4.アヌビス、過保護になる
俺は、円卓に足をつっこんで、真っ白い顔と向き合っていた。
「なんだよメジェド神、話したいことって」
「こうして落ち着いて話すのは久しぶりじゃな
そう、俺たちは例のこたつに入り込んでいた。俺と、メジェド神と、それからのんきに
「確かに、こんな風に腰を落ち着かせて話すのは久しぶりだよなぁ。メジェド神、あんまり
「やむを得ぬ。東の島国に“
はぁ?
「とはいえ、最近は
「すまん、本当に何を言ってるかわかんない」
「要するに我はティズ君が大好きなのじゃ。それで、その我の“推しメン”が悩んでおってな。どうもアルシノエ嬢に嫌われたと思い込んでいるようなんだが、実際はどうなんじゃ?」
壁画に刻んだみたいな目にじぃっと見つめられて、俺はため息をこぼした。
「嫌いなわけないだろ。アルシノエがどれだけ長い間片思いしてきたと思ってるんだよ。……ただ、
「それだけか? そもそも王弟とはいえ人間の
我の力は知っておるじゃろ、とメジェド神の瞳の炭色が鈍く光る。
「そんなの分かってるよ。だからお前一人でも婿殿は大丈夫だと思ったんだ。でも、今は王弟のことだけじゃない……」
そこにホルスが割って入った。
「そう……もぐもぐ……かなり恐ろしい事態が……もぐもぐ……アルシノエに迫っているかも……もぐもぐ……しれん 」
「食いながらしゃべるなよ」
「お主も相変わらずじゃのぅ」
「はっはっはっ!! メジェド神よ、ちょっと失礼……ぐぇっ」
果汁で
はぁ、なんて緊張感のないやつなんだ。
とりあえず俺が話を続ける。
「なぁ、アルシノエが事故にあった話は聞いたか?」
「“デートイベント”のことじゃな。聞いておる」
よく分かんない言葉は無視することにした。
「その時、
「ん? 風にあおられた荷が
それなんだ。
あの日、アルシノエは事故の直前に突風が吹いたと言っていた。俺はそれが怖い。
「暴風を司る神といえば……」
メジェド神もシーツみたいな顔をぐちゃりと歪めた。
「
そう言ってしまうと、目の前の白いかたまりは黙り込んでしまった。さすがのメジェド神も、セトの登場とあれば警戒せずにいられないだろう。
「私もな、古傷が痛むのだよ」
ホルスが頭をさすりながら話に戻ってきた。今痛いのは頭突きのせいだろうと思ったが、うん、もうどうでもいいや。
パンパンに鍛え上げられたホルスの体に、ひっそりと深い傷跡がある。それは腰のあたりを切り裂かれたもので、その位置のせいで普段はあまり目立たない。
「その傷、セトと戦った時にできたものじゃな?」
「そうだ。二人も覚えているだろう? 俺はかつて、主神の位の
「いや、思い出話はいらないぞ」
「そうか? まぁ、要するに……」
ホルスが天上の闇を見つめる。
「あの時苦心の末に倒し、砂漠の深くに
コタツを囲む空気が張りつめる。
というわけで、と俺は視線を落とした。
「今は婿殿には大人しくしていてほしいんだ。あいつはアルシノエの弱みになりかねない。それに、俺はアルシノエを守ることを優先するから」
ぎりり、と歯噛みする音が聞こえて、ハッと顔をあげた。
こたつの向こうで、メジェド神が震えていた。その白布から発せられる怒気は、俺ですら鳥肌がたつほど
こんなメジェド神、初めて見た……。
彼はこたつに片足をのせて
「許せぬ、許せぬぞセト……! 貴様のせいで我の大好きな“ラブコメ展開”が制限されているということか……!!」
はぁっ……?
「この愚行、断じて許すまじっ!!」
え? なんかよくわかんないけど怒りの方向がおかしくないか? ていうかお前……その足……すね毛が……。
ドン引きした俺は、ふと違和感を覚えた。(すね毛を見たせいではない)
「誰かが、俺の闇に干渉してる……」
あたりを見回した。闇を集めて作り上げたこの空間に、外からの圧力を感じる。闇が
「まさかセトか!? 良い機会だ、我が成敗して」
「メジェド神、違う。これはあの方だ」
ホルスが二個目の柑橘に伸ばした手を止めたその瞬間、こたつが強烈な光につらぬかれた。
天から降るそれは、
俺の闇を
『アヌビス、ホルス……こんなところで何をしている』
声も天から降るように。その主は光の中にあり、姿は見えないけれど。
その声音と静寂なる威圧感で、背すじがピンと伸びる。メジェド神もこたつの上の足をおろした。
「我らが主、
俺が叫べば、光がいっそう強く、いや、痛くなった。
『王家の危機を伝えにきた』
「え……!?」
俺は焦って立ち上がる。その拍子にこたつの天板がガタリとズレた。ホルスの翼も大きく広がる。
『アルシノエを、護れ』
それだけ言って、光は消えた。ラーの気配も。
「アルシノエ嬢の危機、じゃと!?」
メジェド神が叫ぶよりもはやく、俺は犬の姿で駆け出した。
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