11.アヌビス、神さま会議を主催する
「えー我が同胞たちよ。まこと多忙な中こうして集まっていただき、諸君らには深く感謝する」
俺は狭苦しい円卓の一席で、通り一遍の挨拶をした。
「はっはっはっ、
俺は円卓に座した面々を見渡した。
左隣に
兄妹の向こうに座るのが
そして彼と俺の間に
円卓は闇の中に鎮座している。
そう、俺は「闇の
世界に渦巻く闇を集め、人目につかない空間を作り上げることなど、たやすいもんさ。
ん? 闇の中なのに話しづらくないかって? 俺たち神だからな、暗いとか寒いとかそういう感覚は自分で制御するんだよ。
「あ、アヌビス様……本当に我々も同席してよろしいのでしょうか?」
妻の
集まってる神の
さすがに俺のことにはもう慣れただろうけど、ホルスもマアトも
あげくに今日はトートも呼んだ。『時の管理者』として強大な力を持つ彼なんて、地方の小神殿に
「それより、はやく本題に入ろうじゃないか」
そう俺を促したのは、トートだった。
人型のこいつは四十歳前後の男の姿で、黒々とした顔に軽く
頭にはターバンを巻くのがお気に入りで、そこに
そして伸ばした髪と一緒にターバンの切れ端を肩に垂らし、太い首には幾重にも
細いタレ目に、よく動く
要するにトートは“なんか悪そうだけど格好いいオヤジ”、といった
「そうだな、じゃあさっそく本題に」
「はっはっは、ちょっと待てアヌビス、その前にどうしても聞きたいことがある」
「なんだよホルス」
横槍にムッとして隣をにらむと、彼の膝の上のマアトが短い腕を円卓の上に伸ばしていた。机の中心にピラミッドのように積み重なった小ぶりな柑橘が欲しかったようだ。
「この机はいったいなんだ?」
机の天板の下からのびた厚い布をひっぱりながら、ホルスは首を傾げている。
「わ、私も気になっていました」
「僕もです。なぜ座卓に寝具がくっついているんでしょうか?」
「でも悪くないでちゅよねぇ〜。この小さな柑橘も甘くておいちい。お兄ちゃんも食べまちゅか?」
「はっはっはっ! マアトは優しい子だなぁ!」
兄妹のやりとりを流し目で見やって、トートが
「それで、この奇妙な座卓はなんだね? しかも六人でおさまるには少々狭いようだが」
そうなんだ、確かに狭い。俺の背中はホルスの炎ゆらめく翼にぺちぺち叩かれているし、右肩はウヌトのおっきい胸にあたりそうだ。
「この円卓は……こたつだ」
「こたつ? なんだそれは?」
トートが肩をすくめてこっちを見るが、俺も首を横に振るしかない。
「知らん。メジェド神がくれたんだ」
「メジェド神! はっはっはっ、あいつまたなにか変なことやらかしてるな」
「そうかもしれない。まぁ、婿殿の面倒はよく見てるようだからいいだろ。それに……」
俺はコタツの天板に頬を寄せた。ついご機嫌に尻尾が揺れる。
「なんかこの机、居心地いいんだもんなぁ〜」
「ふっ、確かにな」
「はっはっはっ!!」
「気持ちいいでちゅ〜」
「僕ももう出られないかもしれない」
「鍋の中より魅力的よねぇ」
見解が一致したところで、俺たちはやっと本題に入った。
「それで、今日集まってもらったのは……
「あぁ、任せろ」
トートは意味ありげに笑うと、毛布の中から抜き出した右手で、天板の上の空気をなでた。
すると、一枚の
トートは時を司り、
これを見ろ、と彼は一文を指し示した。
「この
ホルスが隣でうなる。
「それほどまでにあのサソリ嬢の勢力が増しているというのか……?」
「にわかには信じがたいが、そういうことらしい。神々の主である
「なにか変でちゅね〜」
「そうなんだ。だからアルシノエの守護をこれまで以上に固めたい。毒サソリにでも狙われたらたまらないからな」
耳をピンと伸ばす俺に、トートが軽く笑う。
「アヌビス、安心しろ。各地の動きに気を配るのは私に任せてほしい」
「ありがとう、頼む」
「はっはっはっ! アルシノエの守護には私も参加しよう!」
「いや、お前は暑苦しいから嫌だ」
「嫌われちゃいまちたね〜お兄ちゃん」
「はっはっはっ!!!!」
耳障りな高笑いを無視して俺は話を続ける。
「それで、できれば
「いいだろう、私が話をもちかけておこう」
「悪いな、トート、助かるよ」
「かまわない。美しき女神と話す機会が増えただけのこと」
そうやって話がまとまっていく中で、そろりと
「あの、
あぁ、あのことかぁ。俺はどよんとため息をついた。
「実はアルシノエが先日しつこい風邪をひいたことがきっかけで、神官たちの間で
「はっはっは、立派な婿殿がいるのだから当然だろう!」
「確かにそうなんだけど……」
俺と兎夫婦は顔を見合わせて肩を落とした。コタツに重いため息が落ちる。話の続きはウヌトが継いだ。
「アルシノエも『これって堂々とティズカール様をお部屋にお招きする絶好機じゃないっ!? ぬふふ』と喜んでいて」
「はっはっはっ、彼女らしいな!」
「ですが、そう言ってひとしきりニヤニヤした後、彼女は私にこう尋ねたのです」
――で、ウヌト、世継ぎってどうやって作るの?
一同、軽く沈黙した。
「まさか……アルシノエはそんなにウブなのか?」
トートの驚きに、ウヌウヌが大きくうなずく。そしてまた妻のウヌトが話を続けた。
「ほら、普通なら女官とか侍女とかがそのへんの知識を教え込むじゃないですか……でも、彼女の身近には人間の女がほとんどいませんで……」
「それで、
俺も事情を説明する。
「それで、ウブなままであると」
トートは盛大に呆れている。
いや、俺だって信じられないんだ。だいたいあいつ今まで婿殿にキャーキャー言ってヨダレ垂らしてたのはなんだったんだ? 何を妄想してたの? 逆に気持ち悪いよ?
「はっはっはっ、それは一から徐々に勉強させるしかないだろうな!」
ホルスの正論に、兎夫婦が身を乗り出した。
「ではどうやって教えればいいのかご教示くださいっ!」
「どうやって……」
さすがのホルスもタジタジだ。そこにトートが不敵に笑いながら割って入る。
「そういう分野なら得意だが?」
「お前は変なこと教えそうだからダメだ。この色親父め」
そう騒いでいると、今まで指しゃぶりに興じてたマアトが突然口を開いた。
「はっきり言えばいいじゃないでちゅか。子どもを作るには、男の人のアレを女の」
「わぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ホルスと俺は慌てて幼女の口をふさいだ。ウヌトもうろたえている。
「マアト様、そのお姿でそういうご発言はおやめください!!」
「えーでも黒兎しゃん、あたちは見た目が赤ちゃんなだけで、中身は……」
「見た目が赤ちゃんなら発言もそれらしくしとけよ!」
「アヌだって似たようなものでちょ」
こうして後半の議題はいっこうにまとまらない。
まぁゆっくり考えようぞ、と高笑いするホルスの発言で、いったん集まりはお開きになった。
俺と兎夫婦は頭を抱えたまま人間界の宮殿に戻ったんだけど……。
「はぁっ!? アルシノエが、婿殿を部屋に招いただと!? しかも今晩!?」
神官の報告を受けて俺は
ええい、ならばしかたない! あとはあの人の良さそうな婿殿に任せるしかない!
頼んだぞ、婿殿……!!
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