第6話 粛清の代償

  シルヴァの絶叫に広場にいた全員が注意を向ける。


 シルヴァは、その視線を完全に無視してシルヴァの母、マリアの首の所まで歩く。


「あぁ……母上……苦しかったでしょう。辛かったでしょう。……いずれしっかりと埋葬するので、少しの間お待ち下さい」


 シルヴァが、首が晒されている槍に触れる。突然、その槍が霧のように消え去った。


「な……!」


 驚愕の色を浮かべる市民達を他所に、落下してきたマリアの首を抱える。その首をシルヴァが撫でると、マリアの皮膚と筋肉が霧散し、頭蓋骨の僅かな首の骨が残された。


 叡黎書アルトワールを開く。保管ページにマリアの頭蓋骨を納めたシルヴァは、突然の出来事に足がすくんで動けない市民達を睨んだ。


「何故……なんで、母上を殺した! 母上がお前らに何かしたのか?」


 シルヴァの問いに答えたのは、ある憲兵だった。


「き……貴族だからだ! 貴族は新しい時代には不要だからだ!」


 荒く息を吐きながら、憲兵はシルヴァに言い放つ。それを聞いたシルヴァは、冷徹な顔をして答えた。


「ならば……俺も殺すんだろ? いいよ。殺しに来なよ。黙って殺される気はないけど」

「ぐっ……!」

「は、早く殺してくれよ憲兵さんよ!」

「そうだそうだ。貴族なくして新しき時代なしだろ?」


 市民に焚き付けられ、憲兵はシルヴァをじっと見据える。


「来ないのか?」

「う……うぉぉぉぉおおっ!」


 憲兵が二人がかりでシルヴァに襲いかかる。だが、真実の慧眼には、槍の軌道や筋肉の動きを始めとした全ての情報が映っているため、憲兵に勝ち目は万に一つも無かった。


 シルヴァが突き出された槍を掴む。霧散はしなかったが、槍の穂先が手に触れた部分から錆び始め、ボロボロに崩れた。


「ひ、ひぃぃっ!」


 槍を投げ捨て、一人の憲兵が腰を抜かす。尻もちを付き、崩れた。


 シルヴァは、もう一人の憲兵を簡単に一蹴し、倒れる二人の憲兵を見下ろした。


「俺はこれから喪に服す。俺を殺したいなら何時でも来るがいい。返り討ちにしてやるよ」


 シルヴァは身を翻し、歩き始める。


「……殺さないのか」


 憲兵の一人がシルヴァに言葉をかける。


「……母上は復讐そんなのは望まない」


 シルヴァの吐いた言葉を前に、粛清しか考えて来なかった憲兵は、酷く困惑することとなった。伏した顔を再び上げた時には、もうシルヴァの姿は見えなかった。


 そこからおよそ2000年間、シルヴァはダンジョンを巡り喪に服した。ダンジョンからダンジョンへ移動する時以外地上には姿を見せず、またたった一人で地下深くまで素材を集めるため、彼の存在は人々の記憶から忘れ去られたのであった。


 そこから、彼は一人時を越え、ある少女と運命の邂逅を迎えることとなる。


 ◆◇◆


 とあるダンジョンの一角で、男二人と少女が口論をしていた。


「ちょっと、この魔物を仕留めたのは私なんだけど!」

「はぁー? お前俺らの獲物横取りしようってのか?」

「それはそっちでしょ! 私が仕留めた魔物横取りして!」

「はぁー。やっぱり桔梗の羽蜥蜴といったらまぁ」

「桔梗の飛龍よ! 訂正しなさい!」

「へーへ。だがこの獲物は俺らのだ。お嬢ちゃん」

「私が仕留めたのよ?今すぐ返しなさい!」

「没落クランが仕留めたってより俺らが仕留めたって方がコイツの値も張るってもんさ。ほら、どいたどいた」

「お前らみてーな詐欺集団の獲物を買い取る訳ねーだろうがよ」


 その言葉で、その少女は固まった。今まで威勢よく言い争っていた彼女はもう居なく、ただじっと何かを耐えているようだった。


「ははははは、それな!」

「おい、どうした? 何か言い返してみろよ? え? ははは」


 服の裾を握り、唇を噛みながら震える少女の横を、男達が魔物を抱えながら通り過ぎる。落胆したように落ち込む少女だが、立ち上がってシルヴァの元へと歩いてきた。


「ねぇ、あなた、さっきの見てたでしょ?」

「え? ……あ、ああ。見てたが」

「なら、裁判に協力して貰えないかしら。私が獲物を横取りされたって証言して貰うだけでいいから! お願い!」


 手を合わせ、頭を下げるその少女に、シルヴァはため息をついた。


「ごめん。俺が見たのは君らが言い争っている最中からだから、君があの魔物を捕らえたところを見ていない。なので、援護することは出来ない」


 その少女は、悲観した顔をシルヴァに向けた。


「そ、そうなのね……じゃあ……ごめんね。時間取らせちゃって」

「あぁ……まぁそこまで時間は取られてないが……」

「じゃあね。あなたも横取りされないように気をつけた方がいいわよ」


 哀しみをさらりと撫でたような声を残し、その少女はシルヴァの前を通り過ぎる。シルヴァは、彼女の頬を一筋の涙が流れているのが、やけにはっきりと見えた。


 その夜。シルヴァはここのダンジョンの最下層で、叡黎書アルトワールを開いていた。


 ゆっくりと捲るその音だけがダンジョンに谺響する。ひっそりとした空気を、軽く劈くその音は、やけに懐かしい響きを醸し出した。


「母上……本日で、母上の喪に服す期限が過ぎます。ですので、今まで俺が発掘し、精製したこの世の全ての宝石を供えます。天国でも、お美しい姿でいてください」


 もう数十ページにもなった保管ページから、一つ一つ宝石を取り出す。気に入った大きさの原石を見つけるまで入念に探したシルヴァが取り出した宝石は、リングやブローチに加工されていた。


 母の頭蓋骨だけ……それだけが入っている管理ページを開く。そこに、先程取り出した全ての宝石を入れた。それは、傍から見ればただの管理場所の移動だが、シルヴァの中では大いなる意味を含んでいた。


「さて……明日久しぶりに外に出るか。世界はどう変わっただろうか」


 シルヴァの……好奇心が、むくりと起き上がった。母の喪服に服して約2000年。いままで心の奥底にしまっていた好奇心が、シルヴァの体に取り憑いた。


 久しぶりに破顔したシルヴァは、喪に服していた時に誓約として閉じていたを開いた。その目は、エメラルドグリーンの虹彩に、漆黒の瞳孔を覗かせていた。

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