第2章 冬のファラオはいちゃいちゃしたい

1.セルケト、握手会を開く



「やっほーみんな! 今日はボクのために集まってくれてありがとーー!!」


 ボクは可愛いサソリの尾をフリフリしながら、町の広場に集まった人間たちに全身で手を振った。


「うぉぉぉぉ! セルケト様ぁぁぁぁ!!」


「麗しの少年女神さまぁぁぁぁ!」


 軽く千人くらいは集まってるかなぁ? 老若男女問わずみーんな僕にメロメロの顔だよ! ほらあっちの二階や三階からもボクをよぶ声がするでしょ。


 ここは黒土国ケメト辺境の町、エレファンティン。中央から南に遠く離れたこの地に、ボクは自分をまつる神殿を建てさせたんだ。焼き煉瓦れんが造りの立派なやつだよ。


 普段は市が開かれる広場に面した神殿は、毎日多くの人を迎えてるんだ。


 冥界神オシリス太陽神ラーへの信仰心はどこへやら。みーんなボクのことを大好きになっちゃったみたい!


 ちなみに、ボクの人気の秘訣はね、だよ、


「今日は来てくれてありがとうねっ!」


 ボクはそう言ってにっこり微笑みながら、信者くんの手を握った。若くてひょろっとした青年は、感激で目をウルウルさせてながら去っていく。ホントかわいいね!


蠍女神セルケト様……わたくし、まさかあなた様と直接お話できるなんて……!」


 今度はしわしわのおばあちゃん。彼女の手をぎゅっと握って、ボクはその老いた顔を優しーく見つめるんだ。


「ボクはいつでも君と一緒だよっ。元気に長生きして、またボクに会いに来てねっ!」


「セルケト様ぁぁぁぁぁぁ」


 王家を守護するような神々がえらそうに踏ん反り返っているうちに、ボクはこうやって地上に降りて、確実に自分の信者を増やしているんだよっ!


 この細いお目々のニコニコ笑顔と、男の子みたいな見た目もウケてるみたいだね。


 ――誰にでも親しげな少年女神様。


 ボクをデロデロに崇拝する神官たちは、そう布教してくれてるみたい。


「セルケト様、ステキですぅぅぅぅ」


 あれま、今度は若い女の子が泣き崩れちゃった。そんな彼女を優しく支えながら、ボクはするりと尻尾を動かす。そしてみんなにするのと同じように、可愛いお尻をさりげなくチクリ。


 うふふ、だいじょーぶ、痛くなんてないよ。ほそーい針を、痛みを感じないところに刺してるだけだからね。


 しかも安心してね、体に害はないからさ。

 ただ、ボクを大好きになっちゃうだけの毒だから!


 そう、みーんなボクを大好きになってね! だって神の力は、与えられる信仰の厚さで増していく。ボクはもっともっと大きな力がほしいんだもん!


「みんな、ありがとうね! ボクもっと有名になって、この黒土国ケメトの一番星になるよー!!」


 全員と握手を終えると、ボクはそう宣言して神殿へと戻った。背中に熱いまなざしと大声援。よし、今日も順調に信者を増やしたぞっ!


 そう、ボクは神々の一番星になる。


 だってね、一番偉い神様になったら、ファラオの位も思いのままなんだよ。太陽神ラーを蹴落として、ボクは最高神になりたいんだ。


 だって、このままじゃ大好きなイアフメスが南の野蛮な国に追い出されちゃう!


 イアフの姉、憎きファラオアルシノエ。あいつ、自分の王位を確かなものにしようと、実の弟を厄介払いしようとしてるんだ!!


 イアフはあんなに賢くて立派でかっこよくて最高に天才なのに、許せないよクソシノエ!


 イアフは優しいからね、クソシノエにちょーっといじわるする程度でこらえてるけど、ボクはそんなに温厚じゃないんだぞ。


 神殿の裏の扉を抜けて、こっそり外に出る。信者くんたちに見つかっちゃったら大変だから、サソリの姿に戻っておいた。


 ボクが向かうのは砂漠だ。足を踏み入れ、方角を見失ってしまったら、人間なんかじゃ絶対に戻ってこれない死の世界。細かい砂が人々の足を絡めとり、乾いた風が生きる力をこそげとっていく。


 でもボクは神様だから、全然ダイジョーブ。


「ねぇ、順調に行ってるだろう?」


 だいぶ進んで街も聖河ナイルも見えなくなった頃、ボクは砂嵐に巻かれた。小さな体が吹き上がりそうになるけれど、六本の足を砂にうずめてぐっとこらえる。


 この嵐はが現れたしるしさ。ボクにいつも助言をくれる、親切で、つよーい神さまが。


 ほら、嵐の中からかげが一つ現れた。


 とんでもない長身。体は人のようだけど、顔は口が細長く突き出たツチブタのもので、その左右にカバの耳がついている。そして、お尻からはワニの太い尾が伸び、ぬるりとした光沢をみせている。


 彼こそが邪神セト。太陽神ラーにも対抗できる、超強力な神様さ!


「ずいぶん信仰を集めたみたいだね」


 彼はくぐもった声で褒めてくれる。


「当然だろう、だってボクはイアフのためならなんだってできるもん」


「そうだね。この調子でこのペレトは力を蓄えよう。民が土地を耕すように、我々も地道に活動するんだ」


「もちろん! ボク頑張るよ!」


「ククク……ペレトをこらえたら、次は実りの乾季シェムウだ。黄金の稲穂を一気に刈り取り、我々の大望を成就じょうじゅさせようではないか」


 うん、もちろん。分かっているよ邪神セト


 乾季シェムウが過ぎて新年が明ければ、イアフはいよいよ婿入りする。ボクは黒土国ケメトの神様だから、彼についていくことはできない。


 年が明ければ、ボクたちはお別れ……。


 ううん、そんなことは絶対にイヤだ、絶っっっっ対に耐えられない!!


 だから、ボクは邪神セトの言う通りに頑張るんだ。


 ――そうすれば、イアフはずっとボクのものだ!!



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