6.ファラオ、むこ殿にため息をつかれる
「ばかやろう!! お前らがついていながら何やってんだ!!」
神殿に戻ると
見た目は十歳児のアヌの前で、いい歳した
あの事故の後、とりあえずすぐに神殿に戻ったの。市場に
それで今は私と神々だけで大反省会というわけよ。
「だってにゃ、
「俺もちゃんと空から警戒していたぞ。荷が落ちる気配はなかった」
「ふざけんな、そんな言い訳通用するか!! あらゆる事態からアルシノエを守れないなら市場になんて連れて行くな!」
アヌったらだいぶ無茶なこと言ってるわね。
呆れちゃうんだけど、私の腕の中でぷるぷる震える獣型の
二人は今朝の事故の話を聞いた途端、白目をむいて卒倒してしまったの……やっと目が覚めたものの、私にくっついて離れようとしないのよ。
「もういいわよアヌ。ティズ様もご無事だったんだし」
「俺はお前の心配をしてるんだよ!!」
アヌは尻尾の毛を逆立てた。もう、なんで私まで怒鳴られなきゃいけないのよっ。
「アルシノエ〜取り調べは終わったでちゅよ〜」
扉が開いて
「あたちの前で事情聴取させたから、嘘やごまかしはないはずでちゅ」
「はっはっはっ、取り調べ中のやつらの青い顔、お前たちにも見せてやりたかったぞ」
「そりゃ、マアトの前じゃ嘘はつけないわよね。すぐバレちゃうし、バレたら地獄行きだし」
「もちろんでちゅよ〜」
指しゃぶりをしながら胸を張るマアトは今日も可愛い。けれど、言うことは理路整然としていた。
「被疑者はおおよそ四十歳の男性でちゅ。前科はなし。紙
アヌが大きく舌打ちをした。
「他の駱駝も確認したでちゅ。二頭いまちたけど、どちらの荷もしっかりくくりつけられてまちた。文句のない積み方でちたし、落ちた方の荷も同じように積んだのだと必死に訴えてまちたでちゅ。あと、
「うーん。じゃあなんで落ちたのかしら?」
私が首をかしげる横で、アヌがバステトたちに牙をむいた。
「本当に
「絶対いなかったにゃ」
「無論」
続くマアトの言葉も、二人の証言の正しさを裏付けた。
「蠍が積み紐を切ったわけではないでちゅよ。だって、紐が切られた跡はなかったでちゅから。単純に結び目がほどけただけでちゅ」
それを聞いてアヌもさすがに大人しくなった。
「じゃあ本当にただの事故かよ? そんなことありえるか?」
「まぁ、たまにはそんなこともあるんじゃない?」
呑気に腕の中のもふもふを味わっていると、アヌは大きく尻尾を落とした。
「それじゃあ、その駱駝の持ち主の罪状は?」
「まぁ、故意ではないとはいえ人を殺しそうになったことは事実でちゅからね。いい感じの
私は大きくうなずく。
「それでいいわよ。ほら、だってあの時は風も強かったし。それよりどんな
「風……?」
話を終わらせようとしたのに、アヌが私の言葉にひっかかった。あのホルスまで難しい顔をしている。
えーもうこの件はいいのに。うん、面倒だから放っておこう。
◇
こんなことがあって、行程が一日遅れちゃったのよ。行く先々で迷惑かけちゃうから嫌だなぁと思いながら、翌朝また舟に乗り込む。
あらら、舟の中がやけにきれいに片付けられているわね。どうも昨日のあの事件以降、アヌが命じてもう一度安全確認を徹底したみたい。
もーアヌったら本当に大げさなんだから。
いまだに獣型のままの
そのご尊顔を前にすると、昨日の最高に素敵だった一日を思い出してしまう。
そうよ、手をつないでお出かけして、名前で私を呼んでくださって!
しかも身を
それなのに当のティズ様のお顔をのぞくと、いつになく渋いお顔をされている。
えっ、そんなお顔初めて見るわ!
舟室の入り口付近で立ち止まっていた私に、彼がスタスタと近づいてきた。
そして私の腕の中の
褐色の大きな手が、
しかも、そのままぽいっとウヌヌを自分の従者に渡してしまったの!
白兎はガクガク震えているし、渡された方の従者さんもびっくりしている。私の中の
「ど、どうされました、ティズ様?」
「いや、別に……」
お、おかしいわ。生き物(いや、本当は神様なんだけど)をぞんざいに扱うような方じゃなかったのに。
「アルシノエ様は……いつもウヌウヌ様とアヌビス様と同じご寝所でお休みになられているのですか?」
「そ、そうですけど?」
そうですか、と応じたティズ様の声にはため息が混じっていた。
えぇ、なんで不機嫌なの!? まさかどこかでウヌウヌたちと喧嘩でもしたのかしら!?
◇
なんだか今朝からティズ様のご様子が変。絶対に変!
ウヌヌを放り出した後はいつもの温和な彼に戻った気がするんだけど……。
一緒に景色を眺めながらおしゃべりしたり、
でも、昨日は手を繋いだり抱きしめてくださったりしたのに、今日はちょっと肩にふれただけでのけぞるほど驚くのよ!
それにね、たまにじっと私の顔を見つめるのよね。それに気づいて彼の瞳を見返すと、スッと目を逸らしてしまうし。
何か嫌われるようなことしちゃったのかなぁ……。
「ねぇアルシノエ、婿殿と何かあった?」
人型に戻ったウヌトがひそひそと私の耳もとでささやいた。ティズ様はちょうど従者とともに席を外していて、近くには神さまたちしかいない。
「やっぱり変よね、ティズ様!?」
小声で応じると、彼女はなんとも言えない表情をしている。
「昨日はあんなに仲良くしてくださったのに、今日はなんか距離を感じるのよぅ。しかもなんでウヌヌにあんな意地悪を……」
「いや、意地悪とかじゃなくて……」
彼女のうさ耳がぴょこぴょこ動く。あ、ウヌトったら何か困ってるわね。
「とにかく、これからはウヌヌやアヌビス様と一緒のお部屋で寝るのはやめましょう」
「なんで!?」
「なんでって……」
ウヌトも変よ。なんでティズ様の様子がおかしい話から、寝る部屋の話になるのよ。話が繋がってないわ!
何か迷っているようなウヌトの向こう、部屋の隅にティズ様がいる。それで私の視線はそちらに釘付けになった。
あ、またバステトがティズ様に近づいて――って、ティズ様の耳に口を近づけて……まさかいつも私にするみたいにお耳をなめるつもりじゃ!? ダメダメそれはなんかエッチぃから絶対ダメ!!
けど、止めに入れるほどの距離じゃなかった。
バステトに口を近づけられたティズ様が、燃え上がるように頬を赤くした。目を見開いてバステトを見返す、その耳まで真っ赤だ。
「ウヌトーーーー! 見て、バステトがティズ様を誘惑してる!!」
半泣きでウヌトの胸に飛びこむ。
けれど、なぜか彼女は慰めてはくれなくて、むしろ大きなため息をついた。
「だから、多分ティズ様もあなたと同じなんですってば」
「はぁっ?」
ティズ様のみならず、今日はウヌトも何を言っているのか分からないよ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます