生徒会会議
放課後。新一と一緒に来た生徒会室には、既に先客がいた。副会長の石川と書記の吉田さん。生徒会役員の二人が俺達を待っていた。
「いやー待たせてごめん」
「……遅い」
新一のおどけた素振りに、微妙な反応を見せる石川。いつもの石川なら真っ先に怒鳴ってくるはずなのに、今日はしんみりとしていた。
「それじゃ、始めようか。あ、大輔はそこに座ってくれ」
新一が指で示したのは、石川と吉田さんの間にぽっかりと空いた席だった。
「どうして俺が真ん中なんだよ」
「お客様はもてなさないと。初めて生徒会の会議に参加するんだし」
笑みを見せる新一を横目に、とりあえず俺は指示通りの席に座る。
「それで、ちゃんと説明してくれるんでしょうね?」
「説明?」
「とぼけるのもいい加減にして。私はどうして秋山君が、会議に参加するのかを聞いてるの」
石川がむすっとした表情を晒したまま、新一を睨みつけていた。俺に知られたくない会話でもする予定だったのだろうか。
「大輔は大事な左腕だぜ。俺をサポートしてくれる親友だから、この場にいてほしいと思った」
「な、何よそれ」
石川はバンッと机を叩くと、勢いよく立ち上がった。その勢いに押されたのか、俺の隣で吉田さんがびくっと体を震わせる。毎回こんな空気で会議がされていると思うと、流石に吉田さんが可哀想で仕方がない。
「二人とも落ち着けって。今はいがみ合う時間じゃないだろ。それに、使い方間違ってるからな。新一」
「わかってるって。でも、大輔は俺の左腕だ」
「佐藤君って本当に馬鹿だわ」
「馬鹿って言う方が馬鹿だ」
「何よ!」
「未来予報について話すんだろ。いい加減にしろよ」
仲裁に入った俺は、二人を席に座らせた。
このままでは、吉田さんが気疲れで学校を休んでしまうかもしれない。せめて、もう一人生徒会に入ってくれる優しい人がいれば。
東條さんの顔を真っ先に思い浮かべてしまった俺は、思わず首を横に振る。今は始まる会議に集中しないといけない。
「それじゃ、会議を始めようぜ。まず、今朝の未来予報についてなんだけど」
新一はすぐさま立ち上がると、俺の真正面に置かれたホワイトボードを裏返す。そこには今朝の未来予報についてと、今までの未来予報の経緯が書きこまれていた。準備の良さに思わず感嘆する。
「氷山通信には『二年三組の男子が骨折する』と書かれていた。もし、今回の未来予報が実現したら大変なことになる」
「前回の財布の事件みたいに、生徒の誰かが被害を受けるってことを言いたいのよね?」
石川の問いに、新一は頷く。
「そう。もし、骨折なんて起こったら皆が笑顔でいられなくなる。これは俺が目指す理想の学校生活に反する」
「皆の笑顔が咲き乱れるだっけ?」
「その通りだ、大輔。現に今朝の未来予報によって、三組の生徒は怯えている。特に男子は早退者が続出しているんだ」
新一の言う通りだ。未来予報の当事者となった三組の男子は、気が気じゃないはず。だからこそ俺は高木に抗議したのだから。
「俺達生徒会でどうにかしないと。二年三組の笑顔を取り戻すために」
新一の眼差しは真剣だった。
「それで、何か策はあるのか?」
「おう。あるぜ」
新一はホワイトボードを一瞥してから、俺達の方に視線を向けた。
「新聞部の活動を監視するんだ」
「何を言い出すかと思ったら……本気なの?」
石川の疑問も当然だ。部活を監視するなんて聞いたことがない。
「おう。やらないといけない。このまま見過ごすわけにはいかないからな」
「まさか、新聞部の部室にずっと張り込むとか言わないよな?」
「そのまさかだよ。ただ、新聞部に気づかれないように極秘で張り込む。新聞部の部室を毎日監視して、怪しい行動があった時に突撃する」
「怪しい行動って……どう判断するんだよ」
「それは……石川は何か良い考えある?」
「あるわけないでしょ。全く、言い出しっぺのくせに対策案も用意してないのね」
石川はため息を吐いた。
「新一。もし監視をするとして、本当に毎日やるつもりか?」
「おう」
「そんなの無理よ」
間髪入れずに石川は新一の案を否定した。
「どうして無理なんだ?」
「もし毎日監視なんてしてたら、確実に高木君が気づくはずよ」
石川の言う通りだ。前回、抜き打ち検査と言って新聞部の部室を調べた時だって、高木と言い合いになった。もし監視が高木に知られた場合、未来予報の解明ができない可能性が高くなってしまう。
「監視するにしても、毎日は流石に俺も賛成できない。もう少し絞れないか?」
「うーん……」
新一は腕を組み、目をつぶって考えている。しかし、一向に答えが出てきそうにない。
「あっ……」
「どうしたの吉田さん?」
隣でずっと黙っていた吉田さんが急に声を出した。何かに気づいたみたいだ。
「あ、そ、その……」
「何かわかったのか?」「何かわかったの?」
「ひっ……」
新一と石川が吉田さんに詰め寄る。そんな二人の圧力に押されている吉田さんは、体を震わせて俯いていた。傍から見るといじめているようにしか見えない。
「ちょ、ちょっと二人とも。吉田さん怖がってるから」
二人を吉田さんから遠ざける。そして、俺は吉田さんに視線を合わせた。
「何かわかったなら、教えてくれるかな?」
「……未来予報の……掲載がある前日……だけ新聞部は……居残り……申請を出しています」
詰まりながらも何とか言い終えた吉田さんは、持っていたノートで顔を覆った。彼女なりの精一杯の受け答えだったんだろう。
「なるほどね。由美子ちゃんの言う通りなら、居残り申請が提出された日に未来予報の記事を作っていることになる」
「よし。居残り申請を提出した日が、監視対象日ってことだな」
石川と新一の顔に活気が戻った。それにしても吉田さんのノートは本当に頼りになる。しかし、大切なことを皆忘れている。
「でも、今回はどうするんだ? 未来予報は既に発表されてる。監視のしようがないだろ」
「今回は……体育の授業とか、骨折に関わりそうな行動を自粛してもらうのはどうだ?」
「自粛……って先生達にはどう説明するんだよ」
「それは……」
新一は黙り込んでしまった。
そもそも、先生達は未来予報なんて信じていない。あくまで新聞部が面白い企画をしているとしか思っていないはずだ。
「そうよね。それに学校外で起こった場合は、私達じゃどうにもできないし……」
石川の言う通りだ。未来予報が学校内で起こるとは限らない。
「学外で起これば、先生達も関与せざる負えなくなる」
「おい。それだと三組の笑顔は取り戻せなくなるぞ」
「そ、そうだよな……はあ」
新一は大きなため息を吐いた。
「そういえば、佐藤君は高木君と話したの?」
「いーや。まだ話してない。どうせ聞いても、何も教えてくれないからさ。大輔は?」
「俺は真っ先に話したよ。高木は今回の未来予報について、三組の男子に意識づける意味合いがあると言っていた」
「何それ。まるで俺が情報を伝えてやったみたいな言い方。ほんと嫌な奴」
石川は怒っている。当然だ。俺だって高木が未来予報を掲載したことに納得してない。ただ、知っていることを黙っているのも問題なのかもしれない。
「それに高木がはっきり言ったんだ。未来予報は新聞部が仕組んでいることじゃないと」
「大輔。それってどういうことだ? 茶番って散々言ってたじゃないか」
「俺だって疑った。ただ、高木が嘘をついてるようには見えなかった。話が本当なら、未来予報の情報を持っている奴は別にいる」
あの時の高木の目は本気だった。新聞部にかける思い、スクープに対する情熱を持った目をしていた。
「たぶんだけど、高木は骨折を防ぐ手段がないって言いたいんだと思う。それで今回の未来予報が、少しでも未来を変えることになればと思ってるんじゃないか」
高木を美化しすぎかもしれない。実際は高木の言っていることが本当かどうかはわからない。全て計算で行っている可能性もある。
「とにかく。それも含めて色々と調査する必要があるってことね」
「石川の言う通り。ただ今回の未来予報については、被害が出ないことを祈るしかできないと思う。でも、未来予報について近づくことはできる」
吉田さんが見つけてくれた情報を有効に使うしかない。高木が言わないなら、現場を押さえるしかない。それがわかっただけでも、今日の会議は意味があるはずだ。
「新一。さっき言ってた居残り申請って、生徒会で処理してるのか?」
「おう。当日の昼までに申請書を出すことが条件。それを生徒会が承認して、遅番の先生に提出するって流れ」
「何時まで残れるんだ?」
「九時までだな。残る生徒は、遅番の先生に報告してから帰ることになってる」
なるほど。一応、先生が最後に校舎を出ることになっているみたいだ。いくら自由な校風を謳っていても、生徒を残して帰ることはない。
「それが本当なら、新聞の情報を事前に防げるかもしれないな」
「どういうことだ? 大輔」
「考えてみろよ。前日に作成するってことは、九時に新聞はできてるはずだろ。できた新聞が前日に掲載される可能性もある。もし前日に掲載されたなら、生徒会で回収ができる」
でも朝に掲載されたら意味がない。新聞はパソコンで作成しているみたいだし、高木のことだ。漏れなく完璧な内容にするために、ぎりぎりまで内容を見直すはず。前日に掲載することはまずないだろう。
「なるほど。まあ、実際に次の未来予報の時にでも様子みようぜ。とりあえず、今朝の未来予報をどうするか。これを優先に考えるってことだな」
「そうだな」
「俺、とりあえずいろんな先生に、駄目もとで話してみるわ」
「ああ。頼んだ」
「任せとけ。石川も協力よろしく。頼りにしてるから」
「な、何よ。さっきは秋山君が右腕って言ってたくせに」
石川は新一の発言を気にしているみたいだ。自分が一番でないと気がすまない。そんな思いが態度に出ている。
「違うって。大輔は俺の左腕だ」
機嫌を損ねている石川に気づかない新一。藤川の時もそうだったけど、本当に気づいていないのか不思議でしょうがない。もっとうまいフォローを……。
「それで石川は俺の右腕だ。生徒会副会長なんだから当然だろ」
笑みを見せる新一が、何故だか格好良く見えてしまった。
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