第5話 居候初めての夜、食卓を囲んで
ダイニングルームは広い板間で、赤を基調としたペルシャデザインのラグが豪華で目を引く。ウォールナットの長円形のダイニングテーブルの上に置かれているカレーライスとサラダに、双子たちは大喜びで席に着いた。
「皆さんの好きなものを今日は作りましたよ。りょう子さんもお好き?」と、通いの女中さんが親しげに顔を覗きこんだ。りょう子は顔を赤らめながらこくりと頷いた。
夕食は華夜子と双子と晄と五人でとった。双子がその日学校であった出来事を楽しげに話すのを、華夜子は微笑みながら相槌をうっている。晄は聞いているのかいないのか、さっさと食べ終わると、「ご馳走様でした」とさっさと席を立った。
「気にしないで、いつもあんな風なのよ」
もしや自分がいるせいで早々に出て行ったのかと、晄が去って行った方をちらちら見ていると、華夜子が安心させるように言った。
「晄ちゃん愛想ないからねー」
「からかうと面白いんだけどねー」
「もう、あなたたちはいたずらが過ぎますよ」
窘められて双子は舌を同時に出した。
「もう自己紹介はすんだのよね? 訳あって同居しているの。あなたたちとは渡り廊下を挟んで反対側の離れが彼の部屋よ。家の者は私ひとりだから物騒でしょう。男性が一人いてくれると何かと助かるし。悪い人じゃないのよ」
「そうそう、勉強教えてくれるし」
「たまに遊んでくれるよ」
双子が調子づいて言う。
「受験生なんだから、あんまり邪魔しちゃダメよ。って言っても聞かないでしょうけど」
華夜子の諦めた口調が可笑しい。
「あの……ありがとうございます。あんなに素敵なお部屋をあてがってくださって」
礼を言うのを忘れていたのを思いだし、りょう子は頭を下げた。
「いいのよ、もともと余っている部屋だし、家具も頂きものなのよ」
「でも私、下宿代も払えませんし、何かお役に立てることがあったら言ってください。何でもやります」
「りょう子ちゃんは学校へ行かないの?」
那智が聞いた。
「そうねぇ……行きたいなら準備するけれど。記憶がないのに大丈夫?」
華夜子の言葉にしばらく考える。
読み書きは出来る。でも勉強となると、自分の記憶に自信がない。不安が顔に出たのを華夜子が見てとって、「無理しないで。しばらくゆっくりするといいわ」と言ってくれたので、それに甘えることにして、もう一度頭を下げた。
各々部屋に戻ると双子はすぐに寝てしまったのか、隣室は急に静かになった。
どっと疲れが出て、自分がずっと緊張していたことに気づく。用意された布団を敷いて横になるが、頭が冴えているのか、目を閉じてもなかなか睡魔が襲って来ない。
寝るのを諦めて上体を起こし、ぼんやり窓の外を長い間眺めていた。真っ暗だ。
目黒のほうがまだ明るかった……。なんとなしに庭に出てみる。風のない、穏やかな闇。コオロギや鈴虫の泣き声が、もうすぐ秋を感じさせた。
月を見上げながら、いい人たちで良かった、と思った。こんな記憶のない、得体の知れない子を受け入れてくれる人など、野田夫妻以外はいないだろうと思っていた。野田家に世話になっていた他の子どもたちも、無口でたいして笑わないりょう子に一線をおいていて、「あんな子貰われっこない」と陰口を叩いているのが聞こえたこともあった。だから今日はとても不安だった。
負担にならないよう、早く記憶を取り戻さなくては。そして自分のあるべき場所に戻らくては……。
でも、もしその場所ももうなかったら? 震災で家族を失っていたら? 家もなくなっていたら?
この先どこへ行けばいいのだろう……。
「――誰?」
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