……家族もなぜできないとか、エヴァンス家の者なのにとか――」

 こらえていた感情があふれ出したように、エレアは述べていく。

「だから、私は……ここで証明するの。誰も手を出しづらくなった呪われた屋敷を、いち早く浄化して、私でも解決できるって示すの。家族を、周りを見返してやるの」

 エレアの眼差しが、出会ったころに見せたりんとしたものに切り替わった。

 二度と地雷を踏むまいと、悠真は彼女の言葉を反芻はんすうする。

 ふと、ある共通点に気づいた。


「お前……そのいやだって思ってる奴らと、たぶん同じことしてねぇか?」

「なっ――何よ。何も知らないくせに、一緒にしないで!」

「好きでこんな家に生まれてきたわけじゃないって言ったよな。シャルだって別に、好きで禁忌きんきの悪魔に生まれてきたわけじゃない。それなのに、お前ら禁忌の悪魔だとさげすんで、剣を向けて、平然としてるじゃねぇか」

 エレアの金色こんじきの瞳に戸惑とまどいが宿る。

「こういうのって、お前がいやだと思ってる人らと同じなんじゃないのか?」

「それは、でも……それとこれとは、話が違うでしょう。だって、禁忌の悪魔はそばにいるだけでやくおとずれ、とどまった場所に災厄さいやくを振りく存在なのよ」


 悠真は腕を組み、首をひねる。

「それってさ、自分の目でちゃんと確かめてみたのか? お前は俺に、何も知らないくせにと言ってきたが、シャルの何を知ってそう言ってんだ?」

 驚愕きょうがくの面持ちで、エレアが自身の口を指でかくした。

「悠真さん、私は……」

 か細い声で口をはさもうとしたシャルを、悠真は手で制しておく。

「別にお前の覚悟を否定したいわけじゃない。エレアにもいろいろな事情があって、それを無神経にれた俺を怒るのはわかった。だからそこは素直に謝る。ごめん」

 頭を下げてから、悠真は一つの案を提示ていじする。


「おびに、俺も一緒に呪われた屋敷の浄化を手伝う。どっちにしても、そうしない限りはここから出られない。お互い諸々もろもろの証明にもなるし目的も果たせるだろ」

 エレアが深く考え込むような姿勢を見せた。何が最良なのか考えているようだ。

「あ、あの、悠真さん」

 シャルが小さく手をかかげていた。悠真は小首をかしげてこたえる。

「さきほどの話の続きを、させてもらってもいいですか?」

「ん? 続き?」

 妙な展開のせいでど忘れしてしまい、悠真は記憶を掘り起こしていく。

 悠真が思いだすよりも先に、シャルは真面目まじめな顔で口を開いた。


「その『一緒に』という言葉に、私は入っていますか?」

「ああ……シャルはここで待っててくれ。どんな危険があるかわからないしな」

「私では力不足かもしれませんが、一緒に行かせてください」

 真剣しんけんみのある眼差しに見据みすえられ、悠真は困り果てる。

 怪我けがが治ってから、まだ間もない。完璧かんぺきに治っていたとしても一抹いちまつの不安が残る。

 何やら申し訳なさそうに、シャルが表情を曇らせた。

「私は、攻撃系統の秘術がほぼ扱えません。ですが、治癒ちゆ系統や補助系統であれば、きっとお二人の力になれると思います」

 シャルの発言を聞き、悠真は首をかしげる。


 カフェでアリシアから聞かされた話と、少し異なっている気がした。

 悠真が口を開くよりも前に、今度はエレアがく。

「はあ? 禁忌の悪魔は、常人を超える能力と才能をめているって話のはずよね。それなのに、攻撃系統の秘術がほぼ扱えないの?」

「確かに普通の人とは違い、私には属性が二つ備わっています。ですが、これまでの人生、撤退てったいおもでしたので……ただ死霊系統の妖魔ようまに限っては、幾度いくどとなく昇華しょうかした経験がありますので対処が可能です。実際、これも攻撃系統とは呼べませんが」

(ああ、それで〝ほぼ〟なのか)

「それにしたって、普通は一つぐらい攻撃系統の秘術が扱えるものでしょう?」


 目をしばたたかせるエレアに、悠真はさり気なく問う。

「お前はどうなんだ? 秘術を扱えないとか言ってた気がするが」

「わ、私は、剣術であれば自信があるわよ。秘術は発動しないから扱えないけど……あと死霊系統は昔から本当に無理ね。自分でも不思議なぐらい無理なの」

(こ、こいつ、使えねぇ……つか、なら、どうしてここを選んだんだ)

 少し前のやり取りから口が裂けてでも言わないが、悠真は心底しんそこ不可解に感じた。

 ピピンが見せてくれた掲示板には、無数の紙がってあった気がする。

 自分が苦手だと感じるものを、わざわざ選ぶ必要性などないと思えた。

「お前は、どうなのよ?」


 悠真からすれば、痛い返しだった。

 どんな怪物がひそんでいるのか、まったく予想もつかない。

 そもそも怪物自体、日本で対峙たいじした経験もなければ戦った記憶もなかった。

 ぼんやりとした眼差しをしている二人を見つめてから、悠真は軽く拳を構える。

「俺は、この格闘術ぐらいだ。しかし言っておくが、俺がまなんだのは別に相手を殺す目的で編み出された格闘術じゃない。あくまでも護身を目的とした格闘術なんだ」

 悠真は腰に手を置き、事実をありのまま告げる。

「そして俺は、秘力や属性どころか精霊の適性もない。特殊な力なんか一つもない。つまり……怪物によっては、俺はまるで歯が立たない可能性が高いぞってお話だ」


 シャルもエレアも、二人して目をぱちぱちさせた。

「えっ? でも、だって、お前の瞳の色って……」

「俺にも理由はまったくわからないが、ただ真っ赤っかなだけだな」

 絶句ぜっくした様子のエレアが、たっぷりと時間を置いてからつぶやく。

「まったく使えないわね、お前」

 沈黙で満たされた場には、そよそよと吹き抜ける風の音だけが広がった。

 悠真は風に乗せるように、そっと一言だけ返す。

「お前も、な」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る