第九幕 商霊との出会い
地面に倒れていくアルドに目もくれず、悠真は
夜空へと向かってほとばしる謎の火柱のお
混乱に
あれだけの
(それなら、いっそ……)
近くにある木製の馬車に駆け寄り、悠真はシャルを
これまでの人生、馬車を扱った経験などまったくない。それでも、やるしかない。
騎士や衛兵の連中に捕まれば、確実に殺されてしまう未来しか見えないからだ。
「馬っぽい
初めて扱う馬車の操作に手間取っていると、やや遠くのほうで不吉な影を
悠真は
不格好ながらも馬を操作し、悠真はひたすら前へと進んだ。
都市の区画を
越えた先に何があるのか見当もつかないが、悠真は外壁にある開いたままの大きな門を通り抜ける――深みのある青い月に照らされる、広大な草原が視界に広がった。
区画を仕切る外壁ではなく、商業都市の
土星に似た月が浮かんでいるせいか、別の世界だと強く感じさせる
ずいぶんと奇妙な話ではあるが、火柱が完全に追手を
しかしそれも、どのぐらい持つのかわからない。人の手が加えられた
なるべく発見しづらい場所に、身を
左手の方角には、広大な草原が広がっているだけで、
灯りを持っていない状態で入るのは、どう考えても危険でしかない。
(だからこそ、行くべきか……? 灯りを持った奴らが近づけばわかりやすい!)
悠真は覚悟を決め、森の中へ無理矢理に馬を突っ込ませていく。
都市からそう遠くない場所のはずだが、まったく手入れされていない。がたがたと馬車が激しく揺れ、悠真はシャルをしっかりと
少しずつ月明かりも届かなくなり、完全な暗闇の中で馬が
「おわぁああっ?」
馬が転倒したのか、真っ暗闇の中――悠真は、見えない力に引っ張られた。両足をぐっと踏み込んで、
木製の馬車が
(倒れていたら、きっとこれじゃ済まなかったよな。たぶん……)
ぞっとしつつも、いったんシャルを横に寝かし、悠真は先に馬車から降りる。
それから、シャルを
「
悠真は返事がないとはわかっているが、シャルにそう言い訳をしておいた。
しばらく歩き続けていると、
それでも、もう少し明るい場所のほうがいい。
どこもかしこも、足の踏み場が
(道中に
悠真は瞬間的に体が震える。足元に気を配り、着実に前へと進む。
それからほどなくして、少し先のほうにひらけた場所が見えた。月の明りなのか、はたまた人工的な明るさなのか、どちらかはわからないがぼんやりと明るい。
悠真は
やっとの思いで
悠真は苦笑いしてから、半開きになっている門を通り抜けていく。
すぐ近くに、当時は
ここであれば、最低限の
ぼろい長椅子の上に、シャルを優しく横たわらせる。
いつ死んでもおかしくはなかった。いまさらになって恐怖心が遅れてやってくる。
異なる世界の一日目にしては、色濃い一日となったに違いない。
そんな危険に満ちた展開の連続ではあったが、かろうじて救い出せたシャルの顔を見れば、そんなことがどうでもいいと思えた。
「生きていてくれて、本当に――」
シャルの状態の異変にふと気づき、悠真は
青い月のせいではない。シャルの顔が、本当の意味で青ざめている。
シャルがか細い
目覚めた気配はまだないため、無意識での行動なのだろう。
「なっ、こんな……!」
おそらく内臓まで損傷している。悠真はじわじわとした
「げぇほ、ほぉっ……」
シャルがむせ込んだ。呼吸が速くて
それが結果として、
「やべぇ、どうする。どうする!」
地球とは違い、この世界に病院があるのかどうかはわからない。
悠真は、シャルのか弱そうな手を握った。
「待ってろよ。頑張れ、シャル。絶対に、助けてやるからな」
意識のないシャルを力強い声で
今はでき
(こんな場所にある屋敷なら、何か治療する――)
「あやや、これは
「うぉあわぁ――っ!」
物音は何一つしていなかったはずであった。それなのに声が
まるで瞬間移動でもしてきたかのごとく、台車付きの屋台を手にした謎の生物が、いつの間にか近くにいた。三頭身ぐらいのずんぐりむっくりとした体形をしており、そんな体格のわりに、引いている屋台はかなり大きい。
「あ、あんた、この屋敷の人か? 勝手に入ってすまない。でも、緊急事態なんだ。この子、もしかしたら、内臓にまで損傷が
口早に伝えると、目の前の生物が
ほどなくして、屋台を物色する手つきでまさぐり始める。
「そうねぇ……高名な錬金術師が
藍色をした
悠真は、
「お金なら、あとでどうにかして、必ずお支払いします。何をしてでも、払います。約束します。だから、その秘薬を
悠真は必死に願いを述べた。
「ん、そんなに頭を下げなくても別にいいのね。普通にあげるのねぇ」
謎の生物の対応に、信じられない気持ちで悠真は見上げる。
「ほ、本当に? だって……」
「早くしないと、その子が危ないのね」
手渡された藍色の小瓶を受け取ったあと、悠真はシャルを向いた。
「
指示に従い、シャルの真上で蓋を
その魔法陣から、
少しずつではあるのだが、傷が
(こんな……すげぇ道具まで、この世界にはあるのか)
悠真が
そして腫れが消えたと同時に、シャルを包んでいた淡い光も一緒に消えていく。
「うん、もう大丈夫なのね。ちゃんと癒えたはずなのねぇ」
「ま、マジか……よ、よかった」
悠真は
シャルの顔色もよくなり、すやすやと小さな
「あの、本当に、ありがとうございました」
「別にいいのね。それと、敬語なんか使わなくてもいいのね」
「いや、でも……命の
「いいのね。気さくに接してくれたほうが
悠真は無言で
どう見ても人ではない。猫――には見えないが、猫に近い
性別の判断は少し
軍人が
初めて
「あ、そうだ。俺、久遠悠真って言うんだ」
屋台の主が丸々と太った顔に笑みを
「ショウレイの、ピピンって申しますのね。ちなみにだけどね、この屋敷の持ち主はもう
(ショウレイ……なんだ、ショウレイって。
きっとどれも違う。悠真は
「ピピンは名前だよな。ショウレイってなんだ」
「な、にゃんと……お客さん、ショウレイを知らないのね? 超有名なのにねぇ」
「ショウレイは商売を
自らを精霊だと名乗ったピピンが、屋台の中をごそごそと探り始める。
そんな屋台の主をぼんやりと眺めていると、悠真は妙な違和感を覚えた。違和感の
「しかし秘薬も
「いいのねいいのね。今回は特別なのねぇ」
「そういってくれるなら、ありがたく貰っておくけど……」
ピピンが屋台から、一枚のカードらしき形状の物を取り出した。
悠真は
「これねこれね」
ピピンが見せびらかすように、表側と裏側を見せてきた。
どちらが表で裏なのか、判別は難しい。片面には奇妙な
「これはメリュームと呼ばれる、
最初に思い浮かべたのは銀行であった。それと同時に、商業都市の店で揉めていた理由をそれとなく察する。あの客は商霊以外の店で使えると勘違いしたのだろう。
「お客さん専用にするために、ちょっとここに
指紋か何かで認証するのか――不意に、属性を調べる錬成具が
「いや、待てよ。これ秘力とか必要なのか? 俺、秘力がまったくないんだが……」
「な、にゃ……! 秘力がないのね? そんな人、初めて聞いたのねぇ」
悠真は
ピピンがにんまりとしながら片手を横に振る。
「まあ、別にいいのね。これ、秘力とか関係ないのね。さ、
指示を受けた悠真は、
メリュームがぼんやりと青白く輝き、すっと淡い光を吸い込んでいく。
つかの間の出来事に、悠真は
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