3.ファラオ、むこ殿と旅行に出発する
「えー、本日もまこと多忙な中、こうして集まっていただき、ありがとう」
こほんと咳払いをして、アヌが話し出した。あら、めずらしく尻尾がぴんと張ってるわ。
私たちは
「はははははは、
「うるさい、
「お兄ちゃん、また嫌われまちゅよ〜」
うーん、それにしても……なんでこんなことになったのかしら。
広いはずの舟内は、人と神々でごった返している。
別にみんなでついてこなくてもいいのにね。
そして。
細長い舟内の一番奥に用意された席で、私はちらりと隣を見た。そこには、神々の大騒ぎにあっけにとられるティズカール様。
はう〜今日もステキ。はっきりとしたお顔立ちに、朱色の
私と同じで、この旅行に合わせてお召し物を新調されたのかしら? そうだとしたら嬉しすぎない?
もちろん私も身だしなみには気合いを入れたわよ。
清楚な雰囲気で婿殿の心をわしづかみにするのよ、と意気込む
頑張ってキレイにしてきて良かった。だって真昼にティズカール様のお側に寄ることなんて今までなかったものね。
あぁ、それにしても、陽の光を浴びるティズカール様がまぶしいっ、まぶしすぎるわ……!
「ちょっとアルシノエ、顔がだらしないよ、気をつけて」
いけないいけない。右隣の
そうよ、いくら
「はははははは、いいのかアヌビス? そんな風に私を邪険に扱うと、うまい食事にありつけないぞ!!」
「ぐぅ……」
相変わらずアヌとホルスが部屋の反対側で言い争っていて、
「この国の神々は、みなさんにぎやかなんですね」
ティズカール様が体を傾けて私の耳元でささやいた。うわわわ、船内が狭いせいで、自然と距離が近くなっちゃう! どうしましょう、私、いつまで正常でいられるかしら!?
「アヌとホルスは仲良しですからね。つい話が盛り上がるのでしょう」
「というわけで、皆の者、今日は私『炎のホルス』自ら腕をふるって食事を用意した! ぜひ楽しんでくれたまえ!! はははははは」
湯気が上がるのは、玉ねぎといっしょにじっくり煮込んだひよこ豆のスープね。うーんガチョウの串焼きがいいにおい。まぁ、カボチャとレンコンの揚げ焼きもあるのね! ホルスったら、私がレンコン大好きなのを覚えててくれたのね!
「ホルスの料理、おいしそうにゃ! ねぇ、ティズカール〜」
あっ! ひどい、
「あ、はい……」
「ホルスの超火力でこんがり焼いたパイは最高にゃよ〜」
ああああああ! バステト、ティズカール様の腕に、か、からみついて!!
やだやだ、だめ、ずるい!!
私は彼を奪われまいと逆側から褐色の腕を引いた。
「ティズカール殿、こちらに
「えっ、あ、ありがとうございます」
「こっちの
まさかバステトったらティズカール様を誘惑しようとしてるのかしら!? 今日もやけに胸もとが見える服を着てるし!! そりゃあ彼は世界一の殿方だけど――そんなこと絶対許さないわよっ!!
今度こそ負けないわと決意して、私は両手でぎゅっと彼の腕をつかんだ。
するとバステトはパッと彼の腕を離して、にゃあと一鳴きした。その目が三日月のように細められる。
「仲の良い夫婦にゃ、末永くお幸せににゃあ」
え、バステトったらそんなにあっけなく行っちゃうの? わ、今度はトートにくっついて! ていうか、バステトがいなくなったら……
残されたのはティズカール様と――彼にべったりとくっついた私だけ。
ど、どどどどどどうしよう!?
なんか勢いでくっついちゃったじゃない!! これ、もしかしてバステトの罠!?
冷や汗をかいていると、くすり、と頭上で笑う声が聞こえた。
「アルシノエ様も
ティズカール様がいつもの調子でそう言ってくださる。表情もとっても穏やか。
「あ、では……イチジクで……」
「どうぞ」
しがみついたままの私に、彼は瓶を差し出してくださった。それで私はストローに口をつける。
「美味しいですか?」
「……はい」
「お食事もされます?」
彼は自由な方の手を伸ばして
「い、いただきます」
んん? なんかこれ……すごく仲良し夫婦っぽくない? このまましがみついていていいのかな?
誰かに答えをたずねようと目線をあげると、
な、なによそのお花畑みたいな微笑み!!
「舟が揺れるのでご不安ですよね? 私でよろしければそのままつかまっていてください」
「えっ!? あ、はいっ」
うわぁ、なんだかいつにも増して頼もしい……。すらりとした手足なのにしっかり筋肉もついているし。
まずいわ、心音がこんなにうるさくて。ティズカール様に聞こえちゃうじゃない。
チラリと見上げた彼は、従者に手伝われながら食事を楽しんでいる。いつも通りほがらかで、気取らないお姿。
なんだか……ちょっとだけ胸が痛いなぁ。
私だけこんな風にドキドキして。ティズカール様は私にふれられても、なんてことないんだわ。
そりゃあそうよね――私が……無理やり婿にとっただけなんだもの。
幼い頃に初めてお見かけして、それで気づいたら好きになっていて、夫婦になった今でもずっとずっと大好きで。
ただ、私の一方的な想いなんだもの。
「陛下、どうされました?」
黙りこんでいるとティズカール様に顔をのぞきこまれた。心配してくださっているのね。
あぁ、私ったら
彼にも私を好きになってほしいって思うなんて。
「なんでもありません。それよりホルスのお料理は本当に美味しいでしょう?」
「そうですね、特にこのパイの包み焼きが……」
そうよ、うじうじしたって仕方がないわ!
とりあえず、今は食事と船旅と、そして彼の腕のたくましさを十分味わいましょ!!
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