第6話

 絶対切らないでくださいねと念を押して、僕は玄関へ向かう。


 玄関前には厳めしい大男が三人立っていた。

 三人揃って頭髪をすべて剃り落とした坊主頭。

 ずいぶんと使い込んだ道着。その上からでもはっきりとわかるいわおのような筋肉の盛り上がり。

 手には長細い包みが握られている。中身は木刀だろう。


 ……あれ?

 こいつら、どこかで見覚えが……。


「しかし、本当にこんなところに道場があったとは」

「我が道場と比べて、なんという矮小さか」

「これだけで我が道場のほうが格上だとわかるな」


 開口一番、失礼な奴らだ。

 正直、尋ねたくもなかったが、客人とあらば尋ねないわけにもいくまい。


「……あの、どちらさまでしょうか?」

「「「我々はルスト流剣術道場から参った!!!」」」


 うるせえ。

 思わず耳を塞いじゃったじゃないか。


「「「師範殿に取り次ぎ願いたい!!!」」」

「大声で言わなくてもわかりましたぁ!」


 ……ん?

 ルスト流剣術道場だって?


 思い出した。

 この間、街で僕が悪漢に扮した時、師匠の助け舟に入った連中じゃないか。

 そんな連中がうちに何の用だ?


 これは、もしかすると――



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 師匠に伺いを立てると、「道場のほうに通して」とのことだった。

 指示通り、僕は三人を道場へと案内する。


 大男たちはそれぞれ名乗りを上げたが、覚える気がさらさらなかった。

 なので、甲、乙、丙と勝手に名づける。


「見かけよりも、さらに小さいな」

「ただでさえ小さいのに、こうも仕切られていては窮屈で仕方ないわい」

「然り。だが、これでも無いよりはマシと言うものよ」


 道場の板張りに腰を下ろした甲、乙、丙はそれぞれに勝手なことを口走る。


 ……とはいえ、その言葉は否定しない。

 道場と言えば一般的にはただっ広い板張りの広間を想像するが、ハイデンローザ流道場はそれらと比べるとちょっと特殊な構造をしている。


 その特殊性を一言で言い表すなら『狭さ』だ。

 取り外し式の仕切り板で、道場の内側を四方三間の広さになるようにわざと区切っているである。

 なので、ただでさえ大柄な彼らには狭く感じるのだろう。


「お待たせしました」


 そうこうしていると、師匠が裏口からやって来た。

 ……よかった。ちゃんと髪が残っている。


「めんこい!」

「まさか師範殿がこれほど器量良しだとは!」

「なんと羨ましい!」


 師匠の姿を見て、甲、乙、丙がでかい声でわめきたてる。

 まあ、確かに道場主が女性だったら普通驚くよな。おまけに美人だし。

 

「では、話を伺いましょう」


 師匠は三人と向き合うように膝をついた。

 その後ろに僕も控える。


「我々はルスト流剣術道場より、師の命にて参った」


 三人を代表してなのか、甲が口を開く。


「それはそれは。して、どのような用件でしょう?」

「単刀直入に申し上げれば、この道場を我らに貸してくださらんか」

「はあ、うちの道場を……?」


 師匠は小首を傾げる。


「ルスト流剣術の名声は鰻登うなぎのぼり。門下生は後を絶たず、今使っている道場だけでは受け入れるのに足りませぬ」

「増築する話も出ているのですが、なにぶん時間がかかる。なので、それまでの間、こちらの道場を間借りできないかと」

「門下生もそこの一人だけだと聞く。道場も大勢に使われたほうが喜びましょう。もちろん、間借りさせていただく間は借り賃を支払いまする」


 ……なるほど。そうきたか。

 少し変則的だが、これは間違いなく道場破りだ。

 道場の共同利用から始め、いずれは実質的に乗っ取るつもりなのだろう。


 看板を奪おうと挑んでくるなら、断るなり、打ち負かして追い返すなりできる。

 でも、こういう搦め手を使ってこられると実力で排除することができない。

 口車に乗って不利な契約を結んでしまえば、剣術の実力云々うんぬんではなく、法と権利の戦いになってしまう。


 直接試合を申し込んでこないあたり、うちの師匠が他流試合を禁じているのを知っているのか。それとも、負ける危険を冒したくないのか。

 いずれにせよ、こんなやり方を選ぶくらいだ。ルスト流の師範というのは剣術家というよりは詐欺師に近いのだろう。


 とはいえ、古流を貫く師匠が、他流との合同稽古に同意するはずがない。

 たとえ一人でも、正当な門下生である僕がいる以上、道場を貸し出すなんて判断をするはずがないのである。


 残念だ。こいつらが直接試合を申し込んで来たのなら、ハイデンローザ流の良い噛ませ犬になってくれたものを――


「お貸しするのはやぶさかではありませんよ」


 うそん。


「おお、まことですか」

「話が早い」

「では、こちらの誓文書に拇印を……」


 いかん。

 この流れは不味い。


「師匠、ちょっとこっちに来てください!」

「……どうしたの、大きな声を出して」

「いいから!」


 僕は師匠を引っ張って道場から出た。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「一体どうしたの?」


 連れ出された師匠は怪訝けげん顔だ。


「いやいや、それはこっちの台詞ですよ。一体どういう了見ですか、道場を間借りさせるなんて」

「基礎なら、母屋の中庭で十分できるじゃない」

「そりゃそうかもしれませんが」


 でも、だからって他流の人間を出入りさせたら、ますますうちの門下生を集めにくくなるじゃないか。

 もちろん、借り賃をもらっている間は生活は楽になるだろう。炊き立てのご飯だって毎日食べられる。

 だが、その結果、ハイデンローザ流が廃業になったら元も子もない。


 僕は、師匠の弟子なんだ。

 ハイデンローザ流で、師匠に炊き立てご飯を食べられる生活を送らせてあげないと意味がないんだ。


「それに、そろそろ次の段階に移ろうと思って」

「……次の段階?」


 今度は僕が怪訝顔をする番だった。


「もともと古流武術は道場なんて持たないのよ。技術の漏洩を防ぐために、隔離した建物の中でやるようになったというだけで。

 だって、戦いはどこで起こるかわからない。森の中かもしれないし、水の中かもしれない。どこでも戦える技術を身につけなきゃいけないのに、部屋の中だけで訓練するなんておかしいでしょ。これから先は、室内である必要がないの」

「ということは……」

「うん。あなたに基礎終了の段位をあげてもいいかなって」

「よっしゃー!」


 僕は思わず拳を突き上げた。

 ついにあの鬼のような基礎から解放されるのか!

 苦節六年、長かったなぁ……父さん、母さん、今夜はご馳走にしてくれ。


 ――って、喜んでいる場合じゃない!


「それはそれで嬉しいんですけど、だからって他の流派に道場を貸していいわけないでしょう!?」

「向こうさんだって困っているのよ?

 それに、これからは野外での稽古が主になると思うし、あの人たちが言うように、誰かが使ってくれたほうが道場も喜ぶと思うわ。それに増築するまでって期限もあることだし」


 絶句する。

 師匠が善人なのは知っているけど、ちょっとぽやぽやし過ぎではあるまいか。

 そう言えば、『悪漢のふりして名声を高めよう作戦』の時も、お財布を渡そうとしたり、一肌脱ぐ(文字通り)のもやぶさかじゃないって感じだったし。

 これが天然というやつなのか。


 ……ああ、いや待て。今更か。

 天然だから、あんなに隙だらけなわけで。


 でも、だからこそ僕がしっかりしないと。


「間借りなんてやつらの方便ですよ。言葉通り、増築するとは限らないじゃないですか。増築するまで貸すとか言って、ずっと増築しなかったら貸し続けなきゃならないんですよ。そのまま乗っ取る気ですって」

「そうかしら」

「絶対そうです。向こうは誓文書まで用意しているんですよ。何かあったら法廷に持ち込む気満々じゃないですか」

「……むー」


 師匠は不満そうだが、僕は語気を強めて言った。


「断るんですよ、いいですね!?」


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