何でも屋葉月復活に向けて

「まさに案ずるより産むが易しよねえ」

 五月の下旬。一ヶ月前にせつりが予告した通りに晴真町の家に引越ししてきて数日後。せつりに挨拶したいと晴真町を訪れた由水可の母が言う。

「由水可に一人暮らしさせてみたものの、由水可一人だと少し心配だと思っていたら、しっかり者のせつりちゃんが引越して来てくれるとか、本当になんとかなるものよね」

「そう言っていただけるとありがたいのですが」と、せつりが申しわけなさそうに話す。

「私自身、向こうでやっていた仕事をやめてこちらに来たので、今は求職中という不安定な状態です。幸い、両親と交渉して、二万円を当面の間毎月振り込んでもらえることになったので、少しだけ安心ですが」

「あら、そういうことなら、この家の以前の持ち主が営んでいた何でも屋をやればいいのに。由水可もなんで言ってあげないの」

「だから、無理だって言ってるでしょうが」

「そうやって挑戦することから逃げていたら何にもできないじゃない」

 と、由水可と母がいつものように延々と言い争いを続けそうになっていたときに、せつりが間に入る。

「すみません。それって、1階に置いてあったあの案内板に関係ありますか」

「ええ。この子のおじいちゃんはあの看板を玄関に掲げて、何でも屋を営業していたのよ」

「第二の人生のお小遣い稼ぎといった感じで、たいして儲かってはいなかったとは思うけど、質素に暮らしていたとはいえお金に困っている様子はなかったし、自分の葬式代が賄えるよう保険に入っていたし。お陰で葬儀の費用がほぼかからなかった、とかは置いといて」

「正直なところ、せつりさんはどこでも仕事を見つけられると思う。でも、ここで暮らしてくれるなら、会社を起こして、電話が苦手な由水可が働けるように、電話に対応してくれると助かります。もちろん、せつりさんの本業である漫画制作に支障がない範囲での話だけど」

「こんなこと言ってますけど、全然聞かないで良いんですからね。せつりさん」

「いや、決めた。由水可。私、社長になる」

「なに言ってるんですか。せつりさんには漫画制作という重大なお仕事があるんですから、無理しないでください」

 由水可がこう話すと、せつりは苦笑いの表情を浮かべる。

「由水可だってわかっているでしょう。漫画家なんて言っているけど、出版社のネット媒体にたまに載せてもらっているくらいで、単行本を出すことなんて夢のまた夢だって」

「今はまだそうでも、もう少しやっていれば必ず成功しますから」

「そのときは由水可のことをお手伝いさんとして雇ってあげるけど、今はできることをしないとね」

 由水可は母の話に乗らないようせつりを説得しようと思っていた。しかし、せつりはこの家に固定電話があるかを由美香の母に聞いた。

「固定電話? ああ、会社専用の電話番号があると、会社の信用度が増すものね。残念だけど、今はもうないの。もし、固定電話がどうしても必要なら用意するけど」

「大丈夫です。固定電話の契約がないなら、携帯電話を固定電話化するアプリをいれるだけですから」

「えっ、今そんなことできるの」

「ええ、推理漫画のトリックを考えているときに散々調べたので知っています。早速やっておきますね」

「すごーい。頼もしいわ。ついに何でも屋葉月復活ね」

「それで思い出しましたけど、この看板にある一律二千円って、一時間二千円ってことですよね」

「お父さんの商売については全然聴いていないのだけど、多分そうなんでしょうね。この値段は、せつりさんが妥当だと思う値段に変えても良いと思うの」

「この会社は今のところ、何でも屋の主要な業務の一つである掃除のための特殊な機械などを用意していませんし、それを扱える人員もいませんから、今のところこの値段でやって行こうと思います」

 そのあともせつりさんと由水可の母の何でも屋葉月復活への議論は続いた。由水可は軽く疎外感を抱きながら、晴真町の図書館で借りた本を読んでいた。





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