第4話 少女は青年と出会う
「晄(こう)ちゃんが帰ってきたよ!」
未知も嬉しそうに叫んで足音うるさく部屋から出て行く。りょう子はわけがわからず、とりあえず二人について行く。渡り通路に出た先の庭に、学ラン姿の青年が立っていた。
「晄ちゃーん」
後ろから抱きつかれた青年は、「ぐえっ」と変な声を出し、押し潰された。それでもお構いなしに双子は馬乗りになって「お帰りなさーい」とやっている。
「――バカ! 煙草持ってるんだぞ!」
青年は慌てて起きたが、煙草の灰が落ちたのか、「熱い!」と手を振った。ぽとり、と火のついたままの煙草がりょう子の足元に落ちてきた。
「お前ら……、飛びかかって来るなと毎度毎度言わせるなよ」
「ごめんなさーい」
「ほんとに思ってないだろ」
制服についた土を払いながらため息を吐いた青年は、そこでようやくりょう子に気づいたらしい。片眉が上がり、黒目がちのちょっとつりあがった目に怪訝な色が浮かんだ。
「りょう子ちゃんだよ、今日来るって言ってたでしょ」
名乗る前に未知が紹介してくれ、りょう子はぺこりと頭を下げた。その間もずっと青年は同じ顔つきでじっと見つめている。
「晄ちゃんはここん家の書生さんなの。高等学校に通ってるんだよね」
「いや……書生というか、ただの居候だけど。初めまして。櫛崎(くしざき)晄(こう)です」
晄はまだ火のついた煙草を拾い、回れ右するとそのまま母屋の方に帰ってしまった。あまりの愛想のなさに拍子抜けしていると、
「晄ちゃん、また恋文貰っていたね」
「だねー、どこがいいんだろうねー」
「顔でしょ。顔だけはいいもん」
「あと頭いいから、学ラン姿に騙されてる人多いんじゃない?」
双子が見送りながら好き勝手言っている。
(恋文?)
「そんなの持ってた? 煙草しか手に持ってなかったよね?」
さっきの風呂敷の中身といい、不思議に思って聞くと、双子はこしょこしょと内緒話を始めた。「言っちゃっていいかな?」「りょう子ちゃんなら大丈夫じゃない?」と、丸聞こえなのだが。
「ほんとは内緒なんだけど」
「私たち透けて見えるの」
「え?」
すける?
「透視ができちゃうの」
「何故か二人一緒のとき限定だけどね」
「たまに便利だよね」
「この前くじ引きで福引券当てたしね」
「そうそう、五〇銭値引き券ね」
「あっ、でも見たい時にしか見ないから安心して」
「晄ちゃんはたまにポケットの中にお菓子が入ってるから、ついつい見ちゃうんだよね」
「これ、あんまり人に言うなって昔親に言われたの。怪しい人間に目をつけられたら困るからって」
「え……じゃあ、どうして私に?」
出会ってすぐの人間に話してもいい内容ではない気がする。双子は顔を見合わせて、
「うーん、なんでだろ。りょう子ちゃんは……同じ気がして」
「同じ? って?」
自分には透視能力などこれっぽっちもない。少なくとも震災後、この一年は。
「わかんない。まぁりょう子ちゃんなら知ったところで誰にも喋らないだろうし、大人でもないし」
「大人の人には特に喋ってはダメって言われてたから、華夜子さんにも言ってないの」
「気味悪がられても困るしねー、でも多分晄ちゃんは気づいてるよ。何も言わないけど」
その能力のせいで色々あったのかな……。きっと双子の両親も思案したに違いない。
「というわけで内緒ってことで」
「うん、わかった」
初対面からいきなり秘密を打ち明けられたことが、心を許してくれたようで嬉しく思った。
「お夕飯ができましたよ」
華夜子が母屋の縁側から呼んだ。
「やだぁ、お喋りに夢中で遊びに行く時間なくなっちゃった」
双子は舌を出しながら笑い合い、両側からりょう子の手をそれぞれ引いた。
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