束の間の休息
京都に着いた。東京から新幹線で二時間ちょっと。想像していたよりも遠い気がした。北海道に行ったときは、確か空港から空港で二時間かかってなかった気がする。まあ、飛行機と新幹線じゃ飛行機の方が早いのは当たり前か。
そんなことを思いつつ、京都の地に降り立った。
十一月下旬の京都は若干肌寒い。制服の中にセーターを着といてよかった。
生徒会長の新一と副会長の石川が先導して、氷山高校修学旅行生一行は待機場所に移動する。
「暫く待っててください!」
新一の大声が響き渡る。それにしても、新一は本当に大した生徒会長だと思う。いい意味で恥をしらない、堂々とした立ち振る舞い。少し抜けているところはあるけど、誰よりも熱くて真っ直ぐな姿勢。その姿勢を見ていると、俺が応援演説しなくても生徒会長になれたのではと今更だけど思ってしまう。それくらい今の新一は人を頼らなくなった。
しかし、そんな新一と比べて先生達は本当に動かない。生徒会のメンバーが駅員の人と話している間、先生達は待機場所の近くで京都の話に花を咲かせているだけ。少しは生徒会の力になってくれと思わず口を出したくなる。
そんな中、唯一協力的な先生がいた。三組の担任である飯島先生。飯島先生は新一達の後ろについて、熱心に仕事ぶりを見守っていた。流石教師生活二年目にして、担任の座を射止めただけはある。その熱心さだけは誰もが認めている。
「秋山君は何処か行きたいところある?」
新一達の方に視線を向けていた俺に、東條さんが話しかけてきた。
「いや、特にないけど。でも、コースって事前に決めたんじゃなかったっけ?」
「そうだよ。今日は
慈照寺って、確か銀閣寺のことだったっけ。
加茂御祖神社は全くわからない。
東條さんほどの京都好きは、難しい呼び方をするのかもしれない。
「その予定じゃ、あまり多くは回れそうにないもんね」
「一応、お土産とかのことを考えて自由時間を入れてるけど。もっと別の場所も回れると思うよ。例えば
「えっと……最初に決めたプランで俺は大丈夫だよ」
「ありがとう、秋山君。あ、美紀。結局今日なんだけど……」
藤川の元に行った東條さんは、本当に楽しそうにしていた。よほど京都が好きなのかもしれない。高木の言っていたことが頭に浮かんでくる。
「……秋山君」
「山中さん?」
さっきからずっと見かけていなかった山中さんが、俺の横に来ていた。
「今日なんだけど、たぶん日が出てる間に起こるかもしれない」
「えっ!」
突然の告白に虚を突かれた。
「昨日、予知夢について書いたノートを見返してたの。未来予報の夢って色がついてるって言ったでしょ?」
「うん」
「その時の色って明るかったの。だから、日が沈む前まで無事でいてくれれば」
「なるほど。っとなると、清水寺に行く辺りになるのかな?」
「……たぶん」
山中さんが頷く。
「了解。ありがとう」
お礼を言った俺に対して、山中さんは制服の袖を掴んできた。
「本当に……大丈夫?」
潤んだ瞳で俺を見てくる山中さん。
放送ブースの時以来かもしれない。こんなに近くで山中さんの目を見たのは。今にも泣きだしそうなくらい潤ませた瞳。普段見せない仕草が、すごく可愛かった。
「だ、大丈夫だよ。言ったでしょ。一緒に未来を変えようって」
「……うん」
あの時以来の笑顔を山中さんは見せてくれた。山中さんの笑顔を見ていると思う。本当に笑顔って素敵なんだなと。
「それじゃ、荷物を持って移動します。バスに荷物を預けたら、各クラスで決めた班で行動してください。午後七時までに宿に戻ってきてください」
さっきまで声を張り上げていた新一は、拡声器を使って指示を伝えていた。
一行はバス乗り場まで移動し、各クラスのバスに荷物を預ける。預けた荷物は、バスで今日泊まる宿まで運んでくれるらしい。とてもありがたいシステムだ。
荷物を預けた生徒達が新一の所に報告して、班ごとに散らばっていく。こうして初日から自由に行動できるのは氷山高校だからなのかもしれない。
新一が生徒会の仕事をしている間、俺達の班は待機状態になっていた。その間に俺は渡されていた生徒会特製の修学旅行のしおりに目を通す。
今回の修学旅行は三泊四日の予定で、今日は移動と班行動。二日目は団体行動。三日目は班行動。四日目は団体行動と移動となっている。とりあえず二日目以降の予定については、明日頭に入れようと思う。そもそも、今日のことで頭がいっぱいだ。
隣を見ると、藤川と一緒に会話をする東條さんが見えた。そしてその奥には山中さんがしおりに目を通している。
今のまま、何も起こらないことを祈る。今日はこうして祈る日々が続くかもしれない。
「ごめん。遅くなった」
新一がようやく仕事を終えて戻ってきた。
「お疲れ。生徒会、本当に大変だな」
「ああ。一応、各クラスに実行委員作ってもらってたんだけど、最終的には全て生徒会でやらないといけないから」
「もし二年生に生徒会いなかったらどうするんだよ?」
「さあ。今までそんなことなかったから考えてないでしょ」
新一は平気な顔を晒している。でも、内心はどうにかしたいはずだ。
「ほら、早く行こう」
「わかったよ、葵ちゃん。行こうぜ、大輔」
日が沈むまでの間に、俺は伝えるべきことを東條さんに言わないといけない。はっきりと言葉にしなければいけない。修学旅行はまだ始まったばかりだ。
哲学の道を歩いて紅葉を満喫した俺達は、銀閣寺を拝観してから次の目的地である
出町柳周辺は何といっても
こうしてカフェでランチを取るのは初めての経験だった。いかにも修学旅行って感じがする。
ゆったりとした時間が流れる中、東條さんが今後の予定を皆に伝える。
「それじゃ、今から自由時間ってことで。四時に鴨川デルタに集合ってことでいい?」
「いいよね。二人とも」
「いいぜ。なあ、大輔」
「うん。いいよ」
「山中さんも大丈夫?」
「…………」
藤川の問いかけに、山中さんは無言だった。だけど、しっかりと頷いていた。
「あ、ごめん。私、お手洗い行ってくるね」
そう言うと、東條さんは一旦席を外した。
「それじゃ、俺達もそろそろ――」
「ねえ。佐藤」
藤川は新一に視線を向けた。しきりに腕をさすっている。
「あ、あの……」
「何?」
「これからさ、一緒に回らない? お店とか、色々と」
藤川は顔を赤らめていた。藤川なりに新一との距離を縮めたいのだと思った。それに腕をさする仕草を見せている。慣れないことをする藤川の精一杯のアピールだ。
「行ってやれよ。新一」
そんな藤川に俺は助け船を出した。藤川は俺に視線を向けると、笑顔を作った。
「お、おう。まあ、俺も誘うつもりだったし……あ、山中さんはどうする?」
藤川の顔つきが一瞬で変わった。二人で行きたくて藤川は誘ったのに、その発言はまずい。新一は相変わらず空気が読めない。
「……一人でいたい」
か細い声で呟いた山中さんは、その言葉を最後に店から出て行ってしまった。空気を読んでくれたのか、本当に一人になりたかったのかはわからないけど、とりあえず目の前の藤川の表情が穏やかになっていた。
「それじゃ、行こうぜ。藤川」
「うん!」
語尾が上がった藤川の発言に、少しだけ笑いそうになった。だけど、その幸せそうな表情を見ていると、良かったなと思う。
「大輔」
「何だ?」
「お前も頑張れよ」
耳打ちをしてきた新一は、そのまま藤川と一緒に店を出て行った。
三人がいなくなって、周囲に静寂が訪れる。今までにぎやかだったのが嘘みたいだ。こうして昼下がりのカフェでのんびりできる。京都に来てこんな時間が来るとは思ってもみなかった。中学生の頃の自分は毎日こんな日々を過ごしていた。でも、当時とは状況が全然違う。当時はずっと一人のままだった。待っても誰も来てくれない。
でも、今は違う。俺には待つ友達ができた。心が動かされる人に出会えた。
東條さんはまだ戻ってこない。俺はしおりに付属されていた特製地図に目を通す。
生徒会の人達が作ったしおり。地図は引用しているけど、各名所に対してのポイントやオススメ等は全て手書きで、なかなか手の込んだ作りになっていた。
「この字……」
どこかで見たことがある字だった。几帳面さが十分伝わってくる達筆な文字。少し考えた俺は、直ぐにその字の持ち主を思い出す。
「吉田さんだ」
生徒会書記の吉田さんの字。以前、吉田さんが書いたノートの文字を見たことがあった。あの時も、吉田さんの達筆な文字に思わずため息を吐いた記憶が残っている。こうしてしおりに目を通している今も内容がするすると入ってくるのは、吉田さんの字のお蔭なのかもしれない。流石、生徒会書記を担っているだけはある。
そんな吉田さんが書いたオススメを見ていると、とある記載に目が留まった。
『毎月二十二日はショートケーキが出没』
ショートケーキが鴨川デルタに現れる。よくわからない記載だ。そういえば、今日は二十二日だった。もしかしたら吉田さんが調べて書いたのかもしれない。
とりあえず、今日一日の行動を再度確認しておく。午前中は京都駅から銀閣寺に行った。そして今は鴨川デルタ付近にいる。これから
「あれ?」
地図を指でなぞっていると、少しだけ気になることがあった。
今日のルートは東條さん主体で決めたはず。それなのに、今の俺達の行動は明らかに非効率だ。効率的に動くなら、京都駅から下鴨神社に行ってお昼を取る。そして鴨川デルタで過ごして銀閣寺に向かい、哲学の道を通って清水寺に行けばいい。
京都が大好きな東條さんなら、こんな非効率な予定は組まないんじゃないか。
「ごめんね。美紀達はどうしたの?」
考えすぎかもしれない。最近、考えることが多かった。だからこんなに深読みする癖がついてしまったんだ。新一みたいにシンプルに考えないと。
「秋山君?」
「あ、ごめん。えっと、藤川は新一と二人で回るって出て行ったよ。山中さんは一人でいたいって」
「そうなんだ」
「あのさ……」
「ん?」
新一達が作ってくれた機会。これを逃してはいけないと思う。
「東條さんさえ良ければ……これから一緒に回らない?」
「えっ!」
東條さんは俺の誘いに驚いているのか、きょとんとした目を晒していた。
「だめ……かな?」
頬が熱い。思わず東條さんから視線を逸らした。
「……うん。いいよ」
「あ、ありがとう」
東條さんと二人きりになれる。そう思うだけで、すごく胸がドキドキした。
「何処か行きたいところってある?」
「お土産は明日以降でも買えるし……」
お互いにしおりを見ながら行く場所を考える。でもこの近くで一時間ちょっとの時間をつぶすことを考えると、正直、鴨川デルタか下鴨神社くらいしか俺には思いつかなかった。
「下鴨神社に行く?」
「あ、うん。俺は問題ないよ」
「それじゃ、下鴨神社に決まりだね」
席を立った俺達は、お会計を済ませて店を出た。
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