第2話 少女の居候先

 荷物はこれだけ? と声を掛けられたのに、緊張で返事ができなかった。


「そうです」隣にいる中年女性が慌てて代わりに返事をした。「この風呂敷だけですわ。替えの着物が一着入っております」


 頷いた女性は気を悪くした風もなく、その風呂敷を受け取った。「りょう子ちゃん、と仰るのね。どんな字?」


「あ……あの」


 口ごもる少女に、また中年女性が助け舟を出す。


「漢字もわからないのです。私が連れ帰ったとき覚えていたのはこの名前だけで……。他のことは何もわかりませんの。歳は一四、五くらいかと思うのですけど」


「そう」


 優しげな相槌に、少女は俯いていた顔を恐る恐る上げた。口元に笑みを浮かべた女性と目が合った。


(綺麗……)


長い睫毛、少し下がり気味の色っぽい目もと。綺麗に化粧された顔はどう見ても若く、女主人というからにはもっと年配の女性を想像していただけに驚いた。


「急な話で申し訳ありませんでした。主人の田舎に帰らなければならなくなり……、木島(きじま)様に引き取って頂けて、本当に助かりました」


「とんでもない。昨年の震災孤児たちをお世話されている野田(のだ)様のご活動は耳にしておりました。一人だけ引き取り先が見つからず困っていらっしゃるとウチのお客様から聞いたものですから、微力ながらお役にたてればと」


「お客様とは伊勢谷(いせや)様のことですね。そういえば、お近くで喫茶店を経営されているとお聞きしました」


「ええ、小さいお店ですけれど」


 玄関先で繰り広げられる大人の会話をぼうっと聞きながら、少女は家の窓からこちらを覗く子どもに気づいた。一人……二人?


 同じ顔だ。双子だろうか。好奇心丸出しで、窓ガラスに張り付いている。


「――じゃあね、りょう子ちゃん。いい子にして、木島様の言うことをよく聞いてね。これからは木島様があなたの面倒をみてくださるから。早く記憶が戻って、お家に戻れることを願っているわ」


 中年女性はそう言って、何度も振り返りながら去っていった。


「――お家を案内するわ。いらっしゃい」


 引き戸を開けた女主人に促され、中に入ると三和土の広さにまず驚いた。前住んでいた二階建ての家より断然広い。靴を脱ぎ、居間を横切ると、続き和室に面した縁側があった。奥庭には豊かな植栽はもちろんのこと、小さな池まである。


「私の寝室はこの母屋の二階よ。何かあったらドアをノックして呼んでね。りょう子さんのお部屋は離れに用意したの。離れは二つあって……」


 説明が終わらない内に、ドタバタと騒がしい足音が前方から近づいてきた。


「ねぇ、名前は?」

「いくつ?」

「どこから来たの?」

「漢字読める?」


 矢継ぎ早に質問をまくしたてられて脳がついていかず、ぽかんと二つの同じ顔を見比べる。さっき窓から覗いていた子らだ。


「こら、びっくりしているじゃないの」女主人は接近してくる双子を押しとどめ、「ちょうどよかった。今から離れに行くところだったの。りょう子ちゃんといって、今日から一緒に住むわ。あなたたち自己紹介なさい」


「那智(なち)です!」

「未知(みち)です!」


 表情豊かな小粒な目、小粒な鼻、小粒な口や、切りそろえられたおかっぱの髪型は全く一緒で、着物の色以外、見分けがつかない。二つの小ぶりな体は飛び跳ねながら「部屋に案内してあげる!」と声を揃えて少女の腕を引っ張った。戸惑う少女に、女主人は笑いながら風呂敷を渡した。


「案内が終わったら三人で遊んでらっしゃい。お夕飯出来たら呼ぶわ」

「あ、あの……ありがとうございます、奥様」


「奥様ではないの。皆、華夜子(かよこ)と呼ぶわ。よろしくね、りょう子ちゃん」

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