未来予報発生③
十一時半を過ぎた。
正直この時間まで残るとは思ってもみなかった。瞼が重い。こんな長期戦になるなら、昨日たくさん寝ておくべきだったと後悔している自分がいる。
「なあ、大輔」
話しかけてくる新一の顔も元気が無いように見えた。これだけ退屈な時間が続けば、流石に元気が取り柄の新一も限界が近いみたいだ。
「何?」
「少し、話したいことがあってさ」
元気がなかった新一の顔つきが変わった。
「暇つぶしになるし、聞いてやるよ」
顔は新聞部の部室前に向けたまま、俺は新一に付き合うことにする。
「お前の好きな人ってどっちなんだ?」
「い、いきなり何を言い出すんだよ」
意外な話に動揺を隠せなかった。思わず新一に視線を向ける。
「葵ちゃん。たぶん、大輔のこと好きだぜ」
「そ、そうか」
頬が熱を帯びているのが自分でもわかった。
最近、東條さんのことは気になっていた。俺自身、それについては自覚がある。自分にとって、掴みようのない悩みの一つとして棚上げにしていた問題だったから。
「でも大輔は葵ちゃんが好きなのか、俺にはわからないんだよ」
「どうして?」
「だってさ、お前……」
新一は一呼吸置いてから、言い放った。
「葵ちゃんじゃなくて、山中さんばかり見てる気がするんだ」
言われて直ぐに否定することができなかった。確かに新一の言う通り、俺は山中さんが気になっているのかもしれない。
「まあ、大輔はおせっかいなところがあるから、別に変じゃないと思うけどよ。でも、気になってるのは事実なんだろ?」
「それは……そうだけどさ。でも、好きとかそういう感情で見てるわけじゃなくて」
そもそも、山中さんのことが気になったのはいつも一人でいたからだ。クラスの皆からいないように扱われている態度。決して嫌がっているわけではなく、本当に一人になりたそうに突っ伏している姿。どこか、中学生の頃の自分と類似している気がした。だからこそ気になって仕方がない。
「と、とにかく。山中さんは恋愛とかの対象で見てないから」
「ま、それならいいけど」
何がいいのかさっぱりわからなかった。でも、こうして言われると色々と考えさせられる。最近、東條さんとの会話で今まで感じたことのない気持ちを抱くことが多かった。ふとした言葉にドキドキしたり、頭の中から東條さんのことがはなれなかったり。いろんなところで東條さんの行動と発言が気になって仕方がなかった。
特に最近だと、教室での修学旅行の班決めだ。誰も手を差し伸べようとしなかった山中さんに対して、東條さんは俺よりも積極的に近づいた。誰も望まない孤独から、引きずるようにして救いの手を差し伸べた。その姿は、俺を救ってくれた新一のようだった。自分がやるしかないと思って決意したことを、東條さんは簡単にやり遂げて見せた。その屈託のない笑顔は今でも脳裏に焼きついている。こんなにも気になるってことは、やっぱり俺は……。
ガラガラ。
ドアを開ける音が廊下に響いた。俺と新一は、新聞部の部室前に視線を向ける。部室から出てきたのは、新聞部の部員で気の弱そうな性格をしていた落合さんだった。落合さんもさっきの女子と同じく、俺達の方に近づいてくる。
「新一。一旦、生徒会室だ」
「おう」
俺達は生徒会室に戻り、さっきと同じように鍵を閉める。足音が徐々に近づいてくるのがわかる。
「どうするんだよ。これから」
小声で新一が話しかけてくる。
「とりあえず、尾行かな。何か起こるのかもしれないし」
「またかよ。でも、さっき楽しかったからな。人を尾行する遊びって面白いんじゃないか」
「馬鹿なこと言うな。お前、小学生を尾行したら捕まるぞ」
「へへっ、特に女子を狙ったら本当に怪し――」
ガンッ!
突然、ドアが音を上げた。思わず俺は口に手を当てる。新一も同じく自分の口に手を当てていた。
ガタガタ。
何度も開けようとしているのか、そのたびにドアが悲鳴を上げる。俺達は黙ったまま、過ぎ去るのを待つしかなかった。
暫くして、足音が遠ざかっていく。それを機に俺達はガラスを通して外を窺う。そこから見えたのは、新聞部の部員である落合さんの後姿だった。
「……行ったか?」
「ああ。行ったみたいだ」
「よ、よかった。鍵掛けといて正解だわ」
「ってか、毎回鍵掛けて帰ってるんだろ? むしろ掛かってないと、落合さんに怪しまれるところだった」
新一の危機感の薄さは、相変わらずだ。
「でも、どうして落合さんは生徒会室を見に来たんだ?」
「もしかして、俺達の行動がばれたとか?」
「それはないだろ。だって、ずっと気づかれないようにしてたんだから……ってもしかして」
「お、何か気づいたのか大輔?」
今まで新聞部に知られないように監視してきた。俺は今まで見つかった記憶がない。でも、もし可能性があるとしたら。
「新一。お前、さっきの尾行の時に見つかったんじゃないか? それ以外考えられないんだけど」
「いや、俺は見つかってないから。誤解だって」
「いーや。お前はいつもへらへらしてるからな。だから知らないうちに見つかるんだよ」
「ふざけるなよ。いくら大輔でも今の発言はないぜ」
お互い頭に血が上っていたのかもしれない。もうすぐ一日が終わる時間になるというのに、熱を帯びた言葉を言い合った。決して大声は出さずに小声で。
「と、とにかく、今は落合さんを追いかけないと」
「……わかったよ。でも、ちょっと時間経ちすぎたな。追えるか不安だぜ」
そういった新一は、ドアを開けようと手をかける。
瞬間、足音が聞こえた。新一も気づいたみたいで、咄嗟にドアに背中をつける。そして、俺達二人はガラス越しに廊下を眺めた。暫くして、落合さんがそのまま通り過ぎるのが確認できた。
「とりあえず、何もなさそうだな」
ほっと息を吐くも、さっきの落合さんの行動が気になって仕方がなかった。トイレなら、わざわざこっちに来る必要がない。それにさっきみたいに生徒会室のドアを開ける必要もないはずだ。でも、落合さんは生徒会室を見に来た。何かしようとしていたことに違いない。
「そろそろ十二時だ」
新一がスマホを片手に囁く。真っ暗な生徒会室に広がるスマホ画面の光彩は、モノクロの世界に微かな色を生み出している。その明かりは今の俺に元気を与えてくれる気がした。
結局、このまま何も起こらずに終わってしまうのかもしれない。新聞部がいつ帰るのかもわからない現状、未来予報について聞きだすこともできない。
「大輔。そろそろ廊下出ようぜ。新聞部も流石に帰るかもしれないし」
「……ああ」
納得できなかったけど、これ以上はどうしようもできないと思った。このまま何も起こらないと思って、直接聞きだす方法を取るしかないのかもしれない。
「石川からどうなったって連絡きたんだけど」
「そうだな……まだ状況に変化なしって送るしかないよ」
「だよな。とりあえず送るわ」
スマホをいじる新一を待つ。その間、目を閉じて冷静に考えてみる。
今日の目的は未来予報の真相を掴むこと。これ以上悲劇を起こさないためにも、念入りに話し込んで対策を考えた。だからこそわかる。今日を逃すと、未来予報について知る機会はもう来ないかもしれない。
「よし、行こうぜ」
新一はゆっくりとドアを開けた。
閉じていた目を開けた俺も決意を固めた。たとえ最悪なパターンでも、少しでも可能性がある方にかけようと。その気持ちを胸に、生徒会室から一歩出た瞬間だった。
『今から未来予報について話します』
突然、生徒会室の方から声が聞こえてきた。思わず俺は振り返る。でも、当然ながら生徒会室には誰もいない。
「大輔……これって」
新一の言いたいことはわかる。俺だって何が起きたのか理解できなかった。
「とりあえず、生徒会室に戻ろう」
「ああ」
一旦、踏みだした足を引き戻す。踵を返した俺達は、真っ暗な生徒会室に再度入る。
さっき聞こえた声は肉声ではなかった。少しこもった声をしていた。生徒会室から聞こえているわけではなかった。この声は――。
『十一月二十二日に、二年二組の東條葵は修学旅行先で亡くなる』
機械じみた声を聞いた瞬間、ぞっとした。
血の気が一気に引いた。
そして、考えるよりも身体が先に動いていた。
俺は生徒会室を飛び出していた。
無我夢中で階段を駆け下りた。聞こえてきた声が頭から離れないでこびりついている。
信じたくなかった。
誰かに嘘だと言ってほしかった。
何かの間違いだと信じたかった。
息が乱れる中、ようやくたどり着いたのは一階にある放送室。
未来予報の正体をとうとう突き止めた。ずっと待っていても来なかったわけだ。だって、犯人はここ、放送室にいるのだから。
呼吸を整え、ドアノブに手をかける。
ガンッ!
鍵がかかっていた。犯人は鍵をかけたまま閉じこもっている。
ふと耳をすましてみる。普通なら放送音は聞こえるはずなのに、どこからも聞こえてこない。何かがおかしかった。生徒会室では聞こえた放送が一階では流れていないみたいだ。
でも、誰かが流しているはずだ。音声を聞いたんだ。この先に、誰かが必ずいるはず。
「ここを開けてくれ。話がしたい。どうしてこんな放送をしたんだ」
ドアをノックしながら話しかけるも、中から人が出てくる気配はなかった。
放送中だから手が離せないのか? そんな考えが頭をよぎる。それでもこれだけ強くノックをしているのだから、気づかないはずがないと思う。
ブーブー。
スマホが震えた。新一からの電話だ。そういえば、生徒会室に置き去りにしてしまった。
「新――」
『大輔! 高木にバレた。お前、今何処にいるんだ?』
「ほ、放送室の前だけど」
『放送室だな。今から――』
『放送室には行くな!』
雑音の後に聞こえてきた大きな声。新聞部部長の高木の声だった。
「た、高木か。どういうことだ」
『放送室にこれ以上近づくな。中を決して覗くな。わかったな!』
怒号のような声を残して電話は切れた。高木は何をそこまで焦っているのか。俺には到底理解できなかった。
でも、もしこのまま犯人が逃げたりしたらそれこそ本末転倒だ。俺達が知りたかった未来予報の真実をみすみす逃すことになってしまう。高木に従う必要はない。これは、俺達生徒会側に訪れた一世一代のチャンスなのだから。
放送室の目の前は職員室。職員室には放送室のスペアキーがある。
冷静に考えた俺は、職員室のドアに手をかける。
ガラガラ。
鍵は掛かっていなかった。入れないと思っていた俺は、思わず腰が抜けそうになる。それにしても先生達は危機意識が低すぎる。いくら生徒の自主性を尊重しているからと言って、教師としてやらなくてはいけない義務を果たさなすぎだと思う。
そんなことを考えつつ、職員室の鍵保管場所に歩を進める。鍵は壁にかけられており、直ぐに入手することができた。未だに放送室から人が出てくる気配がない。
そのまま職員室を出て放送室前に移動した俺は、鍵を鍵穴に入れてひねった。
ガチャ。
開いたのを確認してから、ドアノブをひねる。そしてそのまま開いたドアを押していく。
ついに、真相に辿り着ける。そう思った矢先、遠くから小刻みな足音が聞こえた。
「秋山!」
高木が必死の形相でこっちに向かってくるのが見えた。電話口でも、ものすごくヒートアップしていた高木のことだ。見られたくないものが放送室にあるに違いない。
俺は高木が到着する前に、放送室の中に入った。
「えっ……」
目の前の光景に、思わず声が出てしまった。
誰か人がいると思っていたから、余計に目の前の状況が理解できなかった。
放送室内は真っ暗だった。人がいる気配が一切ない。
「どういうことだ……」
駆け寄ってきた高木が、中の様子を見て動揺している。
「どういうことって、高木は何か知ってるんだろ?」
「し、知らない。俺は、そんな……それじゃ、今まで誰と……」
高木の目が泳いでいる。そんな高木を横目に、俺は放送室の電気をつけた。
放送室はパーティションで二部屋に分かれていた。今俺がいる入口のある部屋は、待機室として利用されているみたいだ。壁際を囲むようにソファが置いてあり、真ん中には机が設えてある。そして、奥の部屋は放送ブースになっていた。様々な放送道具が置かれているのがわかる。その様子がわかったのも、壁半分がガラス張りになっていたから。さらにドアもついている。完全に放送ブースとして確立した部屋が奥にあった。
「高木、答えてくれ。さっきの放送は何だよ? その、東條さんが……亡くなるって」
「……さっきの放送。聞いたんだな」
「うん。だから俺はここにいる」
「……ここまで知られたなら、お前らにも本当のことを言うしかない」
高木はそのまま踵を返して、放送室を離れていく。
「おい。何処に行くんだよ」
「新聞部の部室だ。俺の知っていることをすべて話す」
そう言い残して高木は新聞部の部室に戻っていく。そんな高木と入れ替わるように、新一がやってきた。
「大輔。高木、どっか行っちゃうぜ」
「新聞部の部室ですべて話すって。俺達も向かおう」
「わかったけど……放送って結局誰がやってたんだ?」
「誰もいなかった」
「えっ?」
「誰もいなかったんだよ。見ればわかるだろ」
放送室には、俺達以外の人間はいなかった。
「奥のブースには誰かいたのか?」
「いや、まだ詳しく見てないけど」
新一は俺の返答を聞くとそのまま放送室に入り、奥のブースのドアノブを回す。
「……駄目だ。鍵が掛かってる。大輔、鍵貸してくれ」
「鍵って、もうないよ」
「えっ?」
「放送室の鍵は、一つしかないから」
職員室から取ってきた場所に、放送室の鍵は一つしかなかった。
「同じなんじゃね?」
俺から鍵を奪った新一は、鍵穴に鍵を入れようとする。
「……駄目だ。合わない」
「たぶん、俺達じゃ入れない。鍵を持ってる人が別にいるはずだよ」
そうだとしても、窓もついていない密室状態の放送ブースから、どうして放送を流すことができたのだろう。
「とりあえず、高木に話を聞けるってことだよな?」
「うん。高木は俺に話すって言った。とりあえず戻ろう」
今は高木の話を聞くしかない。
未来予報の真実。それと、放送で流れたことについて。
俺が思っている最悪な状況にならないことを願いつつ、放送室を後にした。
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