7.ファラオ、発熱で大混乱する
この
まぁ、例年
石切場のある遥か南のアスワンから花崗岩を運び出すのは、
それに、この季節は農地が
仕事のない農民たちを集めて、
そして働いてくれた民には毎日の生きる
ちなみに、特に人気があるのはなんといっても玉葱よ! 魔力を秘め、お薬にもなるから当然よね。
というわけで
私はいつにも増してバリバリ働き、部屋に戻ればひたすら眠る。
そんな毎日を繰り返していたのよね。
あ、でもね、最近は毎朝中庭でティズカール様とご挨拶できるようになったの! こんな嬉しいことってないわ!
だけど、そんな喜びを顔に出すことすらできないのよ。
だって、
ティズカール様を――カマドにくべられた私のお人形のような目に合わすなんて――そんなことは絶対にさせないんだから……!
そうなの、最近ね、ヤツの嫌がらせが日に日に加熱しているの。
私の歩く先々に犬の
ここまでくると、頭にくるよりも呆れてしまう。
これがもう十八になった立派な王族がすることかしら!? イアフったら子どもの頃から何一つ成長していないじゃない!!
とはいえ、公務と嫌がらせの波状攻撃は、私の体力をごりごり削り取っていたみたいで……。
あぁ、なんて情けない……。
◇
「ひどいお熱ねぇ……」
寝台で亜麻布にくるまって、私はゴホゴホと咳をした。うぅ、喉が痛いよぉ、寒気がするよぉ。
「ごめんねぇウヌウヌ」
「いやだアルシノエ、何を謝ってるのかしら?」
「そうだよ、さぁ、薬パンを食べて」
熱で気弱になった心に、二人の優しさが
一日中寝込んでいる私の足元に、アヌビスもずっとうずくまっている。
人間の友達のいない私にとって、いつでもそばにいてくれるこの三人の神様は、本当に心の支えなの。病気のときは、そういうことを強く感じちゃうわね。
困ったことに、夜が明けても熱は下がらなかった。
もう一日寝台でうんうん唸って牛乳に浸した薬パンも食べて、それでまた夜が明けても熱がひかない――。
どうしよう、三日も寝込んでるじゃない。このままじゃ公務が遅れちゃう……。
それにこの三日、一度もティズカール様のお顔を拝見していないのよ。このままじゃ心が干からびて、生きたままミイラになってしまうわ。
「大丈夫か、アルシノエ?」
ぐったりと眠りに落ちて目を覚ますと、めずらしく
あら、いつもの高笑いがないわね。極太の眉があんなに垂れ下がって――心配かけちゃってるわね。
そりゃあそうよね、先代の
「やだなぁ……ちょっと熱があるだけよ」
「そうだな、大丈夫だな」
そう言いながら彼は
「食欲が出てきたら、消化にいいものを作ろう。俺の火力の見せどころだ」
「ありがと。私、甘い麦粥がいい……ハチミツたくさん使ったやつ……」
熱でボーッとしながらホルスの
「アルシノエ、しっかりするでちゅ」
ホルスのわきから幼い少女が現れて、私の寝台にすがりつく。
「
「あたちは見た目は幼いでちゅけど、神様だから風邪はひきまちぇんよ」
あぁ、そりゃそうよね……ダメだわ、頭が働いてない。
「ほら、もう寝なよ」
アヌビスがぶっきらぼうに亜麻布をかけてくれた。
「うん……もう一回寝る……」
「よく休むでちゅよ」
「また来る」
空の深さに彼らが吸い込まれていくのを見守ると……どうしよう、とたんに心細くなるわ。
……本当にまた来てくれるかな。
小さい頃、私の周りにはたくさんお友だちがいたの。でも、今は誰もいない
そんな風にホルスたちも消えていかないよね……?
「ねぇ、ウヌト……」
「どうしたの? アルシノエったら、なんだか泣きそうよ?」
「私が眠るまで……手を握っていてほしいの……」
「あら……もちろんよ、寝ている間中、ずぅっと離さないわ」
ありがとうと言って、私はまた眠りの世界にもぐりこんだ。
◇
――ひどいよイアフ! なんで私のお友だちに意地悪するの!?
――アヌ、聞いて……今度はメリトちゃんが怪我したのよ……もう彼女も一緒に遊んでくれないわ。
――イアフがね、みんなにデタラメばっかり吹き込むの。私が裏でみんなの悪口言ってるって……ねぇ、どうしてみんなそれを信じちゃうのかなぁ……。
――うん、私もういいの。アヌたちがいればそれで幸せよ。それでね、立派な
◇
あ、夢……。
私は重たいまぶたでゆっくりと瞬きした。
小さな頃の夢を見たんだわ……。イヤだわ、もうどうでもいいことなのに、なんで夢に見たのかしら。熱の時って変なこと思い出しちゃうのね。
でも少し体が楽になった気がする。やっと熱が下がったのかなぁ。
あら? ウヌトったら、本当にずっと手を握っていてくれたんだわ。疲れたでしょうね、悪いことをお願いしちゃった……。
私の手を握る、彼女の手をじっと見つめる。
なんだかすごく安心するわね。誰かがそばにいてくれるって、本当に嬉しいことよね。
その手は大きくて、ゴツゴツしていて、いかにも頼りがいが……ん? ウヌトの手ってこんなに男らしかったかしら?
「陛下、お目覚めですか?」
……!?
心臓が跳ね上がった。こ、この声……そして、私の手を握っている、褐色のたくましい手……ま、まさか……?
おそるおそる声の主を見上げる。少し困ったような表情で、こちらをみつめている彼は――。
「てぃ……ティズカール様……?」
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