第2話 聖なる森・フォースウッド
気がつくと、深い森の中に倒れていた。
毛布のように柔らかな苔の上で、目を開いてぼんやりしている。
「……っ!」
我に返って、慌てて体を起こした。
(どこだ、ここは……?)
無限に続くかのような木立。
鳥の声すらなく、空は深い緑の梢に遮られている。
息を吸いこむと、瞑想的な森の匂いが体内に満ちていく。
(なんで、こんな所に……)
樹木の種類さえ、まるで見覚えがないのだ。
「……」
直前の記憶がよみがえる。
一角獣と黒豹の魔列車。
俺はなすすべもなく、ヘッドライトの圧倒的な光に呑まれ――
(もしかして――)
異世界転生、というやつなのだろうか?
まあ、考えていてもしかたがない。
水を探しに行こうと立ち上がり、体についた土埃や苔のくずを手のひらで払い落とす。
なんだか、ひどく喉が渇いている。
「……」
思いついてポケットを探る。
(……ダメか)
スマートフォンがあればと思ったのだが、ここに飛ばされてきた時に、どこかに落としてしまったらしい。
「力」を使おうと、左手の革手袋を取りかける。
「……」
思いとどまって、手袋を元に戻す。
たかだか水を探すくらいで、力に頼るのは止めておこう。役に立つかどうかも分からない。
それに、力のことは嫌いだ、自分自身と同じくらい。
(そうだな……)
辺りを見回し、小枝を見つける。
拾い上げると、回転を与えながら苔の上に投げる。
尖った先端が射した方向に目を向ける。
「よし」
こちらに進むとしよう。
人生は風の吹くまま、足の向くまま。俺みたいな人間には、それくらいがちょうどいいのだ。
(あるいは、木の枝の指し示すままってとこかな)
苔の上の小枝を見た瞬間だった。
「!?」
それがくるりと反転し、逆方向を指したのだ。
風などまったくなかったし、今まで取っていた危ういバランスが崩れたせいでも、小さな虫に押されたせいでもなかった。
俺は小枝を拾い、もう一度投げる。
さっきとは別方向を指す。
ところが、そちらに進み出そうとした瞬間、小枝はまたしても滑るように回転し、一つ所を指した。
「……ふふっ」
思わず笑ってしまう。
わかったよ、そんなに勧めてくれるなら、そっちに行ってやるさ。人生は木の枝の指し示すまま、だ。
俺は歩き出す。
今度は小枝も向きを変えない。
考えてみれば、この時の判断が、すべての始まりだった。
そして、判断は正しかった。
俺の飛ばされてきたこの森は、国難を救う勇者を迎え、使命へと導く聖なる森・フォースウッドだった。
俺は知らずして、フォースウッドの導きに従ったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます