第5話 市民革命
パキン、と音が響いた。
核が砕ける音だ。シルヴァは構わず咀嚼し続ける。
そして、シルヴァの口の中にある物を全て咀嚼し終え、飲み込んだ時に、体が、燃えた。
「……っあ」
火が出ているわけではない。体の内面から焼き尽くされるような痛みが、シルヴァを襲ったのだ。
「くっ……そ……」
シルヴァが倒れる。手を伸ばし、何かに縋るようだったが、遂にはその手すら地面に伏した。
それは、自分の体が、何か別の物に作り替えられているようだった。
「お前に……俺はやらねぇ……俺の体は……俺の物だ」
その言葉を最後に、シルヴァは動かなくなった。
◆◇◆
「………………」
ぴちゃり、と雫が垂れる。
意識が覚醒する。だが、ここはもう先程の場所ではなかった。
せせらぎに似た音が響く洞窟の一角で、シルヴァは頭を揺らした。
「あぁ……ここはどこだ。……全く、ちょくちょく変なところに飛ばされるものだな……」
シルヴァは、軽く手を握る。そして、近くにあった青々しい葉を掴んだ。
その瞬間、葉が灰のようになり、霧散していった。シルヴァはこの光景には、さすがに度肝を抜かれたようだ。
「はっはは……
何かを惜しむような、哀愁に塗れた顔を上げ、シルヴァは天を仰いだ。
「あぁ……分かってる。
シルヴァが立ち上がる。片手に
◆◇◆
「今こそ! 人民が立ち上がる時だ!」
シルヴァが生まれ育ったファルテ王国では、他国の援助を受けた市民の革命が始まった。
貴族による課税や、初夜権の乱行による退廃した政治への不満が今、爆発したのだ。
後の市民革命と呼ばれるこの革命は、市民絶対主義の元、貴族の完全処刑、市民による新たな共和制を築くことが理念であった。
すなわち、シルヴァ一家も、殺処分の対象であった。
王は、他国からの支援を見抜くことが出来ずに、また簡単に鎮圧できるだろうと軽視してしまった。また、当時の頼みの綱であった魔法機関が、市民側へと寝返ったのだ。
これにより、王都でのクーデターは成功を収める。勢いに乗った市民側は、すぐさま各地を支配している貴族の粛清へと進んだ。
王という絶対的存在を失った貴族は、市民達の敵ではなかった。自ら王の後を追う為に自殺した者達を除き、殺し方は残酷なものであった。
数々に渡る拷問を受けた後、広場で市民の前で一人ずつ首を落とされた。その首は三日間広場に放置され、たくさんの市民に石や砂、唾をかけられた。
シルヴァが別大陸にあるアイテムを収集するため、丁度地上に出たのが、まさに最後の貴族の子供が処刑された日のことであった。
「何だ……? この狂乱は」
怪訝な表情を浮かべるシルヴァは、初めて酒場に入った。この日は、めでたい日という事で、発泡酒が一杯無料だった。
「いらっしゃい」
「あ……発泡酒一つ」
「はいよ」
カウンター席に座ったシルヴァは、至る所で乾杯をする人達のあまりにも幸せそうな表情に顔をほころばせ、店主に訪ねた。
「なぁ、みんなかなりいい顔してるな。何があったんだ?」
すると店主は、一旦目を丸くして、その後言葉を続けた。
「なんでぇ。お前さんどっか別の国から来たんか?」
「あ……まぁ」
「今日はな、革命が終わった日なんだ。明日からは、あのクソ貴族達に代わって俺たち市民がこの国を動かすんだ」
清々しい顔で告げる店主に、シルヴァは特に表情の変化も見せず、「そうか。それはいい事だな」とだけ言った。
「ご馳走様」
「おう。今度はちゃんと酒を注文してくれよな」
結局、無料の発泡酒一杯しか呑まなかったシルヴァに、店主は苦笑いした。その店主に背を向け、シルヴァは店を後にした。
「革命ねぇ……。まぁいいんじゃないか?俺もあのクソ親父に政治が務まるとは思えないし……。そうだ。久しぶりに母上に挨拶に行くか。元気でいるかな?」
シルヴァ一家は、シルヴァだけ母が違った。所謂、側室というやつだ。シルヴァの父は、第一婦人が女二人産んだ時点で側室を迎えた。そして生まれた、子爵家の希望の跡取りがシルヴァだった。
だが、飽きることを知らない彼の好奇心は、政治などの勉強よりも探求ばっかりしていた。英才教育を施したかった父にとって、これほど厄介なことは無かった。
結局、その二年後に父は別の男児を養子に迎える。その男児は優秀……というより休憩の上手い人物だった。父の目の前では勤勉で人当たりのいい好青年を演じ、そのストレスを夜な夜なシルヴァで発散していた。
彼の母親はその虐めに気付き、シルヴァを連れて実家に戻った。母方の実家は没落寸前の男爵家だったが、それでも母は必死にシルヴァを育てた。
シルヴァも何か恩に報いたいと思い、最年少で学費免除を勝ち取り、魔法学園に入学した。その知らせに、一番喜んでくれたのは母だった。
長い間姿をくらまして心配させただろう。謝り文句を考えながらシルヴァは、母方の男爵家へと赴いた。
「は……なんだよ……これ」
実家は焼けていた。その焼け跡に、石を投げ込んでいるみすぼらしい服を着た少年に、シルヴァは声をかけた。
「ねぇ……ここに住んでいた人は?」
「はぁ? にぃちゃんそんなこともしらねぇのか?」
「え、そんなことってどういう……」
「貴族は全員処刑されたよ。この腐った世の中を正すには、貴族は全員要らない。これからは市民の時代さ!」
「……は?」
シルヴァは、硬直した。母が死んだ?あの優しい母が?
動揺で震えていると、背後から不意に声が掛かった。
「あんた、シルヴァかい?」
「え?……パン屋さんのおばさん?」
「あんた、よくお使い来ていたマリアんとこのシルヴァだよね?」
「え、はい。そうですが……」
「ほら、何やってんだい憲兵さん! 貴族の生き残りがいるじゃないか!」
「……え?」
「確保! 確保急げ!」
シルヴァは憲兵に拘束された。事態が飲み込めないシルヴァは、遠くで「ほら! 通報してやったんだから金をよこしな!」と息巻いているパン屋の老婦人の声が響く中、憲兵に言われるがままに監獄へと送られた。
◆◇◆
「新しい時代が来る。そこにお前ら貴族は邪魔なんだよ。分かったか」
監獄へ連行されている途中で、シルヴァは憲兵に脅し文句をかけられた。何も反応しないシルヴァに苛立った憲兵は、シルヴァの首を強引に動かして、あるものを見させた。
「ほら、殺された貴族はみんなあそこに首を晒されるのさ。お前も明日にはそこに並べられているだろうよ」
シルヴァは見てしまった。
悲愴な顔をした首を晒され、その首に石を投げつけられている母の光景を。
その時、シルヴァの中で何かが弾けた。
「……れるな」
「ん? 何だ? こいつ」
「母上に触れるなぁっ!」
シルヴァの大声が、広場に響き渡った。
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