第3話 闘技場の魔法使い
悪魔の力。大半はそう呼ばれる。理解に及ばない未知の能力、それらに畏怖と侮蔑を込めて呼ぶ。
魔法。ある程度の知識を持つ者はそう呼ぶ。人間でありながら魔族が持ちうる力、それを習得した恐るべき才覚ある者だと認識し、警戒する。
多少の見解の違いはあれど、この世界では肉体で立証できないような不可思議な事象を全て「魔法」で片づけており、その未知の現象を前に大半の者は考える事を止め、ただ受け入れる事を決めていた。
死んだ人間が蘇る。神々が残したとされる伝説の霊薬の噂はあるが、それが実在すると信じる者は少ない。損傷した肉体を復元させる魔法はあるらしいが、それを実際に見た人間は少ない。そしてその魔法が、果たして死者を蘇らせるに至るか実証できる者がいるか定かではない。
だからこそ、この闘技場の選手は魔法を信じ、警戒する。現に自分たちが何度も命を落とし、何度も蘇生させられているのだから。
(魔法か。今まで見てきたのも厄介だったが、ここのは格別だな)
男は盾を構えつつ、目の前の法衣をまとった男を睨みつけた。そう広くない場内で、一対一を強制されるこの空間では肉弾戦が有利とされる。ただし相手が魔法使いなら話は別だ。何もない場所から火の玉を飛ばし、羽もないのに空も飛ぶような連中だ、何をしでかすかわからない。かつて参加した小国の戦争では雨雲を呼び寄せ敵陣に落雷を落としていた。
それでも、付け入る隙はあるはずだ。魔法を使うための怪しげな呪文、手に持った杖を用いた特殊な動作。どんな魔法でも悪魔の力を使う以上、ただの人間なら微動だにはしないはず。ならばその膠着の間に剣が届く間合いまで詰め寄るまで。男は抜き足差し足で魔法使いに近づいていく。その時だった。
「まさか、トリスタン選手が突撃!?」
あまりの行動に実況も戸惑った。魔法使いが前方に向かって走り出す。何かするにしても遠距離に違いない、その予想を裏切る行動に男は思わず退いた。次の瞬間、視界が光に包まれる。男はたまらず両目を閉じた。
すると、甲冑の継ぎ目を狙うように鋭い感触が肉体を貫く。致命傷ではないが武器を手放すには十分な傷だ。男は悟った。これは死なない分、治療で苦しむ敗れ方だと。
「き、決まった! 勝ったのはトリスタン選手!」
魔法使いにしか見えない風貌から繰り出されたのは、誰の目にも止まらぬ盗賊の早業。法衣から転がり落ちるように放たれた火薬の光と、仕込み杖での必要最小限の斬り付け。その正体に気付かぬ大半の者は、改めて「魔法」の猛威を思い知らされるのであった。
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