第12話 アイスクリィムを食べながら
喫茶店に入り、アイスを注文すると、ウエイトレスが紅いお盆から慣れた手つきで、可愛らしいアイスクリィムグラスを置いて行った。中にはちょこんと真っ白いアイスが乗っかっている。
(すごい、凍ってる……!)
「りょう子ちゃん、今日一番目がキラキラしているよ」
虎之助が笑いを噛み殺している。
「た、食べていいんですか」
「もちろん。食べないと溶けてしまうよ」
スプーンですくって口に含むと、冷たく柔らかい、牛乳の味が口いっぱいに広がった。
「うわ……溶けました!」
「そりゃアイスだから」
驚いたりょう子が声を上げると、虎之助が我慢できずに笑いだした。「可愛いな、りょう子ちゃん。なぁ晄」
「そりゃ、お前の周りにいる華族のお嬢様方とはタイプが違うだろうな」
早くもアイスを平らげ、読書に取り掛かっていた晄は本から目を離さずに言う。
「お前、もう食ったのか! さすが甘いものに目がないな」
「お前こそ早く食えよ。僕はもう帰りたい」
「ちょっと溶けかけのが好きなんだ。早く帰りたいって、煙草を吸いたいだけだろ」
「今吸っていいなら帰らなくていいけど」
「ダメだ、僕と一緒のときは吸うな。臭い」
アイスの感触を楽しみながら二人のやり取りに、クスリと笑ってしまったのを、虎之助が気づいた。
「なに?」
「いえ、ご学友っていいですね。楽しそうです」
「学友というか……学校は違うんだけどね」
虎之助がチラリと晄を見た。「二年前までは僕のいる学修院で一緒だったんだけど、こいつ転校してしまったから」
「あ……そうなんですか」
立ち入った事を言ってしまったのかもしれないと少し焦ったが、虎之助は気にする風もなく、「学修院は寮なのでね。平日はなかなか会えないんだけど、週末たまに、こうして会いに来ているってわけ。あ、でも僕はこいつに、さっき言った同性愛的な感情はこれっぽっちも持ってないよ」
「え、お前、そんなことまで喋ったのか」
驚いた晄はりょう子と顔を見比べる。
「そうなんだよ、なんか彼女って、何を喋っても大丈夫な雰囲気を持っているというか……。なんでも吸収してくれそうな感じで。りょう子ちゃん、この話内緒だよ。晄ときみにしか喋っていないからね」
「はい」
もちろん他言するつもりなどないが。「でも……人それぞれ違いますから……その、同性しか愛せないのが病気というのは、違うんじゃないか、と……。ご自分のこと、そんな風に思わないでください」
しどろもどろでそう言うと、虎之助は少し驚いた顔でりょう子を見ていた。
「晄と同じことを言うんだな」
と、嬉しそうに笑って晄の方を見た。晄の方は本で顔を隠してしまっていたが。
(もしかして、二重人格の晄様を心配して、様子を見に来ている……?)
今日見ている限り、虎之助は晄一にも晄にも、一度も人格のことを本人に話していない。ただ今そこにいる人格に、自然に接しているだけだ。
(いいな……私にはどこかで自分のことを心配してくれている友人がいるかしら)
さっきの富士山の絵を思い出した。自分の記憶に、富士山が関係あるのだろうか。だとしたら、これからどうすればいいのだろう。
「――出よう」
唐突に晄が立ち上がった。
「そうだね、りょう子ちゃんも顔色が少し悪いし」
虎之助も立ち上がる。
「そ、そんなことないです」
慌てて首を振った。自分のせいでせっかくの楽しい時間を終わらせるなんて申し訳ない。
「いいんだよ、人混みは疲れるしね。それに今日だけじゃない。また一緒にどこかへ行こう。晄も意外と楽しめたようだし」
え、あれで?
という言葉を押し込んだ。晄の方も片眉を上げて、「勝手に決めるな」と文句を言った。
「だって本当につまらないならお前は勝手にに消えるからな。よくりょう子ちゃんを見ていたようだし。さっきの店にいたときも、今も、彼女の顔色が悪いのを察知して外に連れ出そうとしたんだろ?」
驚いてりょう子は晄を見た。先ほど「退いてくれ」と言ったのは、自分を外に出すため?
「優しいだろう? 僕の友人は」
礼を言おうとりょう子が口を開いたとき。
「優しさじゃない。僕は哀れな子の、哀れな姿を目の当たりにするのが嫌いなだけだ」
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