第9話 流星の導き手

「うっ……くっ……!」


背後から、フィオの妙な声が聞こえる。


「どうした、エロい声出して」

「うるさい! 服の紐が……留まらんのだ……!」

「手伝おうか?」

「こここ、こっちを向くな!」

「はいはい」


女性の身支度というのには、ちょっとばかり時間がかかるものらしい。

しかたなく、いったん聖堂の中に戻ってフィオが来るのを待った。

古いテーブルにつき、時代がかった艶のある表面を何となくなでる。


(妙なことになったな……)


違う世界に飛ばされてきた挙げ句、女の子とこんな騒ぎを起こしてしまうなんて。

まあ、彼女の言葉から、今いる場所の名前を知ることが出来たのは良かったが。


「リュミエリア……」


おそらく、この国の名前だろう。

今いるのは、そのリュミエリアの聖地なのだ。


「お前は何気なく使っているが――」


いつの間にか木の扉が開き、服を着たフィオが入ってきている。


「――そのテーブルは、我が国の国宝なのだぞ」

「国宝?」


流石に驚いて、手を離して立ち上がる。


「流星の四乙女が魔導師グラビニウスに最後の戦いを挑む直前、打ち合わせに使ったものなのだ。四乙女の導き手・エクリシアは、まさにこのテーブルの上に乙女たちに手を重ねさせ、星の力をもって誓いを不滅のものとした……」


俺は絵物語に顔を向けて、


「ここに描かれてる、救世主たちの物語か」

「物語ではない。四乙女とエクリシアたちの活躍は、歴史的な事実なのだ」


フィオの瞳に物思わしげな影が差し、


「そして、歴史は繰り返すかもしれない……」

「そうなのか?」

「ドラゴニアは今も、私たちの最大の脅威として存在し続けているからな」

「……なあ」

「何だ?」

「竜と戦うのは、あんたみたいな女の子ばかりなのか?」


男と比較するとどうしても非力な少女が、わざわざ先頭に戦うことはない――

そんな考えが頭をよぎったのは否定しない。

フィオの剣技が、飛び抜けて優れているにしてもだ。

それでも、フィオは気分を害した様子もなく、


「当たり前だ」


と、答えた。


「ドラゴニアの悪しき竜に対抗し得る最大の武器は、清らかなる乙女の振るう剣だからな」

「清らかなる乙女、ね」


ついつい、イジワルを口にしてしまう。


「じゃあ、嫁げば力がなくなってしまうわけだ」

「はあ?」

「俺にその気がなくて良かったな」

「な、ないのか!?」

「ないよ」

「ううぅ~……」


不満なのか悔しさなのか、とにかく納得いかないフィオに右手を差し出して、


「結城真人だ」


フィオはその手を握り返し、


「リュミエリア王国近衛騎士団騎士、フィオナ・アーデルハイム」

「フィオナさんか」

「フィオでいい」

「じゃあ、俺はマサトで」


微笑みをかわす。

こいつとは、意外と気が合うのかもしれない。


「で、マサトはいったいどこから来たんだ?」


正直に答えると、フィオは笑い出す。


「まるでエクリシアのようじゃないか」


(流星の四乙女の導き手・エクリシア――)

月下の誓いの絵の中にいた、俺にそっくりな男。


「エクリシアもまた、異なる世界から来たと言われているのだ。不死の人である彼は、リュミエリアが国難に陥った時に再び現れ、選ばれし乙女たちに闇を打ち砕く流星の力を授けるという」

「……」

「もしも、伝説が本当なら――」


また、物思わしげな表情。

この国には、現実問題として、ドラゴニアによる危機が迫っているのだろう。

その危機っていうのは――?

訊ねたいのは、それだけではない。

絵の中のエクリシアと俺が、あまりにも似ているのはなぜか。

飛ばされてくるまでは、この世界のことなどかけらも知らなかった俺が、どうして魔導師の手にした黒い本のタイトルに聞き覚えがあるのか。


「なあ――」

「なんだ?」

「魔導師グラビニウスってのも、もしかして――」


その瞬間、


――ドーーーン!!!


轟音と共に、凄まじい揺れが辺りを襲った。

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