新聞部の謎

「大輔。不味いことになった」


 次の日。一限目が終わった後の授業間休みに、新一が駆け寄ってきた。


「未来予報関連か?」

「ああ。三組の山田やまだが怪我をしたらしい」


 そう言った新一がスマホの画面を見せてきた。どうやら副会長の石川からのメッセージらしい。そこには、体育の授業で怪我をしたと書かれていた。


「怪我の詳細ってわからないの?」

「まだ連絡入ってないからわからない……っと、きたきた」


 新一が慣れた手つきでスマホを操作する。


「足の怪我らしく、もしかしたら骨折かもしれないって」

「そうか……」


 未来予報に書かれたことが起こってしまった。結局、俺達は未来予報を防ぐことができなかった。


「三組の男子は、とりあえずホッとしている人が多いみたいだぜ」


 スマホで石川から連絡が入ったのだろう。新一が画面を追いながら文章を読み上げた。

 三組の男子の気持ちもわからなくはない。実際に自分が対象にならなかったことは幸運だと思うし、ホッとすると思う。ただ、たった一人だけ傷つく人が出てしまった事実は変わらない。


「そういえば、石川って三組だっけ?」

「そう。だからこうして三組の詳細がわかるってわけ」

「なるほど」

「今、昼休みに集まろうって送っといた。大輔も来るだろ?」

「行くよ」


 未来予報の根本を掴まないといけない。

 このままでは新一の目指す、皆の笑顔が咲き乱れる学校生活を送ることができなくなる。今回のような未来予報が次も起こってしまったら、今度こそ取り返しがつかなくなるかもしれない。そのためにも、情報共有は大切だ。昼になれば、今日起こった未来予報の状況を知っている石川と直接会話ができる。それに、山田の怪我の詳細も入ってくるはず。

 これ以上、事態を悪化させないために。今はできることをするしかない。新一も同じ気持ちでいてくれていると思う。だからこそ、こうして事細かに出来事を伝えてくれる。どうにかしないといけない思いは一緒だから。




 四限目の終了チャイムが鳴ると同時に、俺と新一は生徒会室に向かった。

 途中、購買で昼食を買った。いつもは屋上で食べていたけど、大事な会議が控えている。昼食を取りながら話し合いをするのは当然だ。


「何か本格的になってきたな」


 購買で買った三食サンドやお茶を抱える新一は、何故か笑顔だった。


「何楽しんでるんだよ」

「だって、俺が暗い顔してたら意味ないだろ? 先頭に立つ人間が笑顔でいないことには始まらないし」

「……そうだな」


 新一のくせに。最近はとても良いことを言っている気がした。

 生徒会室に着くと、石川と吉田さんが既に座っていた。二人とも持参のお弁当を食しているところだった。


「悪い。購買寄ってて遅れた」

「……早く始めましょう」


 いつも通りの新一に対して、石川は落ち着いていた。ゆっくりと腰を上げると、ホワイトボードの前に立つ。今日は石川が仕切るらしい。


「食べながら聞いてほしいんだけど、今日の一限時に二年三組の山田君が怪我をしてしまった。先生から詳細を聞いたんだけど、右足親指にヒビが入っていたらしく、不全骨折の診断が出されたみたい」

「不全骨折って……まあ、骨折ってことで良いのかな?」 

「骨折ってことでしょ。結局は、未来予報通りになったんだから」


 新一の発言に、俺はどうにも納得できなかった。

 たしかに二年三組の人が怪我をした。でも、未来予報には骨折と書かれていた。今までの未来予報は、寸分の狂いもなく当たっていたからなのかもしれない。どうして新聞部は今回の未来予報に不全骨折と書かなかったのだろう。


「今回未来予報の対象になった山田君は、落ち込んでいる素振りはみせていないんだって。むしろ、ヒビで済ませてやったぞ。とか未来を変えてやったぞ。とか病院で叫んでいたらしい」


 三組の山田は新一以上に馬鹿なのかもしれない。今まで悪い方向にばかり考えていた自分がとても悲しくなってくる。


「その情報って誰から?」

「飯島先生だよ」


 三組の担任の飯島いいじま先生は、真面目で明るい体育教師だ。教師になって就任二年目という若手にして、メインクラスの担任を受け持つことができた実力者でもある。


「それにしても、事細かに山田の情報を伝えてきたもんだな」

「そうね。飯島先生も、少しは山田君のおかしな点に気づいてほしいのに」


 真面目に物事を吸収する半面、氷山高校の自由な校風が他校でも当り前だと思っている節がある。将来が有望な若手なだけあって、今後の教師生活が駄目にならなければいいけど。


「それと、もう一つ重要なことが」


 石川の顔がきりっと引き締まった。


「さっき生徒会室前に置いてある意見箱を確認したら、居残り申請が入ってたの」

「それって、新聞部から?」

「そう。新聞部が申請を出してきたの」


 まさか、未来予報が起こった当日に来るとは思ってもみなかった。

 二人の会話に俺もすかさず割り込む。


「今日は水曜日だし、未来予報の記事を作る確率は高いと思う。だけど、今までこんなに立て続けに未来予報って起こってないよね?」

「起こってないぜ。俺のノートによれば、二週間に一回のペース。それに、いつもは未来予報が解決した記事が載った後だから。もし明日未来予報が発表されたとすると、異例ってことになるな」


 新一の言うことが正しければ、新聞部が出した居残り申請はイレギュラーということになる。


「先月、未来予報ってなかったよね?」

「うーん。吉田、わかる?」


 新一の呼びかけに、びくっと身体を震わせた吉田さんはノートをぺらぺらと捲り出す。相変わらずびくびくしている吉田さんに、頑張れと声をかけたくなる。


「……起こって……ない……です」


 未来予報が起こっていない。今までのことを考えると、四月からずっと続けていたことをやめるなんてありえないことだと思う。新聞部部長の高木だって、命がけで手に入れた情報と言うほどだ。どうして空白の期間が生まれたのだろう。


「……輔。大輔」

「あ、ご、ごめん」

「最近のお前、考え込むと周りの声が聞こえなくなるよな」

「そうかもしれない。悪い」

「いいって。んで、起こってないってよ」

「そうだな。起こってないってことは、準備する時間が必要だったのかもしれない」

「準備?」

「高木は茶番じゃないってはっきりと俺に言った。だけどこれだけ生徒の間で広まっている未来予報が、一ヶ月も起こらなかったのはおかしいと思わないか」

「そりゃ、そうかもしれないけど……」

「その空白期間を、新聞部が未来予報の茶番を用意する時間に当てたって考えると、しっくりくるんだよ」


 茶番じゃないと言っていたけど、確信が持てなかった。

 高木はあの時、本気で言っていたと思う。だけど、茶番じゃなかったら誰が未来予報を起こしているのか。今の俺にはわからない。


「それじゃ、やっぱり高木先導で新聞部が何かを仕組んでいるってことだよな?」

「でも、からくりについて高木は教えてくれない。それについて聞くと、口を閉ざしてしまう」

「言えない理由があるんじゃないのか?」

「新聞部が茶番でやってることを、今さら言えないってことか? 生徒の間で人気が出すぎたから、引くに引けなくなったとか」


 色々と考えていると、どれが本当なのかわからなくなってくる。高木は嘘をついているのか、もしくは高木以外の人が未来予報の情報を握っているのか。


「まあ、とりあえず今日の放課後に全てがわかるのよね。監視するんだから」

「あ、それについてなんだけど」


 新一が手を挙げた。そして、吉田さんと石川に視線を向ける。


「今日、女子二人には帰ってもらいたいと思ってる」

「な……」


 石川は口を開けたままだった。新一の発言は、俺だって驚いた。


「どうしてだよ、新一。皆で協力して突き詰めるんだろ?」

「そ、そうよ。何で私と由美子ちゃんが外れないといけないわけ?」


 新一はわざとらしく咳払いをすると、言い切った。


「一つは新聞部に気づかれるかもしれないから。それと、夜遅くに女子を残すわけにはいかない」


 すんなりと新一の口から放たれた言葉に、妙に納得できた。確かに人数は少ない方がいい。もし気づかれたら、手がかりをつかむ手段を失うことになってしまう。

 それと、女性を気遣うセリフをさらっと言ってしまうところ。最近の新一は本当に格好良く見える。隣に座る石川も、新一の発言に顔を赤らめているほどだ。


「な、何言ってるのよ。私は佐藤君の右腕なのよ。残るなら、秋山君じゃなくて私を」

「石川にはいつもお世話になってるからさ。これ以上、迷惑かけたくないんだ。頼りない生徒会長かもしれないけどさ、たまには俺を頼ってくれ」


 今日の新一は熱でもあるんじゃないかと思う。発言の一つ一つが的確で、相手を思いやっているのが十分に伝わってくる。


「……わかったわ」


 そんな新一の態度に参ったのか、石川がため息を吐いた。


「その代わり、何かあったら必ず連絡をすること。それだけは忘れないで」

「おう。絶対に真相を掴んでやるぜ。これ以上、被害を出さないためにも。大輔、協力頼む」

「当然だ」


 皆が一つの方向に動き始めた。

 生徒会長の新一がリーダーとして機能し始めている。

 今までみたいに人に頼ってばかりでない新一の姿は、俺にはとても眩しく見えた。

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