2.ファラオ、バステトお姉さまに遊ばれる
とっても忙しい
「うふふ、この
けど、背後からは二つのため息が聞こえてきた。
「たくさんお話……確かにそうだけど」
振り返ると、
「その話の内容がねぇ……」
彼女の横で、
「なによ、せっかく仲良くなれたのに、何が悪いっていうのよっ!」
悪くはないですけど、と
「話題が、経済や外交のことばっかりで……いや、僕もそれは立派だと思うよ。でも、もっとこう、夫婦らしい話をするべきだと思うんだよね」
「そうそう、せめて手を握りあい見つめあってみるとかね」
ウヌウヌが実演しながらそう言うんだけど、もうっ、ほとんど抱き合ってるじゃない!
「市場の流通の話をしながらそんなことしてたら変人よっ!」
「アルシノエ、顔が赤いわよ」
「いい加減むこ殿に慣れればいいのに」
「む、無理に決まってるでしょ! 毎日あんなに格好いいのよ!?」
はぁ〜とまたため息をつかれてしまう。
「でもさ、婿殿も真面目よねぇ。最近はよく夜に訪ねてきてくださるけど、なーんにもせずにお話だけして帰っていくなんて」
「こっちは
そうなの、
寝台のある奥の部屋には決して入らずに、お話をして帰るだけなんだけど。
私はウヌウヌに口を尖らせる。
「まぁでも、そっちの方が都合がいいじゃない。神官たちのお世継ぎ要求もかわせるし。逆にあんまり仲良しになっちゃうとティズカール様が
ウヌヌが白い耳をぴこぴこさせた。
「仲良くなり過ぎても、ならなくてもダメ。難しいところだねぇ」
そうなのよね、と私はもう一度外を眺めた。
城の三階にある部屋からは、中庭の豊かな木々が目に入る。風にそよぐ緑を見ていると気持ちが安らぐわ。
あれ、
ん? あのすらっとした美しい体と、黄金の首輪は――。
そんなことを考えてるうちに黒猫がこちらに跳んだ。そして私のわきを横切って、部屋の中に着地する。
「
ウヌウヌが同時に声を上げて、黒猫は
「にゃぁん〜人型になるのは久しぶりにゃあ」
さらりと長い黒髪をかきあげながら現れたのは、
うわぁ、相変わらず目のやり場に困る!
黒い肌に金の瞳。きつい目元にはくっきりとした
ぴったりと体にはりついたチュニックは真珠のように光沢のある白で、太ももが
もちろん神様らしく、頭からは猫耳が、お尻からはふんわりとした長い尻尾が伸びているわ。
「久しぶりにゃあアルシノエ。また可愛らしくなったにゃあ」
バステトはすべるように近づいてきて、人差し指でくいっと私のあごを持ち上げた。そんなに近くでジロジロ見ないで〜とドキドキしているうちに、突然私の耳元にふっと息を吹きかけた。
「きゃあっ」
「にゃ、やっぱりまだウブなのにゃあ」
彼女は腰をくねらせながらくすくす笑う。毛の長い尻尾も、私をからかうようにゆらゆら揺れていた。
「ちょっとバステト! アルシノエで遊ばないでちょうだいっ!」
ウヌトがプンプン怒りながらやってきて私の頭を抱きしめた。この二人って仲が悪いのよね……それにしても、ウヌトのおっぱいやわらかいぃ……!
「にゃ、ちょっと挨拶しただけにゃあ」
黄金の瞳を細めて笑うと、バステトは私のほっぺをつついた。
「それにしても久しぶりにゃ、確か
「そうね。宮殿には寄りつかないあなたが、突然どうしたの?」
彼女はペロリと小さな舌を出す。
「にゃぁん、
そんなことより、と言いながら、バステトが私の耳もとに口をよせる。また何かされるかと身構えたけど、今度はひそひそ話だった。
「アルシノエ、婿殿との関係がなかなか進展しないのかにゃ?」
「え? ……って、きゃあ、耳たぶかじらないでよ〜!!」
「こういう風にせまってみればいいのにゃ。別に女が積極的でもいいにゃ」
えぇぇぇと悲鳴をあげると、私の頭を抱えるウヌトの力が強くなった。
「アルシノエはあんたと違って純粋なのっ! 放っておいてちょうだい!」
「おっぱいが大きいだけのウヌトは黙っていてほしいにゃあ」
「な、なんですって!?」
まずいわ、女神のケンカが始まっちゃう! しかも私の頭を抱えたり耳をなめたりしながら……!!
二人を止めてくれるんじゃないかと期待して、唯一の男性ウヌヌを探せば――あ、部屋のすみで獣型になってる! しかもお尻を向けてプルプル震えて。こらっ、おびえてる場合じゃないわよぉ!
「にゃ、アルシノエ、ここは私に任せるにゃ」
「ま、任せるって何を……?」
「婿殿と仲良くなる方法にゃ」
バステトはにこりと笑う。うわぁ笑顔に
「あのにゃ、旅行にいくのにゃ」
ところが、バステトの提案は意外と可愛かった。驚いて見返すと、今度はほっぺをなめまわしてくる。
「そうにゃ。宮殿を出て、愚弟と
「な、なるほど……」
でも、とウヌトが黒耳をぴんと張って口をとがらせた。
「
「にゃーん、そのためにあたしが来たにゃん」
バステトは長いしっぽでぴちぴちとウヌトのお尻を叩いた。
「猫々情報網をなめないで欲しいにゃん。どこにいてもあたしの
なるほど、それでアヌはバステトを呼んでくれたのね。猫ちゃんなら国中どこにでもいるし、みんな自由に動けるものね。
「にゃんにゃん、しかも舟で移動すれば完璧にゃん。蠍の駆除さえしておけば、舟内で心おきなくイチャイチャし放題にゃーん」
い……いちゃいちゃですって!?
「上手な
「やめてー!! アルシノエにそんなことしちゃダメよ!」
「ウヌトはうるさいにゃん、慣れておくことが大事にゃん」
「えぇ、なんで
そう聞くと、なぜか二人そろって天井を見上げてしまったわ。えぇ? 私、何か変なこと言ったかしら?
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