第8話 リュミエリアの乙女

「うう……うえっ……うぅ……」

「おい、泣くなよ」


仕方なく、ズボンの尻ポケットからハンカチを取り出し、フィオの鼻にあてがってやる。


「ほれ、鼻かめ」

「ん……」


ついでに涙を拭ってやる。


「……」


なんだって俺は、こんなことまでしてやってるんだ?

しかも、相手は全裸の女の子だ。

どうにも、わけの分からない状況で、


「殺すなら殺せぇ……」


と、フィオは涙声で言う。


「殺さないって」

「じゃあ……お、犯すのか?」

「犯さない」

「な――」


涙目で俺をにらみつけ、


「何なのだ、お前は――!?」

「そんな文句があるみたいに言われても」

「誇り高きリュミエリアの乙女騎士は――」


どのあたりが誇り高いのか、ずびびっと音を立てて鼻をすすって、


「――男に肌を見られたら、殺すか嫁ぐか、二つに一つしかないのだぞ?」

「知らんよ、そんなこと」

「それが出来なければ、自決するより道はない」

「なにも、そこまでするこたないだろう」

「こうなる前に、せめて一太刀、浴びせたかった……」


フィオはギュッと目を閉じると、躰を隠すのさえやめて手足を放り出し、大の字になる。


「無念……!」

「いや、無念じゃないし。躰濡れてるし、素っ裸でそんなふうにしてたら、風邪引いちまうだろうが」

「……本当にやらないのか?」


ちょっと、からかってみたくなって、


「やるって、どういう意味で?」

「……」


フィオは耳たぶまでみるみる赤くなり、


「ドラゴニアめ、恥を知れ!」

「だから、俺は違うって」

「だったら何者だ? どこから、この聖なる森に入り込んだ?」

「これにはちょっと、深いわけがあってだな――」


異世界から飛ばされてきたと言って、信じてくれるものだろうか。


「まあ何だ、説明するから、とりあえず服を着ろ」

「服……?」

「このままこうして、男の目に股の間までさらしてるつもりか?」

「……」


フィオは慌てて脚を閉じ、怒りの表情のまま、あたふたと目を泳がせる。

そんなことをしてもどうにもならないと知ると、キッと俺をにらみつけ、


「絶対に許さん……!」

「そうかい」


と、適当に受け流して、


「いいか、今から背中を向けている――」

「早くしろ」

「偉そうだな」

「早く!」

「まあいい、俺に裸を見られたことなんて忘れて、背中を向けている間に服を着てくれ。ただし、約束しろ」

「……約束?」

「後ろから斬りかかってくるのはやめろ」

「……」

「言っておくが、女だろうが男だろうが、俺は約束を破るやつは嫌いだ」


元の世界にいる間、どれだけ約束を破られてきたことか。


(ぼくと真人は友達だよ!)

(私もそう、お友達!)

(だから約束する、何があっても、私たちは味方だから!)

(左手とか力とか、そんなの全然関係ないって!)


「……」


言葉とは裏腹の真意を見破ろうと、相手の目を必要以上に見つめてしまうのは、俺の悪い癖なのかもしれない。

それでも、フィオは視線をそらすことなく、


「わかった、約束する……」


と、答えた。

だから、俺は信じたのだ。

心のどこかで、まだ人を信じたいと思っていたのかもしれない。

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