血の番〈つがい〉

そこは小、中、高等部までの校舎と隣に併設された大学部まで一貫のマンモス学園であった。すべての学生、教師が男性の男子学園となっている。

 それもそのはず、この世界では今ある性別は男だけ。

 ではどうやって子を成すのか?それは男同士が番うことで夫夫ふうふとなり受け入れることにより着床、胎児が発芽するためには愛を注ぎ続けなければならない。何故なら両親の魔力を一番多く含むのが体液だからである。ちなみに番として結ばれると子を育てる機関が備わり排泄機関とは別になるので日常生活に問題はない。恋愛関係となり受け入れる側となった男性に魔力をもって出来上がるのである。生まれつき因子は誰もが持つが普段は現代の地球における男性と何ら変わりはないのである。

 しかし決定的に違うことはこの世界では人の子は皆が大なり小なり魔力を持つことである。他にもいろいろ違いはあるがここでは置いておこう。

 そう、ここは太陽系第三惑星地球に存在する日本ではない。みんな大好き異世界である。


 これはそんな男性オンリーの異世界で起こる恋愛物語である。





⭐⭐⭐






「…ふぅ」

保健養護教諭ルス・テソロ・中村は本日の業務を終え、凝り固まった肩を拳で叩いて解す。

今日も良く働いたなー。昔はサボり常習犯でよく担任に説教されてた。いわゆる不良だった俺が教員になるとか思ってもみないだろう。

けれどあの頃、家にも学校にも居場所のなかった自分に担任の教師だけが根気よく付き合ってくれたのだ。

卒業する頃にはすっかり更正できたのも先生のお陰だ。そんな先生という職業に憧れを持つなと言う方がおかしいだろ?


患者となった生徒の資料や今後の予防接種などの計画書を整理していると保健室のドアがノックされる。具合が悪い様子がうかがえる控えめなノックではない。蹴ってでもいるのかドアの下部をガンガン鳴らすノックである。

「せ、ん、せー、あー、けー、て」

「………」

こめかみにビシッと青筋をたてつつ、ドアを開けると一人の生徒が入ってくる。ポケットに手を突っ込んだままで、やはり足でノックをしていたらしい。

「おっ邪魔ー」

「何しに来たの。体調は悪くなさそうだけど?」

俺より背の高い彼は三年生のヴァンピール、ラトロ・コンキスタ。生徒資料によるとこの辺を仕切ってる不良グループのトップをやってるらしい。

制服で着やせするタイプで中はしっかり鍛えられ腹はシックスパック以上。赤金の目は鋭いが目の前で笑うこいつは猫みたいに細められた目で一見柔和に見える。髪は長めのウルフカットでアッシュブロンド。家族の中で一人だけ毛色が違うらしい。ヴァンパイアの家系ではよくあることなんだがこいつの家は新しい系統らしくそれで弾かれたらしい。俺からみれば下らない理由ではあるが…入学したての頃曲がりに曲がったひねくれたガキだったこいつに憐憫を覚え構ってやったのが、思えば始まりだった。


「ねえせんせ、今日も、イイでしょ?」

言いながら鍵を閉めたラトロが腰に腕を回してささやく。

「…そろそろ卒業しな」

顔を横に向けて諭す。いい大人としてはもうこいつの、生徒の手を離してやらなくちゃいけない。それでも真っ直ぐに見られなくて。

「嫌だ」

なのにこいつは無視して耳朶を舐める。

「っ、こら!お前はこれから先俺みたいなのよりいい相手が現れるんだから、ッ止めなさい!」

ゾクゾクと痺れる感覚に持っていかれないよう強めに叱ればラトロは一段高い位置にあった額を俺のこめかみに押し付けて呻いた。

「ずるいよ、先生…」

「そうだよ、俺はずるい大人なんだ。お前はもっと若い、可愛い子を」

「…先生より可愛い子なんていないのに」

「ばっか、まだ出会ってないだけだよそんなの。さあ、帰りなさい」

ぽんぽんと後頭部を叩き、ドアの鍵を開けて押し出した。



**********



がちゃ、と鍵を閉められたドアの向こうに、押し殺した泣き声が聞こえる。

「……ッ」

ラトロは無力感に拳を震わせ、踵を返した。

ルス先生は美しい人だ。俺の顎辺りに頭頂部が来るくらいの身長で細身の儚げな美人。口調も優しげで色っぽい泣きぼくろがある。だが中身は男らしい気っ風の良さがあり面倒見がよい保険医だ。俺はそんな人に助けられて今がある。


学園を出て西へ。ヴァンピールの脚力があればものの数分でつくところに実家の屋敷が建っている。父はヴァンパイアで、四人の兄もヴァンパイア。母はそれぞれヴァンパイアだが、俺の実母は戯れに手をつけられた人間の使用人だった。それ故、俺は半端者のヴァンピールとして魔力は薄く、腕力しかない者として家族のくくりから弾かれている。


小さな頃はそれなりに家族の情を求めたけれど、学園の中等部に上がる頃には大分擦りきれていて。偶然かちあった不良の喧嘩で敵味方なく暴れた結果、この辺の仕切りを任されることになった。皮肉なことに曲がりなりにもヴァンピールであればこそ腕力は強かったのだ。

それ以来家にいるよりも溜まり場にいる方が楽で入り浸っていたが、高等部に入る頃には足を洗うやつもいてつまらなく感じていた。そんなときだ、ルス先生に出会ったのは。


久しぶりのでかい喧嘩であらかた相手は殴り倒したがこちらも少々の痛手を負っていた。溜まり場近くではなく学園の寮に近い場所だったため手当てを部下にやらせようと移動していた。けれど保健室の窓を横切り寮へ向かおうとしたとき、急に足から根が生えたように動けなくなった。鼻腔をくすぐる甘やかな香り。滅多にない吸血衝動だった。ヴァンパイアのそれより劣るものの強烈な衝動に俺はそのまま窓の下でうずくまる。

「ちょっと、どうしたの君、大丈夫かい!?」

保健室の窓を飛び越えて俺の目の前に現れた人は白衣の汚れも気にせず地べたに足をついて俺を覗き込んだ。

「うわ、怪我だらけじゃないか!喧嘩でもしたの…あ、君がコンキスタ家の」

問題児として通達がされていたんだろう。顔を確認した白衣の男は俺をみて頷いた。俺はまた憐れみか嫌悪かで遠巻きにするのだろうと思ったが、そいつは…先生は俺を引きずって保健室に窓から蹴り込んだのだ。

「ほいっと」

「いてえ!」

「元気じゃん。ほれそこ座る!」

「………」

勢いに負けてデスク前のベッドに座ると慣れた手つきで棚から救急セットを出して準備している。

「はい、じゃあ消毒ー」

「…っ」

ぞんざいに消毒され染みはしたがお陰できれいに手当てが済まされた。

「よしよし、よく我慢したな」

「なっ」

頭を撫で幼子を誉めるように声をかけられて赤面したが、同時に求め続けて諦めた温もりに鼻がつんとした。慌てて堪えているとお構いなしに髪をかきまぜられる。

「俺の家族もヴァンパイアだったよ」

「………」

唐突に始まった自分語りに目をすがめる。ヴァンパイアの家は多くもないが珍しくもなかった。

「そんで俺もヴァンパイアじゃなかった。当然グレた」

「…説教かよ」

「んー、そうだよな。わかるよ、なんて言わないし、不良なんて止めろとも言わない」

「じゃあ何だってんだ…」

「まあしばらく付き合ってやるっての。怪我したときはここに来な。何もなくてもつまんねえなら保健室に来いよ」

「……」

気づいたら吸血衝動はおさまってた。


それからは喧嘩をするより保健室を覗く回数が増えた。



**********



申し送りで注意するように言われていた不良グループのトップを張ってる生徒を拾ってから、しばらく。ぽつぽつと、見かけることが増えていき、少しずつたわいない言葉を交わすようになった。


ラトロは家族に家族と認められずラトロ自身も家族を捨てたような状態だったが俺の場合は微妙に違って、種族特性のせいで共有されそうになって逃げてきた。俺はヴァンパイアより魔力で劣りヴァンピールより腕力で劣る。だから逃げるしかなかった。あのままそこにいたら依存して堕ちてゆくばかりだったから。


ラトロと俺は似ているようで違うけれどひとつだけ同じなのは、寂しさだった。俺たちはどちらも家族に受け入れられなかった孤独を抱えてる。だから俺は昔担任がそうしてくれたように説教はできないが、寄り添う事ができる養護教諭になったんだ。

そう、はじめは保険医として生徒に寄り添うつもりで声をかけたんだ。けど俺たちは近すぎた。

お互いの孤独に触れ合う内にいつからか恋愛感情を持つようになっていた。


ある日の放課後、いつものように立ち寄ったラトロが急に口許に手を当てる。

「どうした、ラトロ?体調悪いのか」

背中に手を添えようとして立ち上がった俺をラトロがベッドの上、押し倒していた。何があったと認識する前の早業だった。悪ふざけかと胸を叩くがびくともせず、焦る俺にラトロは赤金の目をギラつかせて。

「…欲しい」

「え、何…ぅっ」

ぶつ、と耳元で音がした。

首筋にラトロが牙をたてて血を吸っていたのだ。気づいた瞬間恍惚にも似た高揚感に胸がふわりとした。そして次にはああ、吸血衝動か、珍しいなとどこか冷静に思った。ヴァンピールの吸血衝動はあまり頻繁にあるものではない。けれどヴァンパイア系種族には必ず付き物の生理的な本能の行動のひとつだ。そして特に強い吸血衝動は求愛を伴う場合が多い。


満足するくらい吸血できた後で正気に返ったラトロは血を吸った後なのに青ざめて俺に謝ってきた。

「悪い、先生、俺…」

「大丈夫、わかってる、生理的な衝動だもんな」

「……せんせ、また、吸血してもイイ?」

「貧血起こす前にやめてくれよー」


お互いの気持ちに何となく気づきながら、言葉にせず誤魔化してきた。なあなあの関係で三年間経った。だが、もう潮時だった。

「貴方がインキュバスの保険医か」

「…はい」

「あれでも一応うちの一族なものでね。妙な評判が独り歩きされては困るんですよ」

「………」

「ラトロとは手を切っていただけますね?」

親からの苦情にノーと言えるはずもない。俺たちの関係は、保険医と生徒の一人でしかないのだ。




**********




ばん、と音高く屋敷の玄関を蹴り開ける。

「何をなさいます!?」

「うるせ、退いてろ」

慌てる人狼の使用人を突き飛ばし廊下をどかどか歩き、リビングに入った。ちょうど父と兄の一人がいるところだ。二人とも漆黒の髪に赤い目の典型的ヴァンパイア。

「何だ、騒々しい」

「ラトロ、控えろ。父上の前で騒ぐな」

「…アンタ、先生に何をした」

「ラトロ!」

「よい、下がれ」

「…は」

でしゃばって怒鳴る兄を腕の一振りで黙らせる。父は笑えるほどこの家の支配者然としている。


「答えろよ」

「なにもしてはおらぬ」

「…なら何を言った」

「ふん、下賎なインキュバスに控えよと申し付けたまで。お前こそ末端とはいえ私の血を継ぐのだ、下手な真似はするな」

「…!アンタの血縁なんてヘドが出るぜ。まさかいまだに一族のものだと思ってるとはな」

ぎり、と拳を握りしめると爪が食い込んで血を滴らせた。産まれたときから俺の事など無視して来たくせに、こんなときばかり干渉しやがる。

「いい加減うんざりだ」

「ここまで金をかけて育ててやったんだ。感謝しろ」

「…は、アンタが育てたとか、笑わせる」


確かに金は最低限出しただろう。だが、子供を育てるのは金だけじゃない。力加減のわからないヴァンピールの子供を一人で抱えるようにして、苦労しただろうに俺に笑顔と愛情を向けてくれたのは中等部に上がる頃亡くなった母だ。

そして今は、ルス先生だけが。

「ちょうど良いや、俺は卒業と同時にこの家とは縁を切る」

「なんだと…!正気かお前」

兄は信じられないとばかりに目を見開いている。新しいとはいえ伝統ある名家と続くこの家の力は魅力があるのだろう。だが俺にはただの重い枷だ。

「コンキスタ家の名を捨てるか。後悔するぞ」

鋭い目を細める父にはじめてはっきり笑って言う。

「清々する!じゃあな」





**********




あれから、数ヵ月。ラトロは真面目に授業に出ていたようだが、保健室には顔を出さなかった。今日は卒業式、ただの養護教諭だが俺も後ろの方から静かに成長した生徒たちを感慨深く見守っていた。

「卒業生代表、三年F組…ラトロ」

いつの間に代表なんて勤めるほど………。りりしく引き締まった横顔を遠目に眺める。これでもう、二度と会うこともないんだろう。式の終わりを待たずに俺はホールを去り、保健室に戻ることにした。本来なら体調崩す者が出たら面倒を見るために控えているべきなのだが、耐えられなかった。


保健室に戻るとデスクにはいかず、窓際のベッドにうつ伏せになる。保険医らしからぬ行動だが今だけは見逃して欲しい。

幼い頃から容姿に優れ、それでいてか弱いインキュバスに生まれついた俺は親族どころか家族にも性的な目でみられ、すべてが信じられなかった。

そんな俺が何とか真っ当に生きられたのは当時の担任のお陰であり、学園で数少ない友人にも恵まれたがゆえだった。どうにか人間らしいというか生き物として生活ができたのは彼らがいたからだ。

だが、恋愛感情なんてものは必要ないものと思ってきた。それを、あいつ…ラトロは。


「おおーい、保健の先生がそんなんしてていーのかよ」

「うるせー」

窓の外から突っ込んだ手にぺしぺしと後頭部を叩かれて少しだけ目をあげる。赤髪の長髪を後ろでくくった男。大学部で助教授をやっている親友だ。これで昔不良をやっていたのだから、やはり信じられないと思う。

「ばっかだなーお前、そんな落ち込むなら手放さなきゃいーのによ」

「うるせーばーか、しょうがねえだろ。前途有望な若者を俺みてぇなおっさんが捕まえてちゃいけねーんだよ」

「ほんとバカだねお前は…」

枕に顔を押し付けたままもごもご言うと親友はぐしゃぐしゃに頭をかき混ぜてぼやいた。

「………やっぱさらっときゃ良かったかな」


「あぁ?」

「………ふっ、そーなあ。お前がそのまんまなら俺様が美味しく頂いちまおうかと、な」

そんな気更々無いのを知っているのになんでそんなことを言うのかと見上げると顎に手をかけて顔を寄せる。こいつの悪ふざけはしょっちゅうだから動じず黙っていると。後ろから強引に抱き寄せられた。

「ぐえ、ちょっ」

「先生に手を出すな」

「…くく、ハイハイ。おいルス、そいつ執念深えから諦めろよー。…じゃあな、コウハイ君」

「うるせ、出てくんな先代がよ」

「あーあ、幸せにしてやってくれよ!俺様の親友をよ!」


親友はラトロのいた不良グループの先代トップだった。面識があったのか。

ちょっと不格好に背中から抱き締められたままでボーッとそんなことを考えていたら、そのまままたベッドに押し倒された。

「ちょ…おいこら待て」

「嫌だ」

「ダメだろ!もう…お前とは道が別れたんだ」

「別れてない」

「いや、卒業しただろ」

「別れたのは家と学校だけだ」

「………は?」


頭が混乱する。何って?家と別れた?どういう。はてなを浮かべているのがわかったラトロが押し倒したまま俺と目を合わせて。

「縁切ってきた」

「な…っ?!」

「寮に入ってバイトしながら授業受けてた。頭の出来は良かったらしくてよ、やり始めたらすいすい進むんで笑っちまった」

楽しげに言うラトロは本当にもう吹っ切れたようで、就職も決まってると笑う。良かった。安堵すると共にもう手を貸すとこなんて全然ないなと。


「だから、先生…いや、ルス」

「…っ」

初めて先生ではなく名前を、呼ばれた。俺たちは保険医と生徒だった。

「対等に一人前の男として言うから、聞いて欲しい」

じゃあ、今は…?卒業を迎え、一人の男に成ったラトロと、俺は。

「俺と、番になって欲しい。家の力は捨てた、ただのラトロだけど。俺は…ルスが欲しい」

自分の力で立つ男と、先生じゃなく向き合ったら。

「………俺で、本当に良いのか?弱くて、先生じゃなかったらただのおっさんだぞ?」

「そのおっさんに救われたし、ルスが誰より可愛いと思ってんだよ。で、じゃなく、ルスが、いいんだ」

「…………!」

他のすべて取っ払ったら、もう、好き、しかなかった。




本当は、気づいていた。

血の味が、香りが、甘く誘うから。本能で求めあっていた。

初めて逢ったときから、ずっと。


唇を擦り合わせるように優しくキスをしてお互いの肌を撫でた。

しっとりと触れ合うのが気持ちよくて幸せで、たまらなかった。

「好き、ラトロ…」

「…っせんせ…!」

「ふふっ、戻ってる」

「あ」

「イイよ、慣れるまで…何度でも」

いっぱい、シような。


キスを繰り返し、肌を合わせて、血を啜って。

何度でも。吸血鬼の求愛を。




♂♂♂♂♂




「…………せんせは、スゴいよ…」

「へ?」

ぐったりしたラトロにルスは首をかしげる。


インキュバスはヴァンピールよりヴァンパイアより、精力が強いのでした。

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【BL】幻想学園恋愛物語(短編) 翔馬 @nyumnyum

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