第3話 神殿へ

まるで、おとぎ話の世界を歩いているかのようだった。

姿は決して見えないものの、背後や頭上のそこかしこに、何ものかの気配を確かに感じる。

人ならざる小さきものたち――

俺を観察し、声を潜めて話し、あるいはクスクス笑っている。


「……」


はじめは警戒し、いつ襲ってくるか分からないと、身構えながら歩いていた。

けれど、そのうち――


(うんざりだな)


気を張っていると疲れるばかり。

精霊なのか小鬼なのか、好奇心旺盛な子供のようなもので、どうやら危険はないらしい。

すうっと息を吸い込み――


「わっ!!!」


と、振り返りざま大声を出す。


――ピャッ!

――キャッ!

――ワァッ!


小さきものたちは、びっくりして逃げていく。


「悪い悪い」


と、俺は笑ってみせる。

スマートフォンは消えていたが、食べかけだったソフトキャンディは、ポケットの中にまだ残っていた。


「これ、やるよ」


小さきものたちは、恐る恐る戻ってくる。

俺の手に集まる彼らは、不思議な光のマリモのようだ。

ソフトキャンディの包みは、紙の皮のついた、世にも珍しい果実とでも思ったのかもしれない。

観察し、声を潜めて話し、クスクス笑いながら俺の手から受け取る。

ずいぶん、気に入ってくれたようだ。


「またな」


そうして、目の前にかかった枝を手で除けると、開けた場所に出たのだった。


「これは……」


石造りの神殿が、おそろしく巨大な樹木に寄り添うようにして立っていた。

建物の方は、それほど大きなものではない。

神殿というより、聖堂と表現すべきかもしれない。入口の観音扉も石でできていて、堅く閉ざされている。


(大理石、かな……?)


触れてみるくらいなら、バチも当たらないだろう。

扉の中央に、剣と星を組み合わせた紋様が浮き彫りにされている。

それに右手のひらを押し当ててみると、


(!?)


接触面が青白い光を放った。

電気的な痛みも熱も感じない。石そのものが光って、青白く輝く筋が、複雑に彫られた溝やくぼみをなぞるようにして広がっていく。

俺の力と、何か関係があるのだろうか?

左手を見つめ、またしても革手袋を取り去ってしまいたい衝動に駆られる。

それに身を委ねなかったのは、神殿の扉がゆっくりと開き始めたからだ。


ゴゴゴゴゴゴゴ――


建物の中は暗黒ではなく、薄明かりに満たされているようだ。

詳しい様子は、入ってみなければ分からないだろう。


「……」


一瞬、ためらいがあった。

この世界に飛ばされてくる前のことを、思い出したからだ。

あの時だって、詳しいことは入ってみなければ分からないと思ったんじゃなかったか?


「……上等だ」


かえって好都合じゃないか。

もし奴がこの中にいたら――


(落とし前を着けてやるよ!)


俺は左手を握りしめながら、神殿内部へと足を踏み入れていく。

そこで目にしたのは、今までに見たこともないものだった。

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