呪われた屋敷
第十一幕 あたりまえの異常
人通りが多い街の中を、シャルティーナはのんびりとした足取りで進んでいく。
普段の
顔にほんのりと
新しい自分になったような気がしながら、人目も
そんな自分の
性別すらもわからず、その
話している内容は、取るに足りない
ただそれだけのはずなのに、胸の内側から幸福感が
陽だまりのような
一緒に街の中をあてもなく散歩して、少し足が疲れたらどこかのお店で
心地のよい
しばらくして――決心を宿した眼差しで、隣の誰かが
「ありがとう。だから――」
そこから先は聞き取れなくなる。ただ、無性に涙が
相手の行動の一つ一つにたまらなく幸せを覚え、心が
シャルティーナは小さい
どれほど願い、
それが夢ならば、いとも簡単に手に入るのだ。
だからシャルティーナは、夢を見るのが好きだった。
夢ならば、誰かを気にする必要はない。
夢ならば、すべてが自由で許される。
夢ならば、望んではいけない日常も望めた。
ただ、そんな夢でもたった一つ、絶対に
それは――
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
夜の闇が落ちた噴水広場で、悠真は
(
本日の件で当てはめてみる。シャルと出会い、悠真は騎士と
そして不幸にも、今は呪われた屋敷のせいで
確かに厄が訪れ、災厄が振り撒かれたように思えなくもない――そもそも、騎士や衛兵達がシャルを狙おうとしなければ、悠真が割って入る必要はなかった。
また、こんな事態に
何より自分の意志で飛び込んだのだから、厄が訪れたという点は明らかに違う。
ここまで考えてから、悠真は背筋が凍った。
これは、自分に
禁忌の悪魔とは、非常に
(つか、厄だとか災厄って言葉自体が
食事した店の女主人からすれば、きっとあの出来事は厄となるに違いない。
「ん、んぅ」
不意に、シャルがか細い声を
「私、は……はっ!」
シャルが上半身を飛び起こした。肩で息を切らし、青ざめた表情をしている。まだこちらの存在には気づいていない様子で、悠真は声をかけるタイミングを見失う。
どうするか
お互いに視線を
「……よ、よう」
「ゆ、悠真、さん?」
シャルが
悠真がシャルを発見したとき、すでに気絶状態にあった。だから彼女からすれば、気絶してからの状況など知る
「もう少し
思考が追いつかないのか、シャルは
どこか気後れした悠真は視線を泳がせた。ふと
「おわぁっ!」
悠真が
事情を呑み込まれても困るため、悠真は
「なんにしても……元気になってよかったな」
「あれ、そういえば、私……
シャルが自分の体を見下ろした。
はっと息を呑んだシャルの
「……悠真さんが、私を助けてくれたんですか」
「ん、ああ。あの騎士の
シャルが
「どうして、助けたんですか。自分が何をしたのか本当にわかっているんですか!」
「えぇ……なんか俺、
シャルの
「当然です。どうして、私なんかを助けたんですか。信じられないほどの
シャルが語気を強めて言った。彼女の
感謝を目的として助けたわけではないが、怒られるのもまた違う気がする。
シャルが肩を
「だめなんです。本当に……私なんか助けたら、だめなんです」
「あ、あのさ、ちょっと落ち着こう。な? シャル、落ち着こう」
またシャルが
「私が死ねば、よかったんです。私が死ねば、
「ごめん……なさい。本当に、ごめんなさい。私が、
悠真は静かに溜め息を吐く。シャルの前で
「禁忌の悪魔とは傍にいるだけで
両手で顔面を
「それをふまえた上で、一つ言わせてくれ。シャルが禁忌の悪魔だとか、俺が記憶を失ってるだとか、関係ない。自分がそうしたいと思った。ただ、それだけだ」
「でも、私が悠真さんと知り合わなければこんな――」
悠真は、ゆっくりと首を横に振る。
「そんな
「悠真さんは、禁忌の悪魔が何かを何も知らないから!」
「たとえ知っていても知らなくても、きっと……うん。俺は同じようにやった」
「どうして……?」
「うぅん……腹が減っている俺に、飯を
銀色の眉が少し跳ねたのち、シャルは力のこもった眼差しで見つめてくる。
「だめです。そんなの絶対にだめです。ご飯を奢ったからだなんて、軽すぎます」
悠真はわずかに失笑する。
「理由なんか、どうだっていいんだ。助けたいから助けた。それでいいじゃないか。それにシャルだって、俺を助けてくれただろ。そのとき、あれこれ考えてたか?」
肩を
「悠真さんは、私がどうやって産まれたか聞きましたか?」
「いや、そういえば聞いてないな」
「私は、母の
(母の躯、から?)
悠真には、想像するのが少しばかり難しい話だった。
「やっぱり、不吉に感じますよね」
視線を落とすシャルの瞳に、妙な違和感があった。
何かを
シャルがまとう空気感が気になりつつも、悠真はやや黙考してから言葉を返す。
「いや、すまんが……正直、ちょっと想像が難しい。簡単に言えば、母親がシャルを
シャルは硬い
立ち会った経験などはないが、日本にいた
「でも、そういうのって、
「ありえません。身籠った母親が亡くなれば、身籠った子も一緒に亡くなります……深い森の奥で、母は私を産み落とす前に、息を引き取ったと聞かされました」
(そうか、俺の知っている情報って、病院とか設備の整ったところの話だったか)
この世界に、どれほどの
悠真が想像している深い森の中であれば、適切な
地球人には理解できない〝技術〟があったとしても、なんらおかしくはない。
シャルは少し間を置き、言いづらそうに声を出した。
「私の母は、私を身籠ったせいで殺されてしまったそうです」
シャルへの不当な扱いは産まれる前からだと知り、悠真は
シャルは不安を抑え込むかのように、半開きの拳を胸に当てた。
「追手からの攻撃を受け、それでも母は、必死に逃げ続けていたのだと聞きました。そして深い森の奥である存在と契約を行ない、自分の命と引き換えに、妊娠八か月の
語るシャルの目から、すっと涙が流れ落ちた。
「しかし力が
シャルは静かにむせび泣いた。必死に抑えようとしているのが見て取れる。
視界が涙で
「違うよ、シャル。それは絶対に間違ってる」
「どうしてですか。だって――」
「俺がいた世界――場所じゃ、それは禁忌の悪魔とは呼ばない。
悠真は自分の目許を、腕で雑に
「つか、産まなかったに決まってる? んなわけねぇだろ……シャルの母さんはさ、
「だって、みんな不吉だって、気味が悪いって……みんなが私を
気持ち声を裏返らせて言ったあと、シャルは
「そんな
さきほど妙に
おそらくシャルは慣れていないのだ。
今のシャルは人との接し
自分なんかとは比べものにならない
「
悠真は必死に
短い深呼吸をしたのち、シャルを真正面から見つめた。
「なあ……シャル。二度と死ぬなんて言っちゃだめだ。
まるで自分自身に言い聞かせている――不意に、そんなふうに思う。悠真もまた、これまで生きる意味をしっかりと見いだせていなかった。
自分で言っておきながら、自分がその言葉に一番効いているのだ。シャルを通じてようやく、悠真は初めて自分自身を見つめ直せた気がする。
シャルは心が
普通の人と――異世界の住人である自分と何も変わらないし、どこも違わない。
そんなシャルが
(絶対に、おかしい。こんなの、変だろ。シャルが禁忌の悪魔のわけがない)
泣いている彼女の気が収まるまでの間、悠真は黙ったままずっと
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