第四幕   禁忌の悪魔の涙



 何をどうしたところで、錬成具に反応を示す気配はまったくない。

「だあぁはあっ。だめだ、だめだ。どうにも反応しねぇな」

 悠真は、どこかぼんやりと見つめてくるシャルに気づいた。

(なんか……凄い、見られてる?)

 かすかに戸惑とまどっていると、シャルが別の錬成具と思われる物を取り出した。

 最初の物とは形状が異なり、やや大きく、埋め込まれた水晶すいしょうの数も十個ある。

 シャルが無言のまま、自分の手のひらに置いた。

 一拍いっぱくほどの間が置かれたのち、錬成具があわい輝きを放った――白と青の色が交互に切り替わっていくのは同じだったが、光った水晶の数に違いがある。


 白く光ったときは三つ、青く光ったときは二つ輝いていた。

「しっかり反応しますね。これなら必ず反応するはずですが、どうでしょう?」

 最初の錬成具を返したあと、新たに手渡された錬成具を手のひらに乗せる。

 強く念じてみたものの、やはり何も起こらない。

「あ、あれ、え、どうして……? 変ですね。これでもだめ、ですか」

「この錬成具も、秘力関連の物なのか?」

「これは、生まれ持った精霊の適性てきせいを調べるための錬成具ですね。ですので、秘力の操作などは必要としません。自分の適性強度を調べるための品ですから」

 少し身を乗り出したシャルが、錬成具に埋め込まれた水晶に指を差す。


「精霊の適性があれば、手のひらに乗せただけでも反応を示します。水晶の色や光る水晶の数次第で、自分が今現在どこまでの精霊と契約が可能なのかわかります」

「な、なるほど」

 椅子に深く座り直してから、シャルは姿勢を正した。

「私は光と水の二つの属性を持っています。ですが、だからといって光と水の精霊と契約けいやくが結べるとは限りません。さいわい、私はどちらとも契約を結べますが」

「反応がなしってことは、秘力どころか……精霊の適性とやらも俺にはないんだな」

 まだ一日にも満たない時間でわかったのは、自分には秘力や属性がないのに加え、精霊の適性も何もないといった残念ざんねんな事実であった。


 無駄むだに打ちのめされた気がして、悠真は無性むしょうむなしくなる。

(まあ、俺は無能むのうで、何も使えない男だってことだなぁ……なやんでも仕方がないな。少なくとも、冒険者とかへの道は完全に閉ざされたか)

「不思議ですね。何もない人なんて、おそらく前例ぜんれいがないはずですから」

 一段と落ち込みかねない発言だったが、当然にも感じられた。これらの力は、この世界の住人に備わっているもので、別の世界の者が扱える代物ではないのだろう。

所詮しょせん、異世界の者は、その世界だけの人か。少しでも期待した自分を殴りたい)

 悠真はひたいに手を当て、自分自身をたしなめた。

「悠真さんの場合、二つ目の錬成具が反応しないのはありえないはずなのに……」


 シャルのつぶやきに、悠真は少し驚く。そう言える根拠こんきょがわからない。

「それは――」

 突然、荒々あらあらしい物音が後方から鳴り、悠真はびっくりして肩が跳ねる。

 ぞろぞろと強面こわもての男達が、店内に入ってきた。

「おい、店長。今日も来てやったぜ」

 奥から女店主があわてた様子で飛び出してくる。

「何度も言っているじゃないかい。この店は手放さないよ」

「そんなこと言ったってよぉ、客なんかだれも――」

 強面な男の一人と、悠真は不意に視線が重なる。


(ああ、面倒めんどう臭いな……)

 なるべく、問題を起こしたくない。可能であれば、無視むししておいてほしい。しかしそんな悠真の願いもむなしく、大柄な男の一人がずかずかと寄ってきた。

 わざとらしく足音を鳴らした男が、野太のぶとい声をかけてくる。

「なんだ、お前……まさか客か?」

「まあ、そうなるかな」

 悠真は視線を別の場所へらして答えた。男達の笑った声が重なって飛んだ。

「やめとけやめとけ。ここの店は、虫入りの食事を出してくるんだぜ」

(うっわぁ……べたどころの話じゃないぐらい、古典的ないやがらせだな)


 目覚めた直後を、悠真はふと思いだした。ほほをつねって夢かどうか判断するのも、あまり彼らと大差たいさがない行為こういだったと苦笑する。

 女店主の渋い顔が見えた。歯をみ締め、こらえているのがうかがえる。

(ったく、そんな顔すんなよ……)

 悠真は嘆息たんそくしてから、シャルを向いた。

 シャルにはシャルの事情がありそうだ。だから本当ならごとを起こしたくない。だが、美味い飯を作ってくれた女店主を見捨てることもしたくはなかった。

 悠真は静かに決心を固め、声を絞ってシャルに伝える。

「もし危なくなったら俺が引きつけておくから、二人を連れて逃げてくれ」


「え、悠真さん……?」

 悠真は椅子の背もたれに腕をかけ、男の強面こわもてに視線をえた。

「いや、しかしだな。ここの飯は本当に美味しいぞ」

 フォークを使って、何かの肉を口に運んだ。濃厚のうこうな味が口の中で広がっていく。

「うん、うまい!」

 おもしろくなさそうな顔をした男が、ひたいがつきそうなほど顔面を近づけてくる。

「てめぇ、喧嘩けんか売ってんのか。人がせっかく忠告してやってんのによぉ」

「旨いと感じているのは俺の舌だぞ。どうして自分の舌よりも、見ず知らずの他人の言葉を信じなきゃならんのだ。自分の舌が感じた情報を信じるに決まってんだろ」


「き、さまぁ……」

「虫入り、だったか? 迷い込んだぶたがブーと鳴いて可哀想かわいそうだったから、お客様には出せない虫の入った食事を与えてやったんだろ。まったくやさしい店主様だな」

「言いたいことは、それだけか?」

 激昂げっこう寸前の男の背後で、女店主があたふたとしながら向かって来る。

「あ、馬鹿ばか! 来るな!」

「あの、もうほかのかた迷惑めいわくになり――」

 にぶい音が響いた。女店主が殴られた音だったと、悠真は少し遅れて気づく。

 母親を殴り飛ばす男の光景――瞬間的に、いやな過去の記憶が鮮明せんめいによみがえる。


「てめぇは黙っ――」

 悠真は固く握った拳を、男のほお渾身こんしんの力でめり込ませた。

 わずかに宙を舞った大柄な男の体が、数歩先まで飛んでいく。ほどなくして、男の体は床にたたきつけられた。その音をさかいに、店内がしんと静まり返る。

 悠真は椅子から立ち上がり、自分の手のひらに拳を打つ。

「せっかく、俺が穏便おんびんに済ませてやろうと思ったのに……男のくせに、無抵抗むていこうな女を殴ってんじゃねぇぞ。どチンピラくそ野郎やろうが」

 言っている間に、悠真はわれを取り戻していく。

 つい頭に血がのぼってしまい、自分のした行動にあきれ果てた。


 これでは、シャルを危険にさらしてしまう可能性だってある。

(くそっ! 俺の大馬鹿おおばか野郎が!)

 一歩引き気味に、ほかの男達が腰にびた刃物を抜いた。

「て、てめぇやってくれたな」

「おいおい、こりゃあやっちまったなぁ?」

「へっ! 俺達に手を出して、後悔こうかいするなよ」

 悠真に殴られた強面の男がうすら笑いを浮かべ、立ち上がっていく。

「へっへっへ。いいね。やろうぜ。お前ら、手を出すなよ」

 ほおらした男が腰に帯びた剣を抜き、剣先を向けてくる。


 じりじりと、大柄な男が間合いを詰めてきた。構えから、大した使い手ではないと判断する。剣の握りかたも甘ければ、まるですきだらけであった。

 せきを切ったように、男が剣を振りかぶる。同時に、悠真は男の腹部にひじを入れた。

 肉の感触が肘を通じ、確実に人の急所きゅうしょである鳩尾みぞおちつらぬいたと確信する。

 男のいやな笑みを視界の端でとらえ、悠真は斬撃ざんげきをかわして後退こうたいした。

(浅かったか? いや、綺麗に入ったと思ったが……)

 本来、悶絶もんぜつしてもおかしくない一撃のはずだった。しかし男は何もなかったとでも言いたげに、ぽんぽんと腹をたたいて平然としている。

 その奇妙な光景に、悠真は眉間みけんに力を込めた。


野良のらねこにでもでられたのかと思ったぜ」

 きたえている者の感触は知っている。別の絡繰からくりがありそうであった。

「――そうか、秘力。まさかこれが、魔法か魔術の力ってやつなのか」

「だっはっはっ。魔法? 魔術? 何百年前の人だ? もしかして魔導まどう信仰家しんこうかかよ、お前。これは秘術で、強化するのは当然だ。店へ入る前にみんな強化しているぜ」

 違いはよくわからないが合点がてんがいく。同時に、危惧きぐもした。

 程度の低い肉体でも、長年かけてきたえ抜いたような耐久力を持っている。秘術での強化は、ずいぶんと厄介やっかいな代物なのだと痛感する。

 悠真は、シャルを確認した。おさない子供二人と固まり、席から動いていなかった。


 間違っても、シャル達に矛先ほこさきを向けられるわけにはいかない。

(過ぎた事態をくややむぐらいなら、せめて……)

 悠真は、改めて大柄な男に向き直った。

「でも、無敵むてきじゃないな。初めの一発なんか、ぶさいくな顔でぶっ飛んでいたし」

 嘲笑ちょうしょう混じりに告げると、男は殺意のこもった目をして叫んだ。

「絶対、絶対絶対絶対お前を殺してやる!」

 怒声どせいを引き金に、悠真は男との距離を素早く縮めていく。

 一度狙った横隔膜おうかくまくの部分に、悠真は迅速じんそくに拳をたたき込んだ。

 相手の反撃はひど稚拙ちせつだった。剣術を知らない児戯じぎひとしい。


 それでも当たりどころが悪ければ、致命傷ちめいしょうにはなる。

 斬撃の軌道きどうを予測しながら、何度も正確に腹部を狙っていった――大柄な男の顔が苦痛にゆがみ始める。想定した通り、強化したところで限度はあるようだ。

 決定打を打ち込むため、悠真は一歩ほど大きく後ろに後退する。

 回転を加え、足の腹で男の弱った腹部を貫く。肉を強く殴ったにぶい音が響いた。

 男が顔を青白く染め、口から胃液をらして地面に倒れる。

「強化してもダメージは蓄積ちくせきされるよな。お前らも、これ以上やるようなら――」

「悠真さん、後ろ危ない!」

 シャルの悲鳴みた発言で、悠真は肩越しに背後へと目を向けた。


(いつの間に……!)

 あらくれ者の男の仲間が、背後で剣を振り下ろす瞬間をとらえる。

(気にはしていた。これも秘術か。つか、やべぇ。これけれねぇんじゃ……)

 それでも、悠真は死にあらがう努力をする。

 突然、目がくらむほどの閃光せんこうに飲み込まれ、悠真は何も見えなくった。

「な、なんだ」

 悠真は素早く目許を腕でおおう。しかしどんな攻撃が飛んでくるのかわからない。

 可能な限り視界の回復を急いでいると、次第に光が弱まっていく。

 くらんだ目が少し慣れたころ、シャルが手のひらを差し出している姿が確認できた。


(シャルの魔法……あるいは秘術? なのか……いや、それよりも)

 目深まぶかかぶっていたフードがはずれてしまい、シャルの顔があらわになっている。

「シャル、フードが……」

「銀色の髪に、銀色の瞳……そ、それって」

 太い声を震わせ、男の一人がつぶやいた。

 別の男が、驚愕きょうがくの面持ちで悲鳴をあげる。

「う、うわぁああ! 禁忌きんきの悪魔だあぁ!」

 その震えた瞳には、恐怖が色濃くきざまれていた。

「き、聞いてねぇぞ。禁忌の悪魔がいるなんて聞いてないぞ。なんて、みにくいんだ」


 蜘蛛くもの子でも散らしたかのように、男達はおびえた表情で店から逃げ去っていく。

 シャルの表情は、胸を痛めるほどに浮かない。不意に、シャルの涙を思いだした。こうしたきびしい罵声ばせいを、これまでずっとびてきたのだろう。

 そんな光景を目の当たりにして、ようやく悠真は――シャルがフードを外す直前に見せた戸惑とまどいを、ちゃんと理解できた気がした。

「シャル、悪かったな。助けてくれて、ありがとう」

 素直に悠真はお礼を告げた。

 シャルは斜め下を向いたまま、唇をみ締め続けている。

「で、出てっておくれ」


 裏返った女の声には、いやな感情を込めた響きがあった。

 女店主は震えあがっており、物陰ものかげに身をひそめている。

「早く出てっておくれよ。あんたのせいで、うちの店にやくおとずれたんだ」

「待て待て待て。そ、そんな……」

 荒々あらあらしい足音が鳴った。

 瞬時に視線をすべらせると、シャルが店の出入口へと向かっている。

「シャ、シャル! お、おい!」

 声を張って呼び止めたが、シャルが扉を腕ではじき、一人で足早に去っていく。

 ほんの一瞬だったが、シャルはまた涙を流していた気がした。


 食事をしていたテーブルを見ると、料理のお代がちゃんと置かれている。

(あれ、ヨヒムとニアがいない。もしかして、先に店の外へ出たのか?)

「あ、あんたも! 禁忌の悪魔の信徒しんとなんだろう。早く消えておくれ!」

 なんの話をしているのか、悠真にはまるでわからない。ただ、聞くにえないほど悲痛な声で言われてしまい、そこに質問や反論するのはとてもこくに思えた。

 それに今は、それどころではない。

「なんか悪かった。店をあららして、ごめんな。飯、うまかったよ。ごちそうさま」

 複雑な心境をかかえた悠真は、走って店から外に出た。

 周囲を素早く確認するが、シャルの姿はもうどこにもない。


「禁忌の悪魔? シャルが? なんだってんだ、ちくしょう」

 やるせない気持ちが込み上がってくるのを、悠真はおさえられそうになかった。



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