第八幕 たった一発の拳
(どうして……まだこの都市に
悠真が複雑な心境を
少し前に、シャルが飯屋で放った光とどこか似ている気がする。
目的の場所へと近づくにつれ、人だかりができているのがわかった。その奥には、同じような武装をしている者達が二重の円を
悠真は、野次馬の
「君! これ以上は進ませられない」
騎士団か衛兵か――どちらだとしても、男が鋭い剣先を向けてきた。似た武装には軽装か重装の二種類があるのだが、どちらがそうなのか判断がつけらそうにない。
内側を向いている部隊と、外側の野次馬を
囲いを作っている者達の先には、大きな広場と思われる空間が広がっていた。その広場には、白く輝く
明らかに、密度の高い訓練を積んできた連中だと
つま先立ちをして、そのまま悠真は広場の中に視線を巡らせる。
地面をのたうちまわる人影を
体が小刻みに
「てめぇら、
「ここから先へ進むつもりならば、悪いが斬り伏せるぞ」
男が低い声で言い、すっと目を
悠真は舌打ちを鳴らし、周辺に素早く視線を巡らせる。
(……あれは、あのときの!)
「おい、こいつって……例の情報にあった
妙な
「あ、おい、君!」
「おい、持ち場を離れたらどやされるぜ」
悠真は二人を
(どれだ……どれだ!)
底に何か引っかかっており、それが
円盤を五つ勝手に持ち出し、悠真は四つの栓を一気に引き抜いた。
(確か、五秒だったな)
通せん坊をしていた者達をも越えた矢先、悠真は
(やばい!)
手元に残しておいた最後の円盤を、栓も抜かず全力で男に向かって
完全に死角のはずだったのだが、あっさりと男によって円盤は斬り裂かれた。
そのままのいきおいでシャルが刺される可能性が浮かび、悠真は声を張り上げる。
「ちょっと待ったぁあ――っ!」
金髪を指でかき上げ、
まだ男と結構な距離がある先で、悠真は足を止める。
これ以上は進むと、武装した者達に捕らえられてしまう。距離を縮めてくる者達の位置を、瞬時に
(やるしか、ないか)
悠真を捕えようと行動している者達を、金髪の男が無言のまま片手で制する。
合図を
「突然、物を投げてくるとは、どういう
口調はいかにも
悠真は
口許に血が張りついており、
一瞬、死んでいるのではないのかと疑ったが、彼女の胸がかろうじて動いていた。生きていることには
「君ですよね。この錬成具を投げつけてきたのは」
悠真は強く息を吐き出し、込み上がる怒りを必死に
「ああ、すまん。か弱い女を痛めつける悪い大人がいると思って、ついな」
相手と会話のやり取りをしつつ、悠真は脳を全力で働かせる。
白い
「〝これ〟が
悠真は腕を組み、鼻を鳴らす。
「マジで、正気とは思えないな。大の大人達が、一人の女を囲んでいたぶるとかさ。そんな
「
紫色の髪をした女を、シャルの
ようやくどちらが騎士で衛兵なのか、ぼんやりと浮き彫りとなる。
「私に
アルドがあからさまな殺意を示す。悠真は片手を振った。
「まさか……喧嘩なんか、売ってない。どこの騎士かは知らないが、女一人にこんな
「〝これ〟は人ではありません。
さきほどから、シャルを
悠真は、討伐といった単語が
「
アルドの目が見開かれた。そして
「アルド団長、
いやに気になる発言だったが、今の間に
「厄、ですか。それはきっと、これから起きるのかもしれませんね」
(たいした理由も何もねぇくせに、シャルを吐くほどまで痛めつけたのか――?)
握った拳で手のひらを打ち、
悠真は首を回しながら、アルドに向かって告げる。
「予定変更だ。その
アルドは高らかに笑った。
アルドが常人以上なのは、雰囲気からも明白だった。
「さて、どうする。俺一人相手に、ほかも巻き込んで全員で来るか?」
「一対一でなら勝てるとでも?」
「ああ、無理か。お前みたいな小物
「もう
「
不満げな女騎士リアンが、
悠真の脇を通りすぎ、
重圧に満ちた
「き、きさ、まぁ!
「だって、呪いとかかけられていたら怖いだろ。持ったら命を吸われるとか?」
「そんな馬鹿げた
あるわけがないとは言われなかった。つまり、そういうのも可能な世界らしい。
「心配する必要はない。副団長が私の戦いを
アルドが手で拾うよう勧めてくる。
悠真は
「あいにく、俺は剣なんか扱わない。こっちのほうが
「す、
リアンの声に反応を示さず、アルドは
「私は
自己紹介を終え、アルドが剣を構えた。
悠真の
それだけで、どれほど
悠真はじっとりとした汗を全身に感じつつ、もう一つの
「この戦いに置いて俺は、秘術も精霊も使わねぇから安心してくれていいぞ」
はったり以外の何物でもないが、相手がこちらの事情を知る
願わくは、不思議な力を使わないでくれるとありがたい――そんな程度の
「アルド団長が礼を
「いや、さっきからお前うるせぇな! 黙っていられない病気かなんかかよ!」
「ぐぅ……っ!」
リアンは苦い顔をして
「わかりました。私も剣術のみで、あなたのお相手をします」
どこまでが本当か――悠真の格闘術は、あくまでも
そこに奇妙な力を加えられたら、もはやどうしようもない。
(だからなんだ! 前を向け、久遠悠真。恐怖に飲まれるな。シャルを
恐怖にじわじわと
護りたい者を護るために格闘術を学んだのだと、自分に何度も言い聞かせる。
(絶対に一発ぶち込んでやる。そのあとは――知らん!)
お互い、静止の状態が続いた。
剣士――それも
何も考えず間合いに入れば、
「来ないのか? それでは、こちらから攻めさせてもらおう」
悠真は目を大きく見開いた。
重そうな
剣の
次いで、
かすかに痛みを放っている鼻先から、血が流れていると思われた。舌先で口の端を
今は気にしている場合ではない。
反撃を打ち込む
「さきほどの
軽口を
「かすりしかしない剣が? なんだって?」
悠真の軽口は、これが精一杯であった。
アルドの眉毛が跳ねる。何かしら変化した感情のせいで、少し
悠真は
「
(
アルドの剣が、悠真の右腕を斬りつけた。
強烈な
「ぐあぁ……」
悠真は後ろのほうへ大きく飛び
痛みで思考は
地に
(いってぇ、いってぇ、き、斬られた……)
血の抜けていく感覚が、
その試みのせいか、右腕が重い音を立ててどさっと地面に落ちた。
「まだやりますか? 早く止血しないと、死にますよ」
悠真は
(やべぇ、血、が……え?)
確かに――悠真の腕の先からは、血が流れ落ちている。しかしこれが、本当に血と呼べるものなのかどうか疑わざるを
まるでカタツムリやナメクジのごとく伸びては縮み、ゆったりと動いている。
落ちた腕に視線を移した。まったく同じ現象が起きている。どちらの血もお互いを探し求める動きを見せ、やがてそれらは一つに
体中の血が逆流するような、激しく
目の前の光景は、まるで映像の逆再生でも観ているのに近いものがあった。
二つに分かれたはずの右腕が、ものの数秒で元の状態に戻る。さきほどまであった激痛など、もう完全に消えていた。信じられない現象に、悠真は目を疑うほかない。
右腕をじっと見つめた。服は裂かれたままだが、指は普通に動かせる。
その息切れは、全力疾走したあとのものに
(な、んだ、これ……)
ふと、悠真は鼻先の傷を思いだした。指先で
傷を負わせたアルドを見上げると、理解不能といった面持ちで
「それは、秘術、いや、
アルドが
それは、悠真もまた同様であった。自分の身に何が起きているのか、何一つとしてわからないし、また予想すらもつかない。
返す言葉を選んでいると、地響きが耳に届く。地面がわずかに揺れ始めた。
瞬間――大きな火柱が
「なっあ――?」
どうやら違うらしい。そのアルド自身が、驚きを隠せていないからだ。
腕の再生も、状況も、その後の未来も――悠真は、何もかもを
全力で駆け出し、悠真はアルドとの距離を詰めていく。
「アルド団長ぉお――!」
悲鳴
「男のくせに、か弱い女をいたぶってんじゃねぇぞ、
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