闘技場の死なない面々
ジストリアス
第1話 8度目の死亡
息苦しい。汗が止まらない。こんなはずじゃなかった、男は思った。
そんな雑念を抱く間にも目の前の戦士は手を止める事はない。鈍重そうな無骨な斧を軽々しく振り下ろし、それを辛くも避けるも次の一撃が迫る。
受け止めるか? もし男が防御に成功し、即座に反撃に移れるのならそれも良いだろう。しかし頼みの綱でもある盾を握る手は軽い痙攣を起こしている。何かの衝撃で盾を落としてもおかしくない。
男はかろうじて後方へ飛びのいた。間合いを空ける事に成功したは良いが、このまま逃げ回る体力も残っていない。すぐに間合いを詰められ、先ほどと同じく悪夢のような斧の連撃が来るであろう。敗北を延長する為の悪あがきに過ぎない。
「化け物め…」
不意に洩らしたのは侮蔑の言葉だった。戦士には聞こえているのかいないのか、顔面を覆った兜の向こうの表情は読めない。もっとも、躊躇なく斧を振り回すようなやつだ。そいつが男であれ女であれ、今更慈悲を乞うても手加減するような相手ではないだろう。
殺される。男にその覚悟はあった。そのつもりでこの闘技場に立った。それでもいざ死を目前にすると、どうしようもない恐怖が全身を襲う。全身汗だくになるほど動き回り、筋肉が悲鳴を上げるほど体を酷使して、最後に待っていたのは吹雪の中に投げ込まれたかのような悪寒だけだった。そしてその寒さに屈し、思考も体も停止した瞬間、首元にひんやりとした感触が伝わった。
こんなはずじゃなかった。自分だっていち傭兵として各国をまわり、人間や魔物と剣を交えて生きながらえてきた。自慢の剣術も体力も、この闘技場でなら通用すると信じていた。胴体から離れた首が最後にとらえたのは、長年愛用してきた盾と長剣、そしてとうに自分に興味をなくし、足早に帰ろうとする相手の姿……。
男の意識はそこで途絶え、再び目を覚ました時は闘技場の医務室だった。
「よう新入り、これで8連敗だな。いい加減死ぬのも慣れただろう?」
男を蘇生させた魔術師の男がにやにやと笑いながらこちらを見る。肉体は完全に復元されても、未だに体の震えが止まらない。
8回目であろうが死ぬなんて慣れるものではない。あの身も凍るような恐怖は8回味わったところで慣れるものではない。男は寒くもないのに両腕で自分を抱きしめる。
「死にたくなければ勝つか、それともここから出ていくんだな」
男は魔術師に何も言い返せないまま、無言で医務室を後にした。
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