第2話 笑う処刑人

「強い! 強すぎる! 【処刑人】ダロスが今日も首を切り落とした!」


 この闘技場を運営する魔術師の一人に「観客に聞こえるほどの大音量で実況する」役目の者がいる。どんな雑音でも響き渡る滑舌の良い声、本来ならば混戦状態にある戦場において味方を指揮するための魔法だが、この場においては熱戦に歓喜する観客の心を揺さぶるべく使われていた。


 しかし、死闘を終えた選手にとっては耳障りな報告でしかない。自身が承知の上とはいえ殺し合いが見世物にされる感覚は、よほどの奇人でもない限りは不快であり、勝ったはずのダロスは口元を歪めて歓喜の嵐から逃げるように去った。


 ダロスこと、女戦士シャロンは控室に戻るなり兜を脱ぎ捨てる。格下相手とはいえ、それなりの戦闘技術と殺意を持った相手との対峙は神経をすり減らす。今日は殺されなかったが、次に戦った時、首を切り落とされているのは自分かもしれない。そう思うと試合中では全く出なかった汗が今になって噴き出してくる。


 彼女はふと自分の右腕を見た。戦いに生き残る為に鍛え上げた太い腕。この腕のおかげであの両手斧を片手で振り下ろせる。さらに男にも負けない長身の体、この体格が振り下ろす斧を支えてくれる。これこそが彼女を【処刑人】たらしめる至宝の肉体であり、彼女をこの闘技場に踏みとどまらせる理由の一つだった。


「おめでとうダロス。いや、今はシャロンか」


 もう一つの理由、控室に待っていた男が乾いた拍手を送る。男を見るなり、彼女は先ほど受け取ったばかりの試合の賞金から数枚金貨を抜いて渡した。


「悪いな。今日も黙っててやるよ。【虎のシャロン】さんよ」


 その名を聞いたシャロンは一瞬にして目の色を変えて男を睨みつける。その殺気に男は思わず身震いをした。


「俺を殺すか? ここじゃ試合以外の殺しは禁じられてるんだろ?」

「試合以外での殺しが禁じられてるんじゃない。あの場所以外での致命傷だと蘇生できないから、互いに手を出さないのよ」


 シャロンは片手で男の首を掴むと、まるで杯を手にするかのごとく軽々と持ち上げる。男は喉を圧迫され声にならない声を上げた。


「逆に言えば、私たち選手はあの場所にさえ立っていれば、死の淵底から簡単に逃れられる。だからあなたが屋敷に戻って、仲間に私の居場所を知らせても構わない。私はあの場所に駆け込んで全員を返り討ちにするだけよ。もっとも……」


 シャロンが手を離すと男は尻餅を突いた。


「そんな面倒事は嫌いだから、金貨数枚で手を打ってあげてるの」


 そんな彼女の微笑みを見て、男は一目散に逃げだした。

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