第13話 記憶を取り戻したい
晄の言葉で遮られた。「急に気分が悪くなったり泣き出したり、その度に傍にいる人間は振り回される。面倒極まりない」
「泣いてはいないけどね」
からかうような虎之助の口調に、更に仏頂面になる。
「だから僕の前では哀れな態度をとらないで欲しい。――じゃ、先に帰る」
言うだけ言うと、晄はさっさともと来た道を戻って行った。
「ごめんね、つっけんどんで。悪いやつではないんだ」
虎之助の弁護にりょう子は首を振った。気分が悪いなら俥を呼ぼうかという申し出を断って、帰路につく。
商店街を出て少し行くと、途端に人通りは少なくなる。住宅街を歩いている内に、空が急に薄暗くなってきた。
「――りょう子ちゃん」
呼ばれて、はい、と返事をした。虎之助は先ほどとは違う、真面目な顔つきだ。
「記憶を戻したい、と思っている?」
「え……」
足を止めた。記憶を戻したい? それはそうだ。このあやふやな状態では自分はどこにも行けないのだから。
「富士山の絵を見て、何か思い出したの?」
「いえ、思い出したというよりも……見覚えがある、と感じただけで……」
「ちょっとした知り合いで、催眠心理学の研究をしている人がいるんだ。僕もよく知らないんだけど、催眠術で、精神療法や潜在意識を引き出したりするらしい。もしかして記憶喪失もそれでなんとかなるかもしれない。会う気があるなら、連絡をとるよ」
この一年、ずっと居心地の悪い思いをしてきた。その内戻るだろうと医者には言われたが、その兆しさえ見えない。
何とか出来るものなら……。
「お願いします」
私は何者なのか。知りたい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます