本当の気持ち

 午後七時。

 十一月下旬のこの時間帯、校内はすっぽりと闇に包まれていた。

 新聞部の部室前に戻ってきた俺は、結果を報告するためにドアを開けた。


「どうだった。大輔?」


 俺の顔を窺う新一達に、さっきあった出来事を事細かに伝えた。未来予報は山中さんが仕組んだことだった。未来予報は山中さんの予知夢から生まれた。防ぐ手段はわからない。


「そっか……犯人は山中さんだったんだ」

「ああ。でも、俺達に協力してくれるって言ってくれた。今日はもう帰っちゃったけど」


 放送室での話し合いの後、山中さんは俺と一緒に部室に来なかった。色々と整理したいことがあると本人は言っていた。でも、それは山中さんなりの判断だと俺は思った。これ以上、深く関わることで誰かを巻き込みたくない。その思いを、俺は尊重した。


「とりあえず、これで明日は未来予報なしの記事でいいんだよな?」

「ああ。掲載しなくて大丈夫」

「よかったな、高木。今日はもう帰れそうじゃん」


 新一が高木に話を振った。そういえば、高木に言っていたことがある。


「秋山」

「新聞終わった?」

「ばっちりだ。念のため、未来予報のバージョンも作ったけどな」

「作らなくていいって言ったのに……」


 抜かりはない。高木はどんな結果になろうと、しっかりと自分の仕事をこなしていた。


「それより、葵のことについてだ」


 一難去ってまた一難。むしろ、東條さんの死をどうやって救うかの方が大切になってくる。


「山中さんの話だと、今まで見た予知夢は絶対に外れないって」

「くそっ」


 高木は地団駄踏んで悔しがっている。


「でも、俺は高木がこの間やった対応が一番可能性あると思う」

「この間やったことって?」

「新一も知ってるだろ? 骨折する未来予報が出た時に、三組の男子の危機感を抱かせた」


 あの時の予言は骨折ではなく、正式には不全骨折だった。必ず当たる未来予報が少しずれた方向に遷移した。


「決して未来を変えられないわけじゃないと思うんだ。俺達の働きかけで、未来は変わる」

「なるほど。例えば、修学旅行に葵を連れていかないって手もあるな」

「それ、いいんじゃね。なあ、大輔」


 二人の言ってることは確かに良い案だと思う。でも、山中さんの見た未来が本当に起こるなら。


「……危険だと思う」

「どうしてだよ?」


 小首を傾げる新一に向け、俺は説明をする。


「あからさまに状況を変えるのは、よくないと思う。もし修学旅行に行かないとして、俺達がいない間に東條さんに何かあったら、助けようがない。余計に難しくなると思う。修学旅行先でどうするかを考えた方がいいと思う」

「秋山に賛成だな。骨折の時も、変えたのは皆の意識だけだからな」

「そうだよな。何か、二人の言ってることが正しいと思ってきたぜ」


 正しいかはわからない。でも、決まっている未来をむやみに変えたくないだけだ。


「それに、新一は生徒会長だろ。修学旅行でやらないといけないことって、沢山あるんじゃないのか?」

「そうだった。俺、大輔に言わないといけないことがある」

「何?」

「俺、生徒会の仕事で修学旅行中はサポートできないと思う。もちろん、石川も」


 氷山高校の修学旅行は、生徒会に全ての権利がある。先生方は本当の緊急時にしか動かないらしい。そのため、毎年二年生の生徒会役員は修学旅行の時が一番忙しくなるみたいだ。


「だから、大輔。後は頼んだぜ」 


 俺の肩に手を置いた新一は、自分のスマホを操作し始めた。


「やべっ、石川からだ。俺、生徒会室行ってくる」

「今から?」

「修学旅行前は忙しいんだよ。このこと、石川に伝えとくから」


 そう言い残して、新一は新聞部の部室を出て行った。生徒会室は近いはずなのに、石川はスマホで伝えてきた。動けないほど忙しいのかもしれない。


「あのさ、秋山」

「何?」

「落合が聞きたいことがあるらしい」

「えっ?」


 そういえば、落合さんがいたことをすっかり忘れていた。いつも黙ったままだから、いたことに気づかなかった。


「……ど、どうしてってってっ……放送を聞けたんですか?」

「放送?」

「えっと……」


 落合さんは必死に言葉を出そうとしている。だけど、俺にはさっぱりだ。何が言いたいのかわからない。


「えっとだな。実は未来予報の放送が流れる前に、落合に各教室の放送のボリュームが下がっているか確かめさせてたんだ。万が一、誰か残っていた時にスクープじゃないと言われるのが嫌だったから」


 高木がまさかそこまで手を回しているとは思わなかった。スクープに対する情熱は本当に認めざるを得ない。


「ああ。あの時は生徒会室にいたんだよ。ずっと新聞部を監視してたんだ。その時に放送が流れたんだ」


 あの時は正直ぞっとした。鍵をかけていなかったら落合さんに見つかるところだったから。


「そ、そうだったんだ……ごめんなさい」

「えっ、謝るところかな?」


 正直いくら部長が高木だからといって、そこまで従う必要はないと思うのは俺の間違いだろうか。そうでないことを祈りたかった。


「まあ、結果的にはこうして協力することになったんだ。とりあえず、結果オーライだな」

「そ、そうだね」


 高木はもう少し部員の扱い方に気を使った方がいいと俺は思う。


「葵のこと、頼んだ」

「高木……」


 俺に向かって突然頭を下げてきた高木は、そのままの姿勢で話を続けた。


「葵は昔から俺の後ろをついてきた。本当に可愛い奴だった。でも、昔からずっと黙っているばかりで自分を出さない人間でもあった。俺はそんな葵を見てきた。だから、俺が守ってやると心のどこかで思っていたんだと思う。でも、お前らとつるんで葵は変わった。昔みたいに俺の後ろに隠れることがなくなった。一人の力で進むことができるようになった」


 顔を上げた高木は、俺の目を真っ直ぐ見てきた。そして言った。


「俺は葵が大好きだ。もちろん一人の女性として好きだ」


 突然の告白に、俺は言葉を失った。まさか、高木が東條さんのことが好きだったとは。でも、そんな気はしていた。だって、お互い下の名前で呼び合う仲だ。昔から高木のことを東條さんが慕っているのだとしたら。

 胸が疼いた。行き場のない痛みがずっと胸にとどまっている。


「そ、それって……」

「でも、たぶん葵はお前のことが好きだ」

「…………えっ?」


 高木の発言に、頭が完全に真っ白になった。そんな俺を気にすることなく、高木は話しを続ける。


「葵は、お前らと出会って変わった。藤川という最高の親友を見つけることができた。でも、葵にとって一番大きかったのはお前なんだよ。秋山」

「俺……」

「高校入学以来、いつも俺の隣で葵が話すのは藤川のことだった。でも、必ず秋山の話もしてきたんだ。本当に楽しそうに。あんなに笑う葵を見たのは初めてだった」


 高木はぎゅっと握り拳を作った。


「俺は葵が好きだ。だから今回の未来予報で葵の名前が出たとき、正気でいられなかった。でも、そんな時にお前が俺達の前に現れた」


 そこまで言うと、高木は握っていた拳を開いた。そして、俺に向けて開いた手を差し伸べてきた。


「これも何かの縁だと思う。だから、葵の今後をお前に託したい。どうか葵を救ってやってくれ。葵を守ってほしい」


 新一にも以前言われたことがあった。東條さんは俺のことが好きだと。でも、俺がはっきりしていなかった。本当の気持ちが、わからなかったから。

 東條さんを救いたい。死なせたくない。その思いは絶対にある。

 それは、大切な友達だからなのか。

 さっき疼いた気持ちこそ本当の気持ちなのか。


「……ああ」


 今の俺には東條さんを救う。

 それしか見えていないのかもしれない。

 でも、たぶんそういうことなのだろう。

 

 俺の本当の気持ちは。

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