新聞部と未来予報
新聞部の部室は、以前入った時と同じで全く変わっていなかった。机を四つ合わせて拡張した台が真ん中に置いてあり、その周りに椅子が四脚置かれている。そして壁際には放送室でもみかけたソファが一つ設えてあった。
新聞部の部室に来た俺と新一は、机を挟んで向かい合う形で高木と落合さんと対峙した。これから生徒会側と新聞部側。双方の話し合いが始まる。
「とりあえず、高木に聞きたい。あの放送はいったい何?」
「……未来予報の正体だ」
「もっと詳しく教えてくれ」
曖昧な答えなど期待していなかった。今は一刻も早く未来予報の正体を知りたい。
「未来予報は、さっきお前らが聞いた放送を元に記事を作っていた」
「それって……」
「今までの予報は、あの放送があったからこそ実現できたんだ」
「何、言ってるんだよ……」
高木の言っていることを理解したくなかった。認めたくなかった。もし認めたら、さっきの放送で言っていたことは。
「それじゃ、東條さんは。東條さんはどうなるんだよ!」
身を乗り出して、高木の胸倉をつかんだ。
「葵は……十一月二十二日に死ぬかもしれない」
「ふざけるなよ!」
胸倉を掴んでいた手に力が入った。
「お前らの仕組んだ未来予報で、人が死ぬかもしれないんだぞ。俺達は言い続けてきたよな。あんな真似はやめろって。お前らのせいで被害者が出てるって」
「…………」
高木は何も話そうとしない。まだわかっていないみたいだ。
「どうしてお前らの茶番のせいで、被害を受けないといけない生徒がいるんだよ」
「茶番じゃないって言ってるだろ!」
高木が俺の手を振りほどく。思いっきり力が入っていた。
「俺達はこの放送を皆に伝えないといけなかった。命がけで新聞にしてたんだ。こうして深夜まで残って聞かないといけなかったんだ」
「何が命がけだ。ふざけるな。お前らは新聞を書いて笑っていただけだろ。放送で流れたことが未来予報の正体? ふざけすぎだ。そんなの誰が信じるんだ――」
「大輔!」
パンッ。
「落ち着け」
目の前には新一がいた。叩かれた頬を徐々に痛みが襲う。
「いいから、落ち着け」
ようやく新一の声が聞こえた。
そうだ、落ち着かないといけない。俺が切れたって意味のないことだ。高木を攻めたってどうしようもない。
「ごめん。高木。大輔の奴、血の気が多かったみたいだ。滅多に切れる奴じゃないから、わかってほしい。突然のことで動揺してるだけなんだよ」
新一がその場をなだめた。そして俺の代わりに質問を続ける。
「それで、放送によって未来予報の情報が流れるってことでいいんだよな?」
「……ああ」
高木は頷いた。
「それなら、どうして放送室には誰もいなかったんだ? そこがわからないと、まだ俺達は新聞部が何か隠していると疑うしかない。そうだろ、大輔」
「……うん」
新一が俺の言いたいことを代弁してくれた。本当、頼りになるやつだ。
高木はずれた眼鏡を直してから言った。
「放送室に人がいないのは、俺も本当に知らなかったんだ」
「……どういうことだ?」
落ち着きを取り戻した俺は、高木に聞き返した。
「最初の放送の時に、俺は二つの条件を出されていたんだ」
「条件って何だよ?」
高木は俺から視線を逸らす。そんなに言いたくないことなのか。
暫くの沈黙の後、高木がゆっくりと口を開いた。
「一つ目は決して放送室には近づかないこと。そして、二つ目は放送の内容を必ず全校生徒に伝えることが条件だった」
「何か、とても簡単な条件だな」
「俺も最初は佐藤と同じ気持ちだった。だからその条件に従った。そして、結果は知っての通り」
「つまり高木は条件に従って、放送室には一度も足を運んでないってことだな?」
「ああ。だから、放送室を見た時に驚いたんだ。どうして誰もいないんだって。俺はいったい誰の放送を聞いてたんだって。さっきは言葉が出なかった」
高木は本当に知らなかったみたいだ。
「高木はどうして、未来予報をやめなかったんだ?」
新一が聞くと、高木は眉根を寄せた。
「実は二つ目の条件には続きがあるんだ」
「「続き?」」
「もし記事にして伝えることをしなかったら、最悪な事態が起こるって宣言されたんだ」
「最悪な事態って……」
「最悪な事態が何かは未だにわからない。だけど、もし記事にすることをやめたら最悪な事態に巻き込まれるかもしれない。俺だけじゃなく記事の作成に関わっている部員や、未来予報を見てくれる全校生徒が。だから俺は記事にすることをやめなかった。やめられなかったんだ」
精神的にも高木は追い詰められていた。だからこそ、高木は命がけと言っていた。もし伝えることをやめてしまったら、責任が取れないから。あまりにも大きい代償を支払わなければいけなかったから。
「未来予報って今年の四月からだったよな。高木はどうやって未来予報の存在を知ったんだ?」
「きっかけは一通の手紙だった」
「手紙?」
「俺の下駄箱に、手紙が入ってたんだ」
高木はゆっくりと頷く。そして、話を続けた。
「手紙には『真夜中の校内放送でスクープになる話を聞ける』と書いてあった。気になった俺は、新聞部の部室に残ったんだ。放送の音量をフルにしてずっと待っていた。そして手紙に書かれていた通り、真夜中を迎えた時に放送が流れた」
「それが、未来予報の始まりだったんだな」
「ああ。その日以来、未来予報の放送がある日は俺の下駄箱に手紙が置かれるようになった。本当は手紙なんて無視すればよかったのかもしれない。だけど新聞部にはスクープが必要だった。とにかく皆が興味を持ってくれて、楽しんでくれる話題を探してたから。だからこそ俺はもらった手紙に賭けた。もし未来を予知できる新聞があったら、生徒が食いつくと思って」
高木は本気だったんだ。皆を楽しませたい気持ちでいっぱいだった。だからこそ、スクープを求めていた。
「でも、最近の未来予報は悪い方向に行くばかり。秋山や佐藤が言いたいことは、俺だってわかってるつもりだ。でも、俺達は伝え続けないといけなかった。それだけはわかってほしい」
高木は洗いざらい、すべてを吐いたはず。これ以上、俺には高木を攻める権利はなかった。
「あのさ、高木に一つ質問」
「何だ? 佐藤」
「さっきの放送って、未来予報の日付も言ってなかったか?」
新一の言う通りだ。さっきの放送では確かに日付を言っていた。
「もしかして、今までの未来予報も起こる日はわかってたのか?」
「ああ。佐藤の言う通り、わかってた。でも、日付は伝えなくてもいいと俺は思った。実際に俺達は、聞いた情報をそのまま記事にしているわけじゃない」
それは高木が言っていた配慮だったのだろう。財布が盗まれる記事で匿名にしたり、山田の骨折の時もクラスだけ教えるようにしたり。色々と伝えるべき情報を微妙に変えていた。
「でも、どうして日付は教えなかったんだ?」
「日付に関しては、最初の未来予報から載せないって決めてた。もし日付まで当ててしまったら、逆に危ない記事だと思われる可能性があったから」
伝えるべきこと、伝えなくて良いことの区別が高木の中にあるのだろう。
「それに、いつ起こるかわからない。はらはらする気持ちって大事だと思うんだ。エンターテイメントっていうのかな。俺は新聞にテレビやゲーム、マンガや小説みたいなわくわくするものをもっと盛り込んでいきたいと常に思ってる。だからこそ、未来予報には無駄な情報は載せたくなかったんだ」
記者として自分の哲学を持っている高木は、本当に楽しめる新聞を考えていたのかもしれない。
「そういえば、俺も聞きたいことがある」
「何だ?」
以前、新一が調べた情報の中で一つだけわかっていないことがあった。
「未来予報の対象になった人は、記事に書かれていないことも新聞部から教えてもらえるって聞いた。それって本当なのか?」
「それは事実だ。俺達は知っての通り、未来予報に関するすべての情報を手にしていた。だからこそ、対象となる人物が直接聞いてきた場合は、助けようと思ってた」
「今まで聞きに来た人は?」
「一人もいないかな。今までの未来予報って、そもそも被害者が出る内容じゃなかった。むしろ、救われる人が多かったはずだ」
なくしものが見つかったり、誰かに助けてもらったり。
以前の未来予報は本当に良いことばかりだった。
「でも、今回の予報では葵の名前がでた」
名前を言われ、鳥肌が立った。さっきの放送内容が嫌でも蘇ってくる。
「前回の骨折の時は、クラスを公表した。そうしたら不全骨折になった。だから、俺は思うんだ。もしかしたら、そういった些細なことでも未来は変えられるのかもしれないと」
握り拳を作った高木は俺達の方に視線を向けると、頭を下げてきた。
「お願いだ。お前らには散々悪いことをしてきたかもしれない。だけど、今回の未来予報は人が……葵が死ぬかもしれない。俺達にできることなら協力する。だから、葵を救ってほしい。未来を変えてくれ」
「私からもお願いします! 高木君の気持ちに応えてあげてください」
今まで存在感がまるっきりなかった落合さんも、すくっと立ち上がり高木と同じように頭を下げた。その目には涙が溜まっているように見える。
「大輔。俺達の答えは決まってるよな」
「ああ。絶対に東條さんは守って見せる」
皆で協力すれば、未来は変えられる。高木の言う通りかもしれない。
俺達は未来を変えるために、今できることを精一杯やらなくちゃいけないのだから。
午前一時過ぎ。
生徒会室に俺と新一は戻ってきた。終電もなくなり、帰る手段を失っていた俺達は生徒会室に泊まることにした。もちろん、始発電車が動き始めたら一旦、家に帰るけど。
「結局、未来予報については原因がわからないままか」
新一がふと呟いた。真っ暗な生徒会室にその声が響き渡る。
「でも、高木じゃないってわかっただけでも収穫があった」
今まで散々、疑い続けていた高木に俺は頭があがらない。
「しかし、誰もいない放送室から放送が流れるって……ホラーだよな」
「そうだな」
「何だよ。その白けた反応は」
新一は本当に能天気な奴だ。ここまで楽観的に考えられるのは、ある意味才能があると言わざるを得ないのかもしれない。
「あのな。もし一週間以内に真相を突き止めないと、今日の放送が未来予報に載るんだぞ」
「でも、大輔がどうにかするんだろ? 命がけで真相を突き止めるんだろ?」
「それは……当然だ」
俺達生徒会側は、新聞部と共闘していくことを決めた。その際、高木に今日の出来事は新聞にしないでほしいと頼んだ。当然、最初は高木に否定された。伝えないと最悪な事態が起こるかもしれないと。
「しっかし、よく考えたな。一週間後に今日の放送記事を書くって」
「それは、たまたま骨折のことを記事にできるから。運がよかったんだよ」
今までの未来予報は、予報に対しての結果が書かれた後に次の予報を書いていた。同時に載せることは行っていなかった。だから、今日掲載する予定の記事は骨折のことを大々的に書くことを高木に提案した。三組の山田には悪いけど、今日の未来予報を一週間延ばすにはこれしかないと思った。
「高木も同意してくれたし、よかったじゃん」
「そうだな。でも、まだ解決してない。これからが本当の正念場になると思う」
高木は不安になっていた。明日の記事に今日の放送を載せないことを。
でも俺は高木に言い返した。最悪の事態はまだ起こってないし、この先起こるかどうかもわからないと。それなら、起こる確率が高い未来予報をどうにかする方向で考えるべきだと。それに、この未来予報が誰かによって仕組まれているなら、明日の新聞掲載をした段階で何かしらの反応が高木に来るはず。それによって、逆に犯人に近づけるかもしれない。ピンチとチャンスは紙一重だと。今の俺達にできることは、限られた時間の中で最高の結果を導きだすことだから。
「大輔は未来予報の真相って予想できているのか?」
「いや、正直わからない。でも、少しだけ思い当たることはあるよ」
「思い当たること?」
「確信を持てたら伝えるよ」
あの時、放送で流れてきた声を聞いて思った。以前、どこかで聞いた声だった気がする。
「了解。とりあえず、無事に明日を迎えられるといいな」
「もう今日だけどな」
それ以降、俺達の間に会話はなかった。暫くして新一の寝息が聞こえてくる。慣れない環境でも、直ぐに対応できる新一が羨ましかった。俺は新一みたいに強くない。こうして慣れない場所では安眠できた試しがない。
正直、今も少し震えている。未来予報の重さを偉そうに語っていたくせにこれだ。もし今日流れた未来予報が実際に起こって、東條さんが亡くなったら。そんなことになったら、俺はどうなるのだろう。
考えたくもないことが頭にこびりついて離れない。
ずっと俺の脳内に居座り続ける。
昨日までは別の理由で居座り続けていたくせに。
でも、どう考えても俺にできることは一つしかなかった。
今はただ前を向いて最善の結果を求めること。
絶対に東條さんを救う。
そう強く思うだけで、少しだけ気が楽になった。
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