第3話 双子との出会い

 縁側から降りると渡り通路が続き、右方向すぐ目の前、木造の離れ屋に通された。奥行きの広い廊下に面して部屋が二つあり、手前の部屋を那智が指して、


「こっちがりょう子ちゃんの部屋だよ!」と襖を開けてくれた。


 六畳ほどの畳の部屋には、真ん中に小さな丸型ちゃぶ台、窓際に置かれた黒塗りの箪笥、天井からはミルクガラスのフラワー型照明が吊り下げられ、壁には縦長の鏡が張り付けてある。


「素敵……」


 思わず感想を漏らすと、双子たちは嬉しそうに顔を見合わせた。


「そうでしょ、私たちで考えて配置したの」


 桃色の着物を着た那智が誇らしげに胸を張る。


「それからこれ、さっき庭でつんできたの」


天色の着物を着た未知が黄緑色の一輪挿しを箪笥の上に置いた。中には可愛らしいピンクの花。


「私たちは隣の部屋使ってるから、いつでも来てね」


「……ありがとう」


 こんなに歓迎されると思ってもいなかったので、りょう子の張りつめていた気持ちが少しだけほどけた。


「ああ、よかった。前にいた育美(いくみ)ちゃんが出て行ってから寂しかったからねー」



「そうそう、あっ、育美ちゃんていうのはね、十コ上のとっても綺麗なお姉さんだったんだけどね、三か月前に神戸でいい縁があって貰われていったの」


「ちなみに私たち今八歳」

「尋常小学校に通ってるの」

「震災で両親が死んじゃって。華夜子さんに面倒みて貰ってるの。いい人でしょ、華夜子さん」

「篤志家っていうの? 孤児を引き取って、里親探ししてくれるんだよ。女の子限定なんだけどね。赤ちゃんならいいんだけど」

「私たちもいい人が見つかればいいねー」

「ねー」

「で、りょう子ちゃんは?」

「さっき連れてきてくれた人のお世話になってたの?」


 二人のお喋りの速さについていくのが精いっぱいだったのにいきなり話を振られ、りょう子は口ごもった。


「う、うん。夫婦で震災孤児をお世話されていたんだけど……遠くに引っ越さなきゃいけなくなったから、私はこちらでご厄介になることになったの」


「その前はどこにいたの?」


 好奇心いっぱいの二つの顔に見つめられる。だがりょう子には答えられない。


「……わからないの。記憶がなくて」


「ひゃー、記憶喪失ってやつだ」

「ほんとにあるんだねー。震災のショックってやつかしら」


 昨年、大正十二年九月一日。関東一円を襲った大震災では、死者行方不明者合わせて十数万人と言われている。倒壊した建物に押し潰された人、火事に巻き込まれた人、崖崩れや津波など、甚大な被害だったらしい。


 自分もどこかで何かの被害を受けているはずなのだが、その震災の経験どころか、自分が何者なのかもわからないため、はぐれたかもしれない親も探せない状態なのだ。震災が起こって一週間ほどしたころ、神田のあたりをふらふらと歩いているところを野田夫妻が保護してくれた。そこからのことはなんとなく覚えている。


 家に連れ帰ってくれて、体を拭いてくれて、おにぎりを与えてくれた。記憶がないと知ると医者にも診せ、怪我以外どこにも異常がないと喜んでくれた。その家には何人もの孤児がいて、共同生活がはじまったが、他の子たちはもちろん記憶があるので、めでたく親と巡り合えたり、親戚の家に引き取って貰えたり、里親が見つかったりで、結局最後に残ったのはりょう子だけになってしまった。


(だから早く記憶を取り戻さないと……)


 記憶が戻らないことには自分の行き先も決まらない。焦る気持ちはあるのだが、その方法もわからなくて困っている。


「りょう子ちゃん、この荷物ほどく? 服、片づけたら遊びに行こう」

「あ、うん」


 双子はてきぱきと風呂敷から着物を取り出し、箪笥のなかに仕舞った。その様子を眺めながら、あら、と思った。


(私、風呂敷の中身が着物だって言ったかしら?)


「あっ!」


 那智が窓の外を見て突然叫んだ。

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