第二幕   出会いの連鎖



「あぁあああ――っ! 俺の馬鹿ばか、馬鹿、馬鹿ぁっ!」

 お気に入りの場所となった橋の上で、悠真はさくつかんでかがみ込んだ。

(施しを受けろよ。慈悲を頂戴ちょうだいしろよ。無一文だぞ。異世界の下民よ)

 豪華ごうか賞品がどんな代物で、賞金がいくらだったのか――正確にはよくわからないが、何もないよりはあったほうがいいに決まっている。役立ちそうにない賞品であれば、どこかで換金かんきんすればいい。賞金ならそのまま普通に使えただろう。

 苛立いらだちからチャンスをふいにしてしまい、悠真は脳裏のうりで自分を激しくめ立てる。

 しばらくしてからそっと立ち上がり、柵の上にひじを置いた。


(それにしても、秘力の扱いかたか……すべてのみなもとである秘力って、いったいなんだ。魔力まりょくみたいなものか? それ以前に、俺にもその秘力っていうのはあるのか)

 物思いにふけっていたとき、子供のものだと思われる泣き声が聞こえてくる。

 なか茫然ぼうぜんとしながら、悠真は泣き声がする方向を探した。

 少し遠くのほうで、おさない男女が二人して泣いている。そんな二人の前を歩いている人々は、一瞥いちべつ程度には見ているものの、だれも足を止めようとする素振そぶりはない。

 悠真は、意識して眉根まゆねを寄せる。

(んだよ、みんな冷てぇ奴らばっかりだな)

 やさしくない大人達にあきれ、悠真は泣いている子供達を前にした。


 青髪を白い布で結った女の子は、目からこぼれる涙をしきりにぬぐっている。

 金髪の男の子はウサギのいぐるみをかかえながら、小さな腕で涙を払っていた。

 兄妹けいまいに見えないこともないが、顔はまったく似ていない。ただ、どちらも横に長く伸びた耳をしており、どうやら自分と同じ人間ではない様子であった。

(妖精族とかエルフとか、そういう種族なのかな?)

 悠真はかがんで、幼い二人と目線の高さを合わせる。

「お前ら、いったいどうした?」

「ヨヒムが、私のおもちゃを取り上げたの」

「違う。ちょっと貸してほしいだけだってば」


 二人して、かすれがちな声でうったえてくる。

 日本でもよく見かけた、他愛たあいもない子供同士の喧嘩けんからしい。

「私のおもちゃなのにぃ」

「少し借りるぐらい、いいでしょう」

「ああ、待て待て待て。わかった。わかったから」

 なだめる意味を込め、悠真は両手で二人を制する。

「なあ、ヨヒムつったか。どうして、その縫いぐるみを借りたいんだ?」

「ニアちゃん、いつもおもちゃばかりで……だから、一緒に遊んであげたくて」

(ああ。なるほど。そういうことか)


 ヨヒムの気持ちを察して、悠真は微笑みながら吐息をらす。

「ニアは、ヨヒムと遊ぶのはいやなのか?」

 唇をとがらせたニアは、無言で首を横に振った。

「ヨヒムは、一緒に遊びたいって、そう伝えてから縫いぐるみを取ったのか?」

 今度はヨヒムが、無言のまま首を横に振った。

「それじゃあ、ニアが怒っても仕方がないだろ。いいか、自分がどうしたいか相手に伝えなきゃだめだ。ニアだって、ちゃんと話せばわかってくれただろ」

「うん」

 ゆっくりとうなずいたニアを見てから、悠真はヨヒムの頭をでる。


 猫毛なのか、とても手触りのいい髪質だった。

「ヨヒムがこんなにやさしい男の子だって、ニアは知ってんだから……な?」

 悠真が目配せすると、幼い少女は小さく首を縦に振る。

 するとヨヒムが、申し訳なさそうに頭を下げた。

「ごめんね、ニアちゃん。僕、ニアちゃんと一緒に遊びたい」

「うん、いいよ」

 ようやく笑顔に変わった二人を見て、悠真は一つひらめいた。

「よし、ニア。この縫いぐるみ、ちょっと借りてもいいか?」

「うん」


 ヨヒムから縫いぐるみを受け取り、悠真はその背後にかくれた。

 声色こわいろを変え、縫いぐるみがしゃべっているように見せかける。

「二人が仲直りをしてよかった。これも、お兄さんのおかげだね。本当に、ありがとう――いやいや、どういたしまして」

 悠真は一人で二役を演じる。

 おさない子供達は、訳がわからないといった顔で見守っていた。

 ここからが真骨頂しんこっちょうだと、悠真は口を動かさずに声を出して見せる。

「ずっと、仲のいい二人でいてほしいな」

 大きく目を見開いた二人に、悠真は縫いぐるみをじわりと寄せていく。


「さあ、今度は三人で遊ぼうよ」

「お兄ちゃん、すごぉい」

 満面まんめんの笑みでニアが称賛しょうさんし、ヨヒムはげきでも見ているような眼差しとなった。

「はい。もう喧嘩けんかなんかするんじゃないぞ」

 ニアに縫いぐるみを手渡し、悠真は再びヨヒムの頭をでる。

「いいか。男が女を泣かしちゃだめだ。男なら女をまもる存在にならないとな」

「うん、わかった。僕、頑張るよ」

 小さな両手で拳を作って意気込んだヨヒムに、悠真は笑顔でこたえた。

「ああ! 見つけた!」


 少し遠くのほうから女の声が飛び、小走りに駆け寄ってくる人の姿をとらえる。

 褐色かっしょくのフードを目深まぶかかぶり、顔まではよく見えない。体格は小柄で華奢きゃしゃ――それはわずかに露出ろしゅつしている腕先や脚先あしさきから判断できた。一見では、怪しい人に見える。

 ヨヒムとニアが、声をそろえて『シャルお姉ちゃん』と呼びながら走っていく。

 子供達の後ろ姿を少し見送ったあと、悠真は後ろを振り返って歩いた。

 幼い二人と接して、悠真は心に強く思う。ここがたとえ異世界であったとしても、少し人とは違う容姿をしていたとしても、地球と大きくは変わらない。

 人の心を持ち、ふれれ合えば心は変わる。そこに、違いは何もないのだ。だからこの新しい世界でもやっていける。心機しんき一転いってん、自分の中の何かが変われる気がした。


「あ、お兄ちゃん!」

 声はニアのものだった。肩越しに見ると、三人が足早に近づいてくる。

 そばで立ち止まった女が胸に手を当て、少し息を切らした素振そぶりを――いや、非常に戸惑とまどった様子が見て取れる。悠真はいぶかしく思い、首をひねった。

「ほら、シャルお姉ちゃん」

 ヨヒムが女の脚をぽんぽんとたたく。何やら催促さいそくしているようだ。

「あの、えっと……なんかお世話せわになったみたいで、御迷惑ごめいわくをおかけしました」

 女が深々ふかぶかと頭を下げた。ややあわて気味に、悠真は言葉を返す。

「いや、お世話って言われるほどじゃない。だから気にしないでくれ」


「あ、でも……」

「本当、本当。別にいい――」

 言い終える前に、悠真の腹からうなり声にも似た音が響いた。

「あ、は、あははっ、いや、申し訳ない。朝から何にも食ってないんだ」

 忸怩じくじたる思いをいだき、悠真はずかしさをかくせそうになかった。

 彼女の表情はフードで見えない。それがほんの少しのすくいに感じる。

「じゃあ、まあ、そういうことだから」

 悠真は、足早にそそくさと立ち去っていく。

 十数歩進んだところで、また女の声が飛んだ。


「あ、あの! よろしければ、お礼として一緒にお食事でもどうですか」

 はなたれた提案を聞き、悠真の体が硬直こうちょくする。

 少し前には別の厚意こういを断ったばかりで、おまけに今は無一文であてもない。

 悠真は両手を祈るようにからませ、女の二歩手前まで進んだ。

「おずかしい話、今完全な無一文ですけど、ぜひお願いしてもいいですか」

 茫然ぼうぜんとしたような沈黙をはさみ、フードを目深まぶかかぶった女が小首をかしげた。

「あ、はい。遠慮えんりょしないでください」

 仕種しぐさ声音こわねから、まだ若い女だと感じられる。

 どこかを感じつつも、悠真は自分の名を告げる。


「あ、俺、久遠悠真。よろしくな」

「クドウユウマさん、ですか」

 苗字も名前も一括ひとくくりにした発音だった。悠真は苦笑交じりに訂正ていせいする。

「久遠が苗字で、名前が悠真だ。気軽に悠真って呼んでくれ」

「あ、えっと……そうだったんですね。す、すみません」

 女のあわてたような所作しょさからは、困惑こんわくが――一瞬、フードの隙間すきまから顔がのぞけた。

 銀色の瞳を持つ、神々こうごうしいまでに整った顔立ちをしている。

 彼女はさっとフードをつかみ、また目深に被り直した。


「わ、私は、シャルティーナと申します。お気軽に、シャルとお呼びください」

「私はニアよ」

「僕はヨヒム」

 シャルの両側から、ニアとヨヒムが名だけの自己紹介をした。

 悠真は口許に微笑み作り、大きくうなずく。

「おう、よろしくな」



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