未来予報発生②

 次の日、学校に着くと直ぐに異変に気づいた。昇降口前に人集りができている。急いで上履きに履き替えた俺は、人集りをかき分けて掲示板の方に向かった。

 今日は木曜日。そしてこの人集りとくれば。未来予報が掲載されたことが容易に想像できた。氷山通信の掲示場所に着いた俺は記事を見る。

 瞬間、言葉を失った。


『二年三組の男子が骨折する』


 今回の未来予報はたった一文しか書かれていなかった。骨折という重いキーワードが頭から離れない。

 絶望しかなかった。もし、この未来予報が現実になったとしたら。二年三組の男子の誰かが、必ず怪我をするということが確定したようなもの。


「くそっ」


 吐き捨てるように呟いた俺は、人集りをかき分けるように進んでいく。そして向かったのは二年一組の教室。


「高木!」


 教室内の人達が俺の方に視線を向けてきた。皆の反応を意に介さず、俺は高木を血眼になって探す。でも、いくら探しても高木はいなかった。


「高木はどこにいるんだ!」


 ドアの近くにいた男子生徒に声をかけた。


「お、大声出すなよ。高木はまだ来てないか――」

「俺に用か。秋山」


 廊下側から声がした。振り返ると、高木が素知らぬ顔のまま俺を眺めていた。


「今朝の未来予報。どういうことだ」

「記事の通りだ。それ以上言えることはない」


 そう言い残した高木は俺の横を通り過ぎようとする。すかさず手を伸ばして行く手を遮った。


「何の真似だ?」

「どうして記事にしたんだ。お前ならわかるだろ。今回の未来予報がどれだけ動揺を生むのか」


 少なくとも二年三組の男子は平常心でいられないはずだ。もしかしたら、近いうちに自分が骨折するかもしれない。その恐怖に駆られながら、学校生活を送っていかなければいけないのだから。


「伝えることによって、三組の男子は身構えるはずだ。事前に骨折をするかもしれないって情報を知っていれば、各々で対策をするはず。そして、その意識が未来の回避につながるかもしれない。だからこそ、今回はクラスを公表した」


 高木に言い返すことができなかった。高木の言いたいことが、絶対に納得できないことではなかったから。伝えることは確かに大事だ。大事だけど……。


「今回の未来予報も匿名だよな。これも配慮したって言いたいのか?」

「ああ。俺はそのつもりでこの記事を載せた」


 高木はすんなりと答える。自分のやったことに間違いはない。絶対の自信があるからこそ、ここまで言い切ることができるのかもしれない。


「なあ」

「何だ?」

「未来予報は、新聞部が仕組んだ茶番だと俺はずっと思ってる。普通では考えられないことをやって、皆の注目を浴びたいから。でも、こうして被害者が出るのは間違ってる。高木は被害者を出してまでも、新聞部の地位を確立させたいのか?」


 言ってやった。新聞部の活動は明らかに茶番だと。高木と近い人間が、多くの未来予報に巻き込まれている確率が高い。たとえ高木が言い訳しようとも、俺には言い返せるだけの武器がある。そう思っていた俺は高木を睨みつけた。絶対にやめようとしない高木の考えを、改めなおすために。

 高木は握り拳を作っていた。またはぐらかしてくるのか。そんな気がした。だけど、高木は俯いていた顔を上げると、猛り狂った勢いで言い放った。


「ふざけるな! 言っておくが、未来予報は茶番でもなんでもない。これは新聞部が掴んだ独占スクープなんだ。俺達は命がけで手に入れた情報を皆に届けてる。それだけのことだ。馬鹿にするのもいい加減にしろ」


 ガンっと思いっきりドアを蹴とばした高木は、いつもの冷静な高木ではなかった。その目を見ると、高木の新聞部にかける熱い思いが溢れている気がした。


「おい。お前ら何やってるんだ」


 睨み合っていた俺達を止めるように、一組の担任の先生がやってきた。


「何でもありません」


 高木はずれた眼鏡を直すと、俺に視線を合わすことなく教室に入っていった。


「二組の秋山だな。自分の教室に戻りなさい」

「……はい」


 先生の発言に頷くしかなかった俺も、そのまま自分の教室に戻った。

 高木はさっきはっきりと言った。未来予報は決して茶番ではないと。それなら、どうやって未来を予報しているのだろうか。さっきの高木はとても力のこもった目をしていた。その目は嘘をついているようには見えなかった。それくらい強い思いを感じることができた。でも、俺には茶番以外のことは考えられなかった。

 今まで自分の考えたことに間違いはほとんどなかったと思う。新一を生徒会長にすることができたのも、自分の演説のおかげ。自分の考えた意見や言葉は、周りの高校生に通じていた。だけど未来予報は違った。自分の考えが否定される。未来予報の出どころである新聞部の高木は、茶番でないとはっきり言い切った。自らの感情を抑えることなく、真剣な目で伝えてきた。高木の言っていることが本当だとしたら、どうして未来予報は当たるのか。

 色々と考えながら自席に座った俺は、手を組んでその上に顎を乗っけた。

 さっきの高木の発言を思い出す。高木は新聞部の努力が何かと言っていた。そう、命がけで手に入れた情報だと言っていた。命がけの情報。もしそうだとしたら、新聞部以外の人間が未来予報の情報を持っていることになる。新聞部は未来予報の情報を持つ人に接触することに成功した。そう考えると、しっくりくる気がする。


「……輔。大輔!」


 激しく肩をゆすられた俺は、目の前に立っている人の顔を見るまで気づかなかった。


「……新一か」

「どうしたんだ。お前らしくない。あ、でも最近はぼーっとしていることが多いか」

「……うるさい」

「それより、今日の放課後空いてるよな?」

「空いてるけど……」

「生徒会室で今朝の未来予報について話したい。大輔も来てくれ」


 新一はそれだけ告げると、直ぐに席に戻っていった。

 おそらく新一も思うことがあるのかもしれない。昨日までずっと起こらなかった未来予報。今度こそ真実を突き詰めてやる。そういう気持ちがひしひしと伝わってきた。

 さっきまで手が置いてあった肩に自分の手を置いてみる。

 ほんのりと温かさを感じる。新一の思いなのかもしれない。

 俺だってこれ以上、被害がでるのは嫌だ。

 新一と一緒に解決していく気持ちはある。

 とりあえず今は、被害が実際に出ないことを祈るしかなかった。

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