第七幕 青い月の下
悠真はアリシアと横に並び、数多くあるテーブルの席に着いていた。
とても物静かな店内は少し薄暗く、高級なカフェの雰囲気がある。
木造の壁や床の加工には、ずいぶんと熱の入った技術がうかがえた。店内の客席や調度品に
そんなカフェを
人型の
最初は激しく目を疑ったものの、こうしてぼんやりと眺めてみれば、それほど人と変わらなく思えてきた。また、ここには店の空気感にふさわしい者達が多いようだ。
あまりじろじろ見るのも失礼に思い、代わりに半眼でアリシアを
「で、目的はなんだ?」
アリシアは答えない。
紅茶を
何歳なのかはわからないが、アリシアには妙な大人の色気がある。どこか
ゆっくりとカップを受け皿に置き、アリシアがやや横目に
「悠真君は、せっかちなのですね」
「いや、気になるだろ。ほとんど初対面の人にいきなり
アリシアの
「では、本題にはいる前に一つ……敬語って、少しばかり
「もちろん、構わない。俺も敬語で話されるよりも、そっちのほうが
「そう。よかったわ。それでは本題に入りましょうか」
悠真とアリシアの間には、一人分ほどの
「悠真君って、ちょっとばかり不思議よね?」
美女に詰め寄られ、悠真の心音は自然と速まっていく。高鳴る胸を抑えながら――やはり思った通り、今朝の
異常事態だったとはいえ、かなり
「その変わった衣服は、どこの国の
じろじろと見てくるアリシアを、悠真は両手で制する。
「申し訳ないが、軽い記憶
この決まり
「まあ、そうだったのね」
「だから質問されても、答えられるものとそうじゃないものがあるからな」
「ふふっ。そんな
アリシアはいたずらな笑みを浮かべた。
大人の顔に少女らしさが宿り、つい吸い込まれそうになる。
悠真は視線を
「別にそういうわけじゃない……で、マジで目的はなんだ」
「本当に、ただ話し相手が欲しかっただけ。何事も
何やら事情を
そもそも相談の内容がどうであれ、別世界の人の悩みなど乗れるはずもなかった。また、その
「それなら見ず知らずの俺なんかじゃなく、友達でも
「私は、この大陸の人ではないからね……ずっと遠い東の国から来たのよ。それに、相談に乗ってほしいのではなく、話し相手になってほしいの」
「ああ、ようは
「独りぼっちの部分では、そうかもね。悠真君もそうだとは知らなかったけれど」
やや上目
「あまりこういうのは
「んぅ? 今年で十八よ」
「お、同い年かよ! もっと……あ、いや」
時間の計算方法が、地球とは異なる可能性が
「記憶を失っている部分なんだが、一日が何時間で、何日で一年になるんだ?」
「一日二十四時間で、三百六十五日で一年よ」
悠真は
「今度は、こちらね。どう見ても、この大陸での衣服ではないわ。だから別の国から来たと思うのだけれど……なぜここにいるのかも、悠真君の記憶にはないの?」
アリシアはゆったりとした口調で質問したのち、小首を
この問いに関しては、
「ああ、ないな。おまけに秘力や属性もなければ、精霊様の適性もない状態らしい」
アリシアの
「それは、変ね……秘力と属性がない? そんな人、歴史を振り返ってもいないわ」
「ああ、そういえば、そんなこと言ってたな。俺にもどうしてなのかわからない」
本当に珍しい
アリシアは難しい顔をしながら、ぷっくりとした唇を指でなぞっている。
「それに、精霊の適性もない……? どういった
シャルも似た発言をしていた。悠真は腕を組み、首を
アリシアは自身の
「だって悠真君も私と同じ、
「ふぇっ……?」
「本当に何もわからないの? 真紅の瞳は
腰に
「ほら」
鏡に映った自分の瞳を見て、悠真は
もともと黒かったはずの瞳が、今はなぜかアリシアと同じ瞳の色に変化していた。それはまるで、カラーコンタクトでもはめたように
「な、なんだこりゃあぁあ――!」
「ちょ、ちょっと、悠真君。すみません、すみません」
周りの客に、アリシアは何度も頭を下げて謝罪した。
失礼
「いったい、何がどうなってんだ?」
テーブルに
「だから、悠真君に精霊の適性がないわけがないの」
「いや、でも、
「
「ちゃんと反応するのを確認した」
アリシアは腕を組んだ。思案を巡らせているのか、じっと黙っている。
錬成具の話題を
「あ、そうだ。アリシア、もう一つ教えてほしい話があるんだ」
アリシアが小首を
悠真はためらいがちに質問する。
「
一瞬――場の空気が
「どうして、それを聞きたいの」
「いや、まあ、小耳に
悠真の唇に、アリシアがそっと人差し指を当ててくる。
「相手が私だからよかったけれど……二度とそれを質問してはだめよ。世界の
真剣みの宿った
アリシアは周囲を見渡したのち、声を
「禁忌の悪魔とは、この世界に滅亡を
シャルと会話して、流した涙や
そんな悠真にとって、今の話はとても信じられるものではない。
「しかし『された』ってのは、ずいぶんと
「その時代を、生きてきたわけではないから。ただ、歴史上――世界が滅亡に
「禁忌の悪魔って、これまでにも多くいたのか?」
苦い微笑みを浮かべ、アリシアはわずかに肩を
「歴史の
「産み落とされる……その禁忌の悪魔って、どうなったら禁忌の悪魔なんだ?」
「産まれた瞬間から銀色の髪と瞳を持っているの。だから見ればすぐにわかるわ」
悠真は短い
「それに常人を超える能力と才能を
「待て待て待て。銀色の髪と瞳を持つのは、そんなにも
「ええ……禁忌の悪魔にしか持ち
シャルの言葉の意味を、本当の意味で理解した。
だから彼女は自分の姿を見せた
「十数年前、禁忌の悪魔が産まれたって情報があったの」
悠真は、ぼんやりとシャルの話だと予想する。
彼女の
「そして数年前、最後に目撃された場所へ大規模な
(討伐隊、だと?)
まるで化け物に近い扱いに、悠真は
「当時の情報では、剣で胸を貫かれたあと、
(それはあり得ない。だってシャルは生きてる)
他人の
「それで……産まれ方が異常ってどう異常なんだ?」
「その討伐された、最後の禁忌の悪魔は――」
一人の青年が
「すげぇ情報を入手してきた。王国騎士団の連中と、商業都市の衛兵達が、商業区の大通りで、死んだはずの禁忌の悪魔を、追い詰めようとしているらしいぜ」
息を切らしながら語られた内容を聞き、悠真は目を大きく見開いた。
(シャル――?)
「え、
アリシアから
店に飛び込んできた青年は、店主が差し出した飲み物を一気に飲み
「今日……飲食街のほうで小さな
悠真はシャルと断定するや
「アリシア、商業区の大通りってのはどこにある?」
悠真からの問いを受け、アリシアの目許が軽く
「まさか、悠真君……観に行くつもりなの」
「いいから早く言え! どこにあるんだ!」
「商業区の大通りなら、ここを出て最初の十字路を右に行けば着くわよ」
悠真は席を立ち、素早く店の出入口へと向かう。
「ちょ、ゆ、悠真君!」
アリシアの呼ぶ声に振り返りもせず、悠真は店の外に出た。
店内に入る前は夕方ぐらいだったが、今はもう夜の闇が落ちている。
文明力に関しては、あまりよくわからない。ただ、謎の技術で発光している
さらにまた別の異物が視界に入り、悠真の目が完全に
「なんだ、ありゃあ……」
ネクリスタの月は深みのある青い色をしており、その周囲にはまた色違いの小さな月が
悠真は首を横に激しく振った。いったん思考を打ち消し、商業区を目指して走る。
シャルはもう、商業都市から離れたものだと勝手に諦めていた。ただの買い出しで
それなのに今は、王国騎士団と商業都市の衛兵とやらに
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