第7話 青年の素性
朝、双子に起こされて目が覚めた。大分寝坊してしまったようだ。慌ててダイニングに行くともう朝食を済ませた晄が出てくるところだった。すれ違いざまに「おはようございます」と挨拶したが、晄はチラリとりょう子を見たものの、そのまま行ってしまった。
昨夜のはなんだったのだろうという疑問と、やっぱり、という納得の気持ちが同時に湧いた。試しに那智、未知に櫛崎様は双子? と聞いてみたが、
「何それ、一人だよ? 誰かいたの?」と逆に問われ、昨夜のことをうまく話せる自信もなかったので、ちょっとどこかで似た人を見たことがある気がするだけ、と誤魔化した。
晄や双子が登校すると、華夜子も店に行ってしまった。好きにしていていいと言われたものの、何もすることがない。自分の部屋の掃除もすぐ終わり、庭をぶらぶらしていると、通いの女中さん――ハルさんと言った――が家の中の掃除をしているのを見つけた。手伝わせて欲しいと申し出ると、喜んで箒を貸してくれた。
「助かるわぁ、五十を過ぎると腰や膝はもちろん、肩まで痛くなっちゃって」
ハルは掃除の手助けより話し相手が出来たことに喜んでいるようだ。
「華夜子様は出来る範囲でいいって仰ってくれるけど、やっぱりお給金頂くからにはねぇ、素敵なお屋敷だし綺麗にしなくちゃ。私好きなのよ、こういう昔ながらの『和』っていうお宅が。震災の後、郊外がいいってんで、世田谷(ここ)にもたくさんお屋敷が建ち始めたけど洋館ばっかりで。そりゃあ煉瓦の外壁とかね、ヴェランダとかバルコニーとか素敵だとは思うわよ。でもやっぱり日本人なんだから和の家に住んだ方がいいと思わない?そっちの方が落ち着くしねぇ」
なんとも答えようがなくて、曖昧に笑うりょう子にはお構いなしに、欄間だ畳だと、和の魅力について語っている。
廊下の雑巾がけを終わらせ、階段を上がりながら拭いて行く。上がりきるとすぐにドアがあった。
「あ、そこはいいわよ。華夜子様のお部屋だから。お仕事関係の書類、ひっくり返しちゃまずいでしょ。それから櫛崎さんの部屋もいいから」
そこから晄の話に移った。「櫛崎さんって頭いいんですって。この辺でも有名な高等学校に通ってるし、卒業すれば帝国大学に行くとか。私なんかは全然わからないんだけど、凄いらしいじゃない」
りょう子にもよくわからないが、確かになんとなく凄いんだろうなとは思う。
「華夜子様も鼻が高いわよねぇ。女性なのになかなか男子一人を大学まで世話できるなんてないわよ。いくら旦那の息子でもねぇ」
「え?」
旦那の息子? 意味がわからなくてハルを振り返ると、ハルはしまった、という顔で肩をすくめた。
「櫛崎様は、華夜子様のお子さんなんですか」
「いえ、違うのよ、なんて言うか……これ内緒よ。あくまで噂だからね」と前置きして、辺りを伺いながら声をひそめた。
「華夜子様は、櫛崎さんのお父上の妾だったのよ。今華夜子様が経営されている喫茶店は、お父上に頂いたものらしいの」
晄の父の妾……。妾が店を持たせてもらうことはよくあることだろうが……。
「でも、どうして……櫛崎様がこの家に?」
「それ、近所の人が不思議に思って華夜子様に聞いたようなんだけどね。期間限定で預かってるって仰ったんですって。詳しい事情は語らなかったらしいんだけど。どのくらいの期間かもわからないしねぇ。でも大学に行かれてもここにいるような雰囲気だし」
「えっと……もうどのくらいこちらに……」
人様の噂話など好んで聞くものではないとわかってはいるのだが、ふとした疑問を口に出してしまう。
「二年程いらっしゃるはずよ。高等学校へ入ったばかりの頃かしら、遅い入学お祝いをさせて頂いた記憶があるからね。――あらやだ、もうお昼。喋ってたら時間が経つの早いわね。ちょっと自分ん家の犬に昼ご飯やってくるわ。あの犬、昼過ぎると空腹でずっと吠えてほんと近所迷惑なの、また夕方に来るから夕飯の用意手伝ってね。あ、りょう子ちゃんのお昼はテーブルの上に置いてあるから」
時計を見た途端、せかせかと掃除具の後片付けを終わらせたハルは言うだけ言うと、慌ただしく家に帰って行った。
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