未来予報の真実
帰りのホームルームが終わった直後。周囲の人達が部活に向かう中、俺は自席に座ったままでいた。徐々にクラス内から喧騒が消えていき、教室に残っているのは俺を含めて二人だけになる。未来予報の犯人は放送室に向かうと思っていた。だけど、暫くしても教室から一歩も動かなかった。その結果、現在の状況ができあがっている。
昨日まで犯人に気づくことができなかった。それは物理的に距離が近すぎたからなのかもしれない。いつも近くで見ていて、気になって仕方がなかったはずなのに。昨日まで俺はずっと気づけなかった。全然、犯人の気持ちなんてわかっていなかったのかもしれない。
「あのさ、今から話せないかな?」
「…………」
綺麗な黒髪で自分を守るようにして机に突っ伏している女子。こうして俺の話しを無視するところなんか、いつもと変わらない対応だった。それでも、今から俺が言うことには必ず反応をするはずだ。
「未来予報って山中さんが仕組んでるんだよね?」
言葉を放った瞬間だった。勢いよく椅子を引いた山中さんは立ち上がった。
そう、犯人は俺のお隣さん。
「何で……」
山中さんは目を見開いていた。
「昨日、放送部部長の西野先輩に放送室を案内してもらったんだ。その時、一枚のプリントを見せてもらった」
昨日もらったプリントを山中さんの前に出す。そこに書かれているのは放送部の当番表。名前の欄には山中さんの名前がはっきりと記されている。
「違う……私じゃ……ない」
認めたくないのか、山中さんは否定した。
「俺、未来予報について調べたんだ。新聞部の高木に、放送で未来予報の情報を手に入れたって聞いて。だから、放送部が怪しいと思った。うちの学校、放送に関しては放送部が全指揮権を持ってるから」
「…………」
山中さんは黙ったまま俺の話しを聞いていた。元々、あまり話さないからこれが普通なのかもしれないけど。
「とりあえず放送室に行こうよ」
「えっ?」
「帰りの仕事があるでしょ? 昨日、先輩に教えてもらったから知ってるんだ」
俺は席を立つと、教室を出た。
放送部でやるべきことがあるのは事実だ。だけど、それよりも教室で話し続けるのが嫌だった。できれば二人きりで話したい。誰かに聞かれたくなかった。
廊下で待っていると、暫くして山中さんも教室から出てきた。俺を一瞥すると、そのまま放送室に向かって歩いていく。
放送室までの間、互いに一言も会話を交わさなかった。話すことがなかったわけじゃない。今ここで話さなくてもいい。放送室に全ての答えがある。もしかしたら山中さんもそう思っているのかもしない。
山中さんが放送室の鍵を開けた。そして中へと入っていく。俺も山中さんの後に続いて中へと入る。放送室は昨日と変わらず閑散としていた。放送部以外の人が訪れることがないのだから、当然といえば当然なんだけど。
山中さんは荷物を置くと、奥の放送ブースに入るために鍵を開けた。やはり放送ブースの鍵は放送部の部員に渡されているみたいだ。
俺も放送ブースの中へと入ってく。山中さんは黙々と作業をしていた。何をしているかは理解できなかったけど、放送器具を色々といじっている。その姿を見ながら、俺は空いている椅子に腰を下ろした。すぐ隣で山中さんが仕事をこなしている。いつも寝てばかりの印象が強かったけど、意外にしっかりしているのかもしれない。
「どうして……」
低く憂いを帯びた声が放送ブース内に響いた。突然声を上げた山中さんは、決して俺の方に視線を向けてこなかった。
そんな山中さんに対して、俺は視線を向けて話した。
「さっき教室で見せたプリントに担当の曜日が書かれていた。二年生の担当は水曜日と木曜日。そして、未来予報の放送は水曜日の深夜に行われた。だから山中さんが一番怪しいと思ったんだ」
「でも……」
「でも?」
「……私以外の放送部の人だってできるはず。それに、私は深夜に学校に残ったことがない」
「うん。山中さんは深夜に学校にいなかった」
実際に俺は放送室を確認した。その時に放送ブースには誰もいなかった。
「なら、私は犯人じゃない」
山中さんの言うことは決して間違っていない。昨日までは俺だってわからなかった。でも、昨日調べてわかった。誰もいない放送室から放送を流すからくりに。未来予報をどうやって流したのかを。
「今から説明するよ。山中さんが、どうやって未来予報を放送したか」
「…………」
山中さんは黙り込んでしまった。
それにしても、こんなに饒舌に話す山中さんを俺は初めて見たかもしれない。普段からこうやって反発してくれればよかったのに。もっとたくさん会話をしていたら、色々と気づけたことがあったかもしれない。
俺は山中さんに視線を合わせて言った。
「山中さんはプログラムチャイムを使ったんだよね」
びくっと山中さんの身体が震えたのがわかった。俺はそのまま続ける。
「予鈴や授業の開始と終了の時になる音。あれって毎日同じ時間に定期的に流れるよね。だから、未来予報を流す時間に設定して放送を流せば、人がいなくても流せるはずなんだ」
「…………」
「それに、放送部はこうして放課後に必ず放送ブースに入ってる。未来予報の放送は今まで水曜日の深夜だった。水曜日の担当は二年生。二年生の放送部員は山中さんしかいない。一番未来予報を流すための準備をできるのは、山中さんしかいないんだよ」
「違う……」
「えっ?」
「……私はやってない」
「どうして。ここまで来て、否定するのはおかしいよ」
山中さんは俯いたまま、顔を上げなかった。
どうして必死に隠すのだろう。言葉にして話してくれれば、全て伝わるのに。
暫くして、山中さんは顔を上げた。そして俺に視線を向ける。
「プログラムチャイムの登録は全て埋まってるの。それに、上書きができないようにパスワードが掛けられている。だからプログラムチャイムは使えない」
それは俺も知らないことだった。
俺が言葉に詰まっていると、山中さんは証拠を見せると言ってプログラムチャイムをいじりだす。慣れた手つきでプログラムチャイムの登録一覧を呼び出していると思うと、手の動きが止まった。
「この登録を解除しようとすると」
目の前の液晶画面には『パスワードを入力してください』と表示があった。
「このパスワードを知ってるのは?」
「わからない。たぶん、先生の誰かが知ってる。私は知らない」
学校の機材ということは、業者が来て設置した可能性が高い。そうすると、業者の人に聞くのがいいのかもしれない。でも、パスワードは使用者が決めるはず。そうなると、学校の誰かが決めたはず。山中さんの言っていることは理に適っている。
でも、登録できなくても流す方法はある。昨日、俺は脳みそをフルに使って調べ上げたんだ。型番をインターネットで調べ仕様を見て、いろんな使い方を学んだ。だから、俺は言える。
「それなら、SDカードを使ったんじゃないのかな」
「…………」
「SDカードを使えば、家で録音データを作成できるから、手軽に仕込むことができる。もしくはカセットテープに仕込んで、外付けのCDラジカセのタイマー機能を使ったんじゃないのかな。ほら、後ろにあるよね。タイマー機能付きのラジカセ」
「…………」
放送ブースの中にはワイヤレス式のアンプやマイク、CDラジカセ等いろいろな放送器具が置いてあった。
「……でも、私以外の人でも放送部員ならできる。あらかじめ別の日に仕組んで帰ることだってできる」
必死に逃れようとする山中さんの言っていることは、決して間違ってない。今言った俺の方法は山中さん以外の誰でもできる。でも、俺は山中さんと断定できる理由を持っていた。
「俺、未来予報の放送で流れた声を聞いたんだ。実際に新一と深夜まで残って。その時の声は、確かに山中さんの声だった」
「…………」
「以前、放課後に教室で話したことがあるよね。あの時の声と同じだったんだ」
『どうして私に構うの?』
今でも思い出すことができる。低く憂いを帯びた声。放送で流れた声と同じだった。でも生の声は放送よりも高くて、耳に残るような透き通った声だった。
「それに、未来予報が載ってる新聞が掲載される日。いつも俺よりも早く学校に来てたよね。俺、ずっと不思議に思ってたんだ。いつも俺と同じか俺よりも遅く来ている山中さんが、その時だけ俺よりも早く学校に来ていることが」
俺よりも早く来ていた日は木曜日だった。木曜日は氷山通信の掲載日。その日にわざわざ早く来る理由があるとしたら。
「推測になるんだけど、山中さんはその日の朝、必ず放送室に行ってるんじゃないかな。そして、未来予報に使った道具の回収をしてた。違うかな?」
「…………」
たぶん、俺の言ったことは間違いじゃない。事実だと思う。
目の前の山中さんを見ていると、嫌でもわかってしまった。だって、山中さんの目から光るものが溢れていたから。
放送ブース内が静寂に包まれる。今まで話していたから気づかなかったけど、放送ブースってこんなにも静かなんだと実感させられる。
静寂に包まれた空間に、微かに響く呼吸音。山中さんは一向に話そうとしなかった。それでも、今日は聞きださないといけない。どうして未来予報を流したのか。どうやって未来予報を生み出しているのか。そのために、自分の気持ちをまずは言おうと思った。
「俺は未来予報なんてなくなればいいと思ってる」
「えっ……」
「だってさ、未来予報によって多くの生徒が被害を受けているんだ。知らなくていいことを知らされて、不安になる。そんなの間違ってるよ。未来予報なんて、皆を怖がらせるだけの道具にすぎな――」
「違う!」
俺の声を遮るように、山中さんは声を張った。
「伝えないと、駄目なの。伝えないと……」
「どうして? どうして山中さんは未来予報を伝えることにこだわるんだよ。言ってくれないと、俺にはわからない」
違うなら話してほしい。伝えたいなら、言ってほしい。どうして未来予報をする必要があったのか。山中さんの抱えているものを全てさらけ出してほしい。
「……私がやった」
ぼそっと呟いた声が聞こえた。山中さんがようやく自らの行為を認めてくれた。
でも、それはわかっていたこと。俺が知りたいのは、その先のこと。どうしても確かめないといけないことがある。
暫くの沈黙の後、山中さんが話し始めた。
「未来が……見えるの」
「未来?」
「……うん」
山中さんの声が震えている。
「予知夢……って知ってる?」
「予知夢……」
聞いたことがある。たしか、未来に起こる出来事を夢で見ることだ。
「私は夢で見た未来を、未来予報で伝えていた」
「夢で……未来を……」
「うん……それを私は予知夢って言ってるの」
山中さんの言っていることが理解できなかった。夢で未来を見る。たしかに予知夢かもしれない。
「でも、夢なんて誰でも見るわけで。こんなに的確に当たる予知夢を頻繁に見れるわけないと思う」
いくら予知夢を見れるからと言って、全て当てることができるのだろうか。それはあまりにも現実離れしすぎている。
「わかるんだよ……」
「えっ?」
「私が見る予知夢には、ある特徴があるの」
「特徴?」
ごくりと唾をのんだ。山中さんは何か持っている。未来予報を的確に当てる何かを。
「私の見る予知夢には……色がついてるの」
「色……」
「実際に未来に起こる夢はカラフルに色づいているの。それ以外の夢はモノクロなの」
山中さんは言った。俺は黙って続きを聞く。
「初めて未来が見えたのは中学三年生の頃だった。当時は見た夢が現実に起こってる実感がなかった。でも、あまりにも夢と酷似していることが多くなってきて。ある時を境に私はカラフルな夢だけノートに書きだしたの。すると、書きだした夢の内容すべてが現実になった。その時、私は未来が見えるんだと確信した。だから、新聞部の発表した未来予報の記事は間違いなく起こってしまう」
信じられない言葉が山中さんから次々と出てくる。山中さんが見る夢は予知夢の可能性が高くて、夢に色がついているからこそ確実に未来を予測できた。
「でも未来が見えるのに、私は救えなかった親友がいた」
「それって……」
「親友を殺したの」
「まさか……いや、でも……」
嘘だろって言いたかった。だけど、山中さんが嘘をついているようには見えなかった。ずっと俯いたまま、震える声をどうにかして絞り出している状態だったから。
「私は親友だった
「…………」
「私の……私のせいで……優子は……死んだ」
大粒の涙が山中さんの目から溢れ出ている。それでも声を振り絞るようにして、山中さんは続けた。
「優子は、私が未来を見れることを信じてくれていた。でも、周りの同級生は私が未来を見ることができるのを馬鹿にしてきた。それはわからなくなかった。だって、未来が見えるなんて馬鹿げてるでしょ。私だって簡単には信じられないことだと思う。それでも優子だけは信じてくれたの。私のことを馬鹿にせず、いつも一緒にいてくれた。でも、優子は私といることでいじめにあっていたの。私のことを庇ったせいで、いじめられていた。それに耐えられなくなって死んだって」
自分のせいで死んだ。大切な親友を死なせてしまった。未来が見えることは、想像以上に辛いことなのかもしれない。良いことばかり見れるわけではない。不幸なことも背負わなければいけない。今の俺には、山中さんにかける言葉が見つからなかった。
「優子は私のことを心からわかってくれる人だった。そんな大切な親友に、私は死ぬかもしれないって伝えることができなかった。未来が見えることを信じてくれたのに、優子に真実を告げることができなかった」
未来が見えていたのに、救えなかった。
「あの時の私は、見えている未来を伝えなかった。それで大切な親友を失った。もう、こんな思いしたくない。だから、私は伝える手段を探した」
「それが、新聞部だったんだ……」
「……うん」
山中さんはゆっくり頷いた。
「新聞部が目立ってないのは知ってた。高木君は一年生の時に同じクラスで、新聞部についてよくクラスで話していたから。その時に思いついたの。新聞部が広めてくれたらみんなに伝えることができる。それに、高木君の役にも立つと思ったから」
未来が見えることを信じるなんて、普通の人ならできないことだ。でも、山中さんは高木のスクープに対する熱い思いを逆に利用した。
「一年生の時も見えてたの?」
「うん。見えてた。でも、一年生の頃はあまり見ることがなかった。誰とも関わりをもたないようにしてたから」
「それって、山中さんと関わりが薄い人は未来予報の対象にならないってこと?」
「たぶんそうだと私は思ってる。この間の山田君やその前の上野君は、私と中学校が同じなの。二人とも私のこと知ってるかわからないけど、私は知ってた。未来予報に関係する人は私と関わりが深い人だと思ってる」
「なら、東條さんはどうなんだよ。東條さんとはそこまで――」
言いかけて、とある出来事が思い浮かんだ。修学旅行の班決めだ。あのときの東條さんは、誰も近づこうとしなかった山中さんに声をかけた。もしかしたら、その行動が山中さんの中で何かしら深く関わったと思わせたのかもしれない。
暫く沈黙が続いた。
山中さんはずっと俯いていた。静寂に包まれている放送ブースに、微かに鼻をすする音だけが聞こえる。そしてその音が聞こえなくなると、山中さんは顔を上げて俺を見てきた。
「私に関わると、誰かが傷つく予知夢を見るかもしれない。だから、私はずっと一人でいるの」
いつも一人で机に突っ伏している女子。それは他人と関わるのが嫌いなわけではなかった。未来予報の被害を少しでも減らそうとする、山中さんの精一杯の抵抗だったんだ。
でも、俺はどこか煮え切らない気持ちだった。山中さんは本当に一人になりたかったのだろうか。本当にこのままでいいのだろうか。
俺は椅子から立ち上がった。
「違う……山中さんは一人でいるのが怖いんだよ」
「何を……言うの……」
「山中さんは、今でも誰かに助けを求めてるんだ」
「そんなことない。私は、未来予報で誰かが傷つくのが一番嫌だった。誰かと関わることで、その人が傷つく可能性が高くなるから。だから私は一人で生きていきたいの」
「嘘つくなよ」
「嘘じゃない。私は、一人で――」
「それじゃ、どうして未来予報の声は山中さんの声だったんだよ」
「…………」
「声を変えて、未来予報を伝えることだってできたはずだ。なのにそれをしなかった」
「……違う」
「山中さんは、誰かに気づいてほしかったんだ」
「……違う」
「誰かに……誰かに助けを求め続けてたんだ」
「違う……っ!」
喉から絞り出すような、掠れた声が漏れた。大粒の涙が山中さんの頬を伝っている。
「ごめん……」
視界がにじんで見えた。自分でもどうしてかわからなかった。でも、急に胸が熱くなって、息ができないくらい苦しくなる。
そして、耐え切れなくなった。俺の目からぽたぽたと涙が落ちる。
「どうして……」
さっきまで泣いていた山中さんは、不思議そうに俺を見てくる。
「ごめん……」
謝罪の言葉しか出てこなかった。あふれる涙をどうにかしようと、乱れた呼吸を整える。
暫くして落ち着いた俺は、涙を拭ってから改めて山中さんを見た。
「ずっと隣で見てたのに……今日まで山中さんの声に気づけなかった」
「…………」
本当の自分を隠して生きなければいけないのは、どれだけ辛いことだろう。見たくもないはずの未来が見えて、大切な親友まで失った。山中さんは、親友の命を背負って今日まで生きてきたんだ。もし俺が同じ状況に陥ったら、山中さんみたいにできただろうか。想像しただけで震えが止まらない。俺は、ちっとも強くない。こうして泣くことしかできない弱い人間だ。
「でも、もうそんな思いはさせない」
握り拳を作る。手のひらに爪痕が残るくらい、力強く握った。そして、決意をした俺は山中さんと向かい合う。
「山中さんは、東條さんを救いたいんだよね?」
「……うん」
「その思いは、俺も一緒だよ。俺も東條さんを救いたい」
肯定の返事を聞くことができて良かった。俺と山中さんは未来予報をどうにかしたい、被害者をこれ以上出したくないという思いも一致している。ただ、一つを除いて。
「でも、俺は未来予報を皆に伝えるのは良くないと思う」
「……どうして?」
「三組の男子が骨折するって新聞に出たとき、三組の男子は怯えていた。もしかしたら自分が骨折するんじゃないかと。真剣に悩んでいた。それくらい、今の未来予報は信憑性があるから」
どんなに考えても、俺には皆を巻き込む必要はないと思った。もう、皆に伝える必要はないのだから。
「でも、一人で抱えたまま誰にも相談しないのも駄目だと思う。だからさ……」
新一を見て学んだ。俺だって昔はずっと一人だった。でも、未来予報という問題が生まれてから、一人ではどうにもできないことが増えていった。誰かに聞かないとわからないことが沢山あった。だからこそわかる。今の俺にできること。目の前の、山中さんにできること。
「俺に相談してよ。そして、一緒に未来を変えようよ」
骨折の時だって、高木の記事が未来を変えるきっかけになった。絶対に変わらないはずの未来がほんの少しだけ変わった。だから、東條さんの未来だって変えることができるかもしれない。
「怖くないの?」
「怖い?」
「だって、私と関わると未来予報で死ぬかもしれないんだよ?」
「……確かに死ぬのは怖いと思う。でも……」
でも、俺はそれよりも怖いことがある。
「目の前で苦しんでいる山中さんを救えない方が、俺は怖いよ」
一人で抱え込んでいる姿を思い出すだけで、涙が出そうになる。ずっと一人で突っ伏していた山中さんのことを考えるだけで、気づいてやれなかった自分に腹が立った。
「俺、我儘なんだよ。誰かが傷つくのを見てられない。だから、山中さんの重荷を背負いたい」
お節介。
そう新一に言われたことがある。結局、その通りなのかもしれない。俺は自分勝手の最低野郎だ。自分の目の前で傷つく人を見たくない。そのために誰かを助けたいと思っている。はっきり言ってエゴに過ぎない。
でも、何もできずに終わるのはエゴとかそういう気持ち以前に耐えられない。目の前の山中さんを救って、東條さんも救う。それが一番の正解だとしたら、俺はそれを手にしたい。
「秋山君って……馬鹿なんだね」
「ば、馬鹿って……うん。そうかもしれない」
新一に言われていたら、血の気が上がるようなセリフも、今なら十分納得できた。
「でも、馬鹿も悪くないと思う」
山中さんは立ち上がると、俺に視線を向けて言った。
「秋山君が助けてくれるなら……信じてみようかな」
初めて見たかもしれない。目の前の山中さんが笑っているところを。最高の笑顔を作ってくれていた。
「うん。未来を変えて不幸なことが起こらない、皆の笑顔が咲き乱れる学校を作ろう」
新一の理想とする学校。
新一が求めていた理想の学校像は、本当に求めるべき姿なのかもしれない。
だって山中さんの笑顔を見れただけで、今の俺はこんなにも満たされた気分になれたのだから。
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