第10話
「やっぱり高いなぁ……」
僕は値札に記された数字を見て唸る。
その日の稽古の帰り、僕は商人町の刀剣店を覗いていた。
これから真剣を使った稽古が始まるならば、自分専用の太刀というものを持っておこうと考えたからだ。
その都度、師匠の太刀を借りるのも心苦しいし、下手に扱ったせいで折れたりしたら
だいたいの都市部ならば必ず鍛冶町があり、それを販売する武器商人がいる。
それは〈大戦〉が終わった今でも変わらない。
世の中から争いがなくなり、治安が良くなるほど、それに比例して武器の取り締まりは強くなるものが、それでも武器の製造、販売そのものはなくならない。
国家間の戦いが一時的に終わり、泰平の世になったのだとしても、人間の生活から戦いがなくなることはないからだ。
人里を一歩離れれば、そこは人の手に余る生き物たちが跋扈する人外魔境。
そこを渡り歩くには文明の力……つまり、武器が必要になる。
まだまだ
それにしても……うん。やっぱり真剣は高い。
特に太刀は別格に高い。
僕の小遣い程度じゃ、話にならなかった。
中には金一枚以下の値段もあるが、そういった激安の品はおおむね訳ありだ。
名刀が欲しいなんていうのは高望みだが、どうせ持つならそこそこ実用的なものがいい。
しかし、師匠の古銭刀を見た後だと、どうにもパッとしないものばかりだ。
「いかがですかな、当店の品揃えは」
几帳面に並べられた太刀の前で小難しい顔をして立ち尽くしていたからだろう、中年の店主が声をかけてきた。
「はあ、まあ。予想以上に高かったので、ちょっとびっくりしています」
「それはそうでしょう。中古品ならばいざ知らず、新刀となればそうそうお安くはできませんからね」
「もっともです」
太刀というのは優れた武器ではあるが、その質の高さは膨大な手間と材料費によって実現している。なので、値引きできる数字には限界があるのだ。
ただし、それはきちんと刀匠に発注した場合で、中古品はその限りではない。
「……ところで、お客様はどういったご用向きで太刀をお求めで?」
訝しむような視線。
僕の身なりは町人のそれだ。とても傭兵や騎士などには見えないからだろう。
それに、町人は太刀など買わない。
護身用として刃物を買い求める人もいるだろうが、太刀だけは選ばない。
町人が携帯できる刃渡りを超えているというのもあるが、何より太刀の扱いには専門的な技術が必要なので、素人が太刀を使ったところで扱いきれないからだ。
僕が稽古で巻き藁を斬ることができたのは、長年の稽古でその技術を身に着けていたからに他ならない。
だからまあ、怪しまれてもしょうがないだろうな。
「僕は剣術道場で剣を学んでいる者です。真剣での稽古を始めるので、自分の太刀を持ちたいな、と」
「なるほど。真剣稽古までなさるとは、今時珍しいですな」
店主は感心したように頷いた。
まあ、妥当な反応だ。
護身術程度の娯楽剣術が蔓延するヴェラスにおいて、真に戦いのための稽古をする学び手は少ない。
「しかし、それであれば何も新刀でなくともよいでしょう。中古刀であれば、もっとお求めやすい価格でご提供できますよ」
「はは、そうなんですけどね。さっき古銭刀を見ちゃったせいか、どうしても良いものを求めたくなっちゃったというか」
その言葉に、店主は目をむいた。
「……古銭刀を見たのですか?」
「ええ。うちの道場主の愛刀が古銭刀なんですよ。少しだけ触らせてもらったんですが、なんていうかこう、物が違うというか。とにかくすごくて」
単純に素材が良いというだけでは説明できない、あの妖艶な輝き。
良い鉄と、良い腕の鍛冶師。その二つが揃わなければ業物は生まれない。
一目見て、そして触れて実感した。
師匠の太刀は、紛れもない名刀なのだと。
「どちらの道場に通われているのですか?」
「ハイデンローザ流ですけれど」
「……ほう」
店主はしばし黙考する。
その意味を、僕は深く考えなかった。
「なるほど。かの古銭刀に触れた後では、並の刀剣では満足できないでしょうな。ですが、ないものねだりをしても仕方がないかと」
「ですよね」
僕の言い分はただのわがままだ。
未熟者のくせに良い道具を使うなんて贅沢だし、何より古銭刀に匹敵する名刀があったところで買うことはできない。
「こちらなどいかがです。〈大戦〉時の数打ちですが、状態もさほど悪くないので、稽古にも十分耐えられると思いますが……」
そうして、店長の勧めで数打ちの中で状態の良いものを格安で譲ってもらった。
数打ち――戦時中、とにかく数を揃えるためだけに急造された粗悪品だが、それでも自分専用の太刀ができたというだけで僕の気分は上々だった。
男の子とは単純なものなのである。
持ち帰る時にうっかり腰に差したままで、警吏に詰問された時は本気で恥ずかしかった。
その数日後。
僕は自分の軽はずみな言動を死ぬほど後悔することになる。
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