第6話 裸の乙女
水の流れ落ちる音は、どこか壁の向こうから聞こえてくるようだった。
耳を澄ましてみるものの、方向がよく分からない。
(どうしたもんか……)
と、脱ぎ捨てられたブーツに目をやる。
サイズも小さめで、女物のようだ。
「!」
答えは床にあった。
壁の一箇所から、石畳の上に斜めに光の筋が落ちているのだ。
どうやらそこに、きちんと閉じきっていない扉があるらしい。
薄暗いせいで、今まで見落としていた。
単なる木の扉だった。
聖堂の入口とは違い、封印などは施されていない。
「……」
自分で言うのも何だが、俺はこう見えて紳士的な性格だ。
まあ、人並み外れて思いやり深いわけでなく、左手が原因の対人関係のトラブルを出来るだけ避けたいがために、自然とそうなったのだが。
――コンコン
紳士的な性格の俺はノックをした。
返事はない。
――コンコン
もう一度ノック。
「誰かいますか?」
やはり、返事はない。
「そっちに行っても大丈夫ですかね?」
水の流れ落ちる音が、さっきよりも少し大きく聞こえるばかり。
だから俺は、扉をくぐって奥へと進んでいったのだ。
そこは屋外で、聖堂の裏庭のような場所らしかった。
露を含んだ苔のじゅうたん。
あちこちから、青黒く湿った岩が露出している。
どうやら、少し進んだところに小さな滝があるらしい。
(ありがたい……!)
これで、水には当面、困らないということだ。
急にノドの乾きを感じる。
勇んで岩場を伝っていった俺は、明るい滝に出る。
「!?」
そこに、一糸まとわぬ裸で水浴びをしている、一人の少女がいたのだ。
「……」
俺は思わず見とれてしまった。
ほとんど不可抗力とはいえ、悪いことをしてしまったとは思う。
けれど、目をそらしながら大慌てで立ち去るようなことが、なぜかその時はできなかった。
俺も男だから、スケベ心がなかったとは言えない。
それ以上に、彼女の裸体の息を呑むような美しさに、釘付けにされてしまったのだ。
水に濡れたしなやかな躰のラインと、キラキラと輝く栗色の長い髪。
あたかも、神話の女神が具現化したようだった。
「誰かいるの?」
少女は、気持ちよさそうに目を閉じたまま、水しぶきを浴びながら訊いた。
「い、いや……」
「マギーかしら? お城から来たの?」
「俺は……」
「聖堂の番も、今は休憩。ドラゴニアの国境からも離れてるし、たまにはいいでしょ? 息抜きだって必要よ」
「……」
「マギーも汗を流せば? メイド服なんか脱いじゃって。気持ちいいから」
俺はもごもごと、言い訳らしき言葉を口にするだけ。
少女は手のひらで顔を拭って、
「……マギー?」
と、振り向く。
目が合ったまま、二人して黙り込む。
「……」
「……」
リュミエリア王国の乙女騎士、フィオナ・アーデルハイム。
それが、俺と彼女との、最悪の出逢いだった。
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