気になる存在

 週明けの火曜日。

 未来予報はまだ起こっていなかった。

 前回の財布の時は、予想よりも早く未来予報が起こった。だから、今回も早く起こるかもしれないと俺は警戒していた。でも、週明けの月曜日になっても未来予報は起こらなかった。

 そんな中、生徒会メンバーは昨日までの間に、未来予報について先生達に掛け合ってくれた。しかし、未来予報を食い止めるための有力な情報は何も得られなかった。新一によると、ほとんどの先生は未来予報の話をすると、新聞部を称賛してきたらしい。生徒が楽しく盛り上がるのは良いことだと言って、重い問題としてとらえていない。どこか浮ついた気持ちが先生達にあるのは、話をきくだけでも伝わってきた。結局、先生達は頼りにならなかった。


「おーい。席に着けー」


 教室に入ってきたのは、クラス担任の先生だった。先生の掛け声と共に皆が自席に座る。


「今日の五限は、二週間後に迫った修学旅行のグループ分けをする。ってことで、佐藤。後は頼んだ」

「どうして俺なんですか?」

「生徒会長だろ。それくらいやってくれよ」


 先生の頼みを渋々引き受けた新一は、教卓の前に立つ。


「ってことで先生が言ってた通り、修学旅行があるんで好きな人と四人グループを組んでください。えっと、このグループは京都を回る時のグループらしい。男女ペアでもあり。部屋割は後程決めるっと」

「カンペ読むなよ。佐藤」

「仕方ないだろ。いきなり振られたんだから」


 クラスの男子が新一を茶化した。それでも、新一は俺と接する時と同じでいつもの笑顔をみせている。


「それじゃ、五分後にグループ決まった人から俺の所に報告にきてください。よろしく」


 連絡を終えた新一は教卓から離れると、真っ先に俺の元に走ってきた。


「組もうぜ。大輔」

「そうだな。それで、後二人どうするんだ?」

「そうだな。うーん」


 新一は辺りを見渡した。俺も教室内を見渡す。

 こういうグループ分けは、基本的に男子グループ、女子グループで固まるのが普通だと思う。でも、二組の男女は結構仲が良かった。それだけでなく、付き合っている人同士がこの二組に集まっている割合も高い。そのせいもあり、周囲を見るとカップルとカップルがグループを作っているパターンがほとんどだった。ダブルデートでもするつもりなのか。実際に同性だけのグループがあるのか疑問に思うくらいだ。


「ちょ、ちょっと二人とも」


 声をかけてきたのは藤川だった。しきりに腕をさすっている。


「おう。藤川。俺達と組もうぜ」

「「えっ?」」


 すんなりと新一の口から放たれた言葉に、俺も藤川も虚を突かれた。

 まさか、新一が藤川に対して素直になる日が来るなんて思いもしなかった。


「なんだよ。いいだろ? 俺達、高一からの付き合いなんだし。なあ、大輔」

「そ、そうだな。組もうよ。藤川」

「と、当然よ。た、楽しみ……」


 ぼーっとしている藤川は、顔を真っ赤にして自分の世界に入っているみたいだ。よほど嬉しかったのかもしれない。


「それより、葵ちゃんは?」

「葵は私の後ろに……あれ、いない」


 藤川はきょろきょろと辺りを見渡す。


「あ、あそこにいる」


 新一が斜め前を指差す。視線の先にいた複数の男子グループが、東條さんを取り囲んでいた。


「葵ちゃん、ぜひ一緒のグループに」

「いや、ぜひこっちのグループに入ってくれ」


 学年一の美少女をどうにかして入れようと、男どもが必死になっていた。東條さんは困った表情を晒している。


「もう。葵ったら……」

「羨ましいんだろ」

「うっさい」

「いてっ」


 藤川は新一に拳をお見舞いした。


「ちょっと行って、連れてくるね」


 藤川はそう言い残すと、男子グループの中に突進していく。流石、スポーツ万能で男子に物怖じしない性格だ。

 そんなことを思っていると、新一が俺の肩に手を置いてきた。


「お前は行かなくていいのか?」

「……何言ってるんだよ」

「もしかしたら葵ちゃん、別のグループになるかもよ」

「……俺には関係ないよ」

「あっそう。二人っていつも進展しないよな」

「な、何を急に言い出すんだよ」


 新一の発言に、少しカッとなった。


「別に……大輔はいつもはっきりしないもんな」


 そんな会話をしていると、藤川が東條さんの手を引いてこっちにやってきた。


「お待たせ。四人組と言えば、やっぱりこの四人だよね」

「そうだな。葵ちゃんも問題ないよね」

「うん。私は問題ないよ」


 東條さんの見せた笑顔に、心が動かされる。どこかで俺は、東條さんがこっちに来てくれると思っていたのかもしれない。新一に心を見透かされている気がして、正直とても悔しい。


「秋山君も私でいいかな?」


 東條さんは屈託のない笑顔を向けてきた。


「も、問題ないよ。いつもの四人だし。うん、いつもの四人だから」


 四人と言うことを強調した俺は、なんだかとても恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。


「それじゃ、グループできた人は教卓まで来てくれ」


 新一は声を張って周囲に告げると、教卓に向かった。各グループの代表者が新一の元へと向かう。


「だいたい決まったみたいだね」

「ああ」

「それにしても修学旅行か。私、京都に行くの二回目だよ」

「あ、私も。ここら辺の中学は決まって修学旅行先が京都みたいだね。秋山君は?」

「俺は中学私立なんだ。だから京都じゃなくて北海道に行ったよ」

「「いいなー」」

「別に大したことないって。白い恋人パークに行って、クッキーに絵を描いただけだから」


 当時の修学旅行は本当につまらなかった。集団行動を拒んでいたからかもしれない。グループ行動する時も単独で行動していた気がする。それでも、クッキーに絵を描くことは一人でもできたから楽しかった。一人だけの修学旅行。俺の記憶には一人でいたことしか残っていない。


「あれ? 山中さんってどこかのグループに入ってる?」


 新一の声が教室内に響く。皆がその声に反応して、山中さんに視線を向けた。俺のお隣さんはそんな視線に気づく素振りもみせず、机に突っ伏したまま動く気配がなかった。


「そういえば、山中っていたな」

「山中さんって誰と仲良かったっけ?」

「うちのグループはもう四人だから」


 クラスメイトはひそひそと話を始める。それでも、静まり返った教室中に響く皆の声は筒抜けだった。要するに、山中さんはグループに必要ない。同じクラスメイトなのに、山中さんを邪魔と言っているようにしか聞こえなかった。


「そっか。うちのクラス三十七人だった。四人で組むと一人余る」


 新一が口を開く。その声を聞いたはずの山中さんは、それでも身体を起こそうとはしなかった。


「山中さん。どこかのグループに入ってもらっていい?」

「…………」


 山中さんの席に近づいた新一が尋ねるも、いつも通りの無反応。暫く続く沈黙が、寂しい気持ちを抱かせる。

 俺はずっと思っていることがあった。そもそも、山中さんがクラスで話している所を一度も見たことが無い。唯一話してくれたのは、この間教室で二人になった時だけだった。どうしていつも一人でいるのだろうか。その姿を見ていると、どうしても中学時代の自分を見ている気分になる。もし、俺の中学時代と同じ気持ちを山中さんが抱いているのなら、誰かが救ってあげなければいけないのかもしれない。高校生になって、俺が新一に助けられたのと同じように。今の山中さんに手を差し伸べるのは、俺の役目なのかもしれない。


「あ、あのさ。よかったら――」

「私達と一緒に組もうよ!」


 俺の声は意外な人物に遮られた。視線を向けると、山中さんに手を差し伸べている女子。東條さんだった。意外な人物の声掛けに俺は思わず拍子抜けした。それは、山中さんも同じだったのかもしれない。東條さんの呼びかけに応じるように、机に突っ伏していた身体を起こし、きょとんとした目で東條さんを見続けていた。

 暫く沈黙が続いた。皆が山中さんの発言を待っている。そして、静寂を破ったのは山中さん本人だった。東條さんの方に向け首を縦に振った。


「ありがとう、山中さん。よろしくね」


 笑顔の東條さんに比べ、頷くことしかしなかった山中さんは、直ぐに元の態勢に戻ってしまった。


「と、とりあえず山中さんは俺と同じグループってことで。皆もそれでいいよな」


 新一の呼びかけに皆が声を揃えて、いいよと応える。

 さっきの静まり返った教室の重い空気が徐々に消え去っていく。


「それじゃ、部屋割りも決めちゃおうか」


 新一の声に合わせ、皆が部屋割りを決めにかかる。


「大輔はどうする?」

「新一と同じ部屋でいいよ。よろしく」

「了解」


 部屋割りなんて、対して気にしていなかった。だけど、新一とは同じ部屋になりたいとは思った。隣で突っ伏している山中さんを見ていると、余計にそう思えてくる。

 俺は本当に新一に変えられたのかもしれない。中学時代と比べると、今の方が圧倒的に楽しい。新一と出会ってなければ訪れなかった今だ。

 だからこそ、強く思うのかもしれない。

 昔の自分に重ね合わせてしまう山中さんのことが、意識から離れないのかもしれない。

 だからずっと、声をかけ続けているのかもしれない。

 気になって、仕方がないのかもしれない。

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