第十幕   目覚めるときまで



「これで、このメリュームは、お客様以外には扱えない専用の錬成具となったのね。商霊紋章のないほうを指でなぞれば、保有しているお金とかの確認もできるのね」

 悠真は手渡された錬成具を指でこすってみる。何か文字らしきものが表示された。

 読めないが、おそらく〝残金などありません〟と表示されているに違いない。

 文字の表示や手触てざわりは、どこかスマートフォンを思わせる物だった。

「あとおまけに、もう一ついい品を渡すのね。お客さんは拳闘士けんとうしね?」

「……? どうして俺が拳闘士だと?」

「ピピンは、今まで大勢の人々を相手にしているから、一目いちもく瞭然りょうぜんなのねぇ」

 ほこらしげに言うピピンに、悠真はわずかに肩をすくめる。


「俺が拳闘士と名乗っていいのかはわからないが、そっち寄りなのは正しいよ」

 ピピンが満足そうにうなずき、また屋台の中に三本指の手を突っ込んだ。

 取り出したのは、ごつごつした黒い指輪だった。

 じっと見つめると、それにも紋がきざまれている。

「これを指にはめてから、ちょっと指輪のほうへ意識を向けてみるのね」

 穴の幅から、中指にはめるのがちょうどよさそうに感じられた。

 指輪をはめ、悠真は意識を向けるやいなや――手が雪白せっぱくのまばゆい光におおわれる。

「わっ、わっ、わっ……」

 唐突とうとつな現象にあわてていると、光が徐々じょじょに大きさを増し、両肘りょうひじにまで達した。


 わずかな重みを感じた瞬間、まばゆい光が弾け飛んだ。ひじほどまでの長さがある、金属製の黒い籠手こてを装着していた。はめた指輪の感触は消えている。

「うぉおぉっすげえぇ。しかも、ちょっと格好いいじゃないか」

「うん、それ結構いい代物なのね。錬成れんせい武具ぶぐって言うのね」

「錬成武具……見た目のわりにめちゃくちゃ軽い。これ本当に貰っていいのか?」

 本当に高価そうで、悠真はちょっとだけ気が引ける。

 錬成武具をプレゼントしてくれたピピンが、何度もうなずいた。

「もちろんね。大事に扱ってくれればうれしいのね。ただ、まあ……今後はぜひとも、ピピン達の商霊をご贔屓ひいきにしてくださいなのねぇ」


「いや、そりゃもう……今の俺は無一文だったから、本当に助かった」

「ん、秘薬の件でそれはわかっているのね。だから、メリュームも渡したのね」

 何か含みのある言い方をしていた。

 ピピンが屋台から、大きな一枚の板を取り出す。

 コルクボードに酷似こくじした物には、無数の紙が貼りつけられている。

「商霊が受諾じゅだくした依頼書があるのね。メリュームを持っている人は、だれもがこうした依頼を受けられる資格があるね。依頼をこなせばお金だっていっぱい稼げるのね」

「ほうほう……」

 多様たようの色をした星型のはんが、どの紙にも最低一つはされている。


 どうやら色や数で難易度、あるいは危険度を表していると見受けられた。

 面倒めんどうだが、仮に依頼を受けるのであれば、一つ一つ内容を聞かなければならない。絵的なものならそれとなくわかるが、文字だけは本当にわからなかった。

 どんな依頼があるのか気になっていると、ピピンが一枚の紙をがした。

 黒い星型の判が、数え切れないほど押印おういんされている。

「ちょうどいいのがあるのね。面倒な審査もなしで、すぐ受けられるのねぇ。土地の所有者からの依頼で、苦情くじょう相次あいつぐ呪われた屋敷を浄化するという内容なのね」

 ピピンの発言を、悠真は頭の中で反芻はんすうした。

 自然と、近くに建つ洋風の屋敷へと目を向けていく。


「ん。え? 今、呪われた屋敷とかって言ったか?」

「はいね。これを受ければ、一石二鳥なのねぇ」

 いやな予感が背筋に悪寒おかんを走らせた。冷や汗がしきりにいてくる。

「な、なんで一石二鳥なんだ。何か、ほかに特典とくてんがあるとかか?」

「ここは一歩でも踏み込んだが最後、出るには屋敷を浄化しないと出られないね」

 予感が的中てきちゅうし、悠真は絶句ぜっくした。

「だから浄化すれば、お金も稼げて出られるのね。まさに、一石二鳥なのねぇ」

「待て待て待て! 出られない? ここから? 門が半開きだったのに?」

 妙な静寂せいじゃくが場を支配したのち、ピピンは小さな腕を組んだ。


「確かに簡単に入れるのね。でもね、強力な結界けっかいのせいでもう二度と出られない……つまり、閉鎖へいさ空間となっているのね。確実に屋敷にいる何かのせいなのねぇ」

「マジかよ……」

 一難去ってまた一難といった状況に、悠真はがっくりと項垂うなだれる。

「だからピピンも、かれこれ一か月ぐらい閉じ込めらたままなのねぇ」

 ふと悠真は気づき、半眼でピピンをにらんだ。

「ピピン。まさか、自分も閉じ込められて出られない。かといって、自分では屋敷の呪いを浄化できない。それならば、可能性のあるすべてに手を焼くのねぇ……とか、そんな感じで、俺にあれこれ物の世話を焼いてくれてたって落ちじゃ……?」


 下手へたな口笛を吹き、ピピンは丸々とした顔をらしていく。

「でもでも、お客さんにも、美味おいしい話のはずなのね。それに依頼の失敗、あるいは達成不可となった場合もね、別に商霊から何かばつがあるとかはないのね」

 あわてるピピンに、悠真は苦笑でこたえた。

「まあ、ピピンはシャルを助けてくれただい恩人おんじんだから、いいんだが……ちなみにさ、この一か月の間で、俺達以外に来た人とかいないのか?」

「ん、お客さんを除けば、七人いたね」

「その七人は、今も屋敷の中にいるのか?」

「六名は、もう帰らぬ人となったのね」


「待て待て待て! そんなやべぇ奴が屋敷の中にいるってことか?」

 悠真は自然と声があらくなった。ピピンが真顔で、何度も首を縦に振る。

「そうねぇ。みんな確実に殺されちゃうのね。少し名が売れた剣士が〝あっさり〟と瞬殺されたときには、さすがのピピンも驚きをかくせなかったのね」

 悠真は総毛そうけつ。

 たとえ少しでも、〝名の売れた〟と言われるぐらいだったのであれば、それ相応そうおうの力量は持っていたに違いない。そんな者ですら瞬殺されるほどの何かがいるようだ。

「で、その剣士を瞬殺するほどの怪物は、どんな怪物なんだ?」

「わからないのねぇ」


「え? だって名売れの剣士が瞬殺されたのを見たんじゃ……?」

 ピピンは小首をかしげた。

「見てはいないのね。秘力の流れで開戦したとわかった瞬間、ぴたりとやんだのね。それで殺されたと理解しただけね。商霊はもろいから危険な場所にはいられないね」

 悠真はひたいに手のひらを当て、重い溜め息をついた。

「じゃあ……七名の中で帰らぬ人にはならなかった、最後の一人はどうしたんだ」

「現在、挑戦中ね。お客さんよりも、ちょっと前に来たのね」

「じゃあ、もしもそいつが浄化できれば、何もしなくても出られるのか」

 不敵ふてきな笑みを浮かべ、ピピンは小さな指を一本だけ横に揺らした。


「でもね、お客さん。この依頼の報酬金は二百万スフィアなのね」

「に、二百万、だと……」

 とりあえず驚いてみたものの、それが実際どれほどのがくなのかはよくわからない。地球での一円が、ここでは一万スフィアの可能性もあると気づいた。

 ピピンに素早く寄り、悠真は耳打ちする。

「俺、実はちょっとした記憶喪失なんだが……スフィアってのはきっと通貨だよな。二百万って、どれぐらいのがくなんだ? わかりやすい例えで教えてくれないか」

 渋い顔をして、ピピンはうなりをあげた。

「そうねぇ。商業都市でなら、贅沢ぜいたくしなければ数年はぼんやりと暮らせるのね」


「マ、マジか!」

 無一文の悠真にとっては、数年も暮らせるのは充分じゅうぶん魅力みりょくに感じられる。

「もともとね、初期の依頼報酬ほうしゅう金は十万スフィアだったのね。でも、少し名の知れた剣士が殺されたから、報酬金が跳ね上がったね。お客さんには本当にいい話ね」

「ん……? あのさ、ピピンもずっと閉じ込められてるんだよな。なのにどうして、名の売れた剣士が殺されたって情報が、依頼人側へと伝わってるんだ?」

 不可解な疑問を尋ねると、ピピンは不思議そうに首をかしげた。

「単純に通信錬成具で、同じ商霊達に情報の通達つうたつをしているからね。この依頼書も、ピピン以外の商霊から転送錬成具で送られてきた書類なのね」


「あ、そんなのがあるんだな」

 この世界にも、携帯やFAXに似た機械的な物があるのだとわかった。

 その点から地球と同等どうとう、あるいはそれ以上の文明力がありそうだと考えられる。

(まあ、それはそれとして……)

 どうせ出られないのであれば、引き受けておいてもそんはない。

「わかった。じゃあ、この依頼を受けさせてくれ」

「ではね、さきほど渡したメリュームを出してねぇ」

 悠真からメリュームを受け取るや、ピピンは依頼書の一部分に近づけた。

 また青白い円陣が宙に浮かび上がり、そしてメリュームへと吸い込まれていく。


「これで依頼が受理じゅりされたのね」

 ピピンからメリュームを受け取りながら、悠真はシャルを見た。今は依頼よりも、彼女が自然と目覚めるのを待つしかない。無理に起こすべきではないと判断する。

 それに知らなかったとはいえ、また彼女を危険にさらした結果となり、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。どう説明するか思案しあんしていると、悠真はふと思う。

「そういえばさ、ピピンって平気なんだな」

「何がね?」

 怪訝けげんな面持ちで、ピピンが見上げてくる。

「いや、ほら……俺の後ろで寝ている子だ」


 にごした言葉の意図いとを察したのか、ピピンはゆっくりとうなずいた。

「ああ、噂の禁忌きんきの悪魔ねぇ。商霊は、お客様を選ばないのね。それがたとえ世界の滅亡めつぼうたくら悪神あくじんだったとしても、ちゃんと商売をするから平気ね」

「いや、さすがにそれはだめだろ。つか、そんな悪神とかがいるのか」

 悠真は苦笑いする。ピピンが真顔のまま、からからと笑った。

「ピピンも実際に会ったことはないのね。まあね、ご贔屓ひいきにしてくださるお客様は、商霊ではみんな神様なのね。そこに違いを求めないのねぇ」

「はは……商売根性たくましすぎだろ」

「もしピピンが気にしていたら、秘薬を渡さないか、別の錬成具で殺しているね」


 悠真は戦慄せんりつする。ピピンが言った通りであった。

(あっぶねぇ……馬鹿ばかか、俺は)

 今も前もずっと、ずいぶん危機意識にけている。

 シャルは、そうされてもおかしくない存在なのだと認識を改めておいた。

「そもそもの話ね。人々にとってわざわいであったとしても、精霊にとっては〝自分達の領域りょういき〟をおかされない限り、あまり何も思わないのね」

「ふぅん……そういうもんなんだ」

 ピピンと接していると、精霊も人も違いが感じられない。

 どこがどう違うのか、悠真にはあまりよくわからなかった。


 なんにしても、今の悠真にとってはありがたい存在に違いない。もしピピンがこの場にいなければ、シャルは最悪さいあくの事態になっていたかもしれないのだ。

 悠真は素直にお礼を伝える。

「ピピン――本当にいろいろ世話になった。ありがとうな」

「いえいえね。ぜひ、ご贔屓ひいきにしてほしいのねぇ。それじゃあ、ピピンは適当にこのへんをうろうろしているから、何かあればまた声をかけてくれていいのね」

 ピピンはそう言って、屋台を引いてどこかへ去っていく。

 車輪の音すらまったく聞き取れない。そんな光景を目の当たりにして、悠真は音を消す秘術か何かなのだろうと想像しておいた。


(先に入った奴は気になるけど、今はシャルが起きるまで待つしかないよな)

 悠真はシャルを振り返り、シャルの前で地面に腰を下ろした。今まで気にしている余裕よゆうはなかったのだが、茫然ぼうぜんと寝顔を見つめて気づく。

 シャルの口許が血でよごれている。そして自分の口周りもひどいはずであった。

(やべぇ。鼻先からの血が張りついたまま、ピピンと喋ってたんじゃ……?)

 忸怩じくじたる思いをかかえつつ、悠真は周囲を見回した。

 近くにある噴水に歩み寄り、中をのぞき込む。にごってはいるものの、あふれる寸前すんぜんまで水が満たされている。ただ、長年放置されているせいか、かなり汚れているようだ。

 騎士に斬られた腕のほうの服をぎ、水にひたして軽くらす。


 湿しめらせた布切れを裏返し、最初にシャルの血をやさしくぬぐい取っておいた。

(よし、これでいいな)

 今度は自分の口周辺を、悠真は雑にき取る。指先でぬめりがないか確認しつつ、しっかりと確信したのち――適当な場所へ、血がついた布切れを投げ捨てる。

 悠真はまた、シャルの前に腰を下ろし直した。

 商業都市で動きを見せていたシャルとは違い、今は無防備に眠っている。その姿はどこか、小動物に近い愛くるしさがあった。

 銀色の髪がとてもなめらかそうで、手触てざわりがよさそうに思える。

 悠真は無意識に、そっとシャルの頭に手を伸ばしていく。


 途端とたんわれを取り戻し、伸ばした手をぴたりと止める。そしてすぐに引っ込めた。

(何を考えてんだ、俺は……)

 意識のないシャルをお姫様抱っこして連れ去り、次いで背負せおい、最後に衣服をめくる――いまさらではあるが、気まずい行為こういの連発だったとじ入る。

「本当、大変な一日になりそうだな。それに、俺の体の異変も……」

 悠真は両断されたはずの腕をぼんやりと眺め、シャルの目覚めを待ち続けた。



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