犯人発覚

 駅前に到着したところで、スマホが震えた。俺はスマホを手に取り、メッセージを開く。東條さんからだ。内容を見た俺は、少し考えてから新一に話しかけた。


「あのさ、新一」

「ん?」

「今日は先に帰ってくれないかな」

「どうして?」

「頼む」


 新一に頭を下げる。そんな新一はニヤリと笑みを見せると、俺の肩を二回叩き、そのまま改札を抜けていった。新一の笑みが妙に気になったけど、とりあえず今は東條さんから来たメッセージが先だ。再度スマホを見る。


『美紀が部活早退しちゃった。どうしよう……』


 まだ部活中のはずである東條さんからの救援メッセージ。真面目な東條さんが部活中にこれを送ってきたことを考えると、急を要することなのかもしれない。

 俺は藤川の動きを考えてみた。藤川はピロティで犯人を知っていると言っていた。既に犯人を知っているなら、藤川は一人で犯人を捕まえるかもしれない。

 色々と考えながら、とりあえず氷山高校行のバス停近くにいることにした。

 そして一時間後。思ったよりも早く、藤川は俺の前に現れた。


「秋山……」

「よう」


 藤川は俺から視線を逸らした。


「佐藤はどうしたの?」

「新一はいないよ。先に帰ってもらった」

「……そう」


 そう告げた藤川はほっとした表情を晒すと、そのまま駅に歩き出した。


「藤川」

「何?」

「ちょっと、話さないか」

「……わかった」


 すんなりと了承してくれた藤川は、そのまま駅に隣接する喫茶店に入っていった。その後に続いて俺も店内に入る。辺りを見渡すと、藤川は既に空いている席に座っていた。


「藤川って、ここによく来るの?」

「うん。部活帰りに。葵やテニス部のみんなでね。駅近にある喫茶店ってここぐらいしかないし。コーヒーでいいよね?」

「う、うん。あ、俺が買いに行くから」

「秋山はそこに座ってて。砂糖とミルク、一つずつでいいよね?」

「あ、うん」


 藤川はそのままコーヒーを買いに行った。

 藤川の勢いに押され、席を立つことができなかった。そういえば、女子はおしゃべりが好きだって姉貴も言っていた。女子会みたいなのを頻繁に開催しているのかもしれない。あと、喫茶店だと話の主導権は女子が握るっていうのも姉貴が言ってたっけ。


「お待たせ」


 トレーを持って歩いてきた藤川からコーヒーを受け取る。店員さながらの慣れた対応に、俺は驚きを隠せなかった。


「あ、ありがとう」

「それで、話って何なの?」


 藤川の問いに、俺は無言でスマホを渡した。


「……やっぱり。葵だったのね」


 大きくため息を吐いた藤川は、スマホを俺に押しつけてきた。


「このメッセージがあったのも理由の一つ。それよりも藤川に聞きたいことがある」

「何? 早く言ってよ」


 少し怒り気味な藤川は、そのままコーヒーを口に運ぶ。


「この間、新一に何か話そうとしてたよな。そのことについてなんだけど」

「そ、それは別にいいでしょ」

「今回の未来予報と関係がないなら、これ以上は聞かない。ただ、もし関係があるなら話してほしい。今後のためになるはずだから。それに、新一を助けることになるかもしれないからさ」

「……わかった。話す。話せばいいんでしょ」


 少しずる賢かったかもしれない。藤川は新一のことが好きだ。だから新一を助けると言えば、話してくれると思った。でも、聞かないことには未来予報の謎は一向に解決しない。

 藤川は俺に視線を向けると、そわそわしながら話し始めた。


「実は……告白されたんだ」

「えっ!」

「ちょ、声が大きいって」


 驚かずにはいられなかった。いつもと変わった様子もなかったし、アイツが告白した雰囲気なんて微塵も感じなかったから。


「そうか。アイツもやっぱ好きだったんだな。藤川のこと」

「アイツ? 秋山は誰のこと言ってるの?」


 俺の発言が気になったのか、藤川が詰め寄ってきた。


「えっ? 告白したのって新一じゃないの?」

「そ、そんなわけないでしょ」

「なんだよそれ。残念だな」


 できれば二人にはくっついてほしい。近くでずっと見てきたから、余計に悲愴感が強かった。


「って私が佐藤のこと好きなの、知ってるの?」

「そりゃ、もちろん」

「うそー」


 顔を真っ赤にして藤川は両手で頬を覆った。


「葵ね。葵が言ったんでしょ」

「いや、言わなくてもわかるから。新一の前で話す藤川を見てれば、誰でもわかるから」


 ただし、新一だけは除くけど。


「それじゃ、誰に告白されたの?」

「……一組の上野拓也うえのたくや。知ってる?」

「うーん……知らない」


 初耳だった。顔を思い浮かべようとしても、知らないから当然出てこない。


「一年の頃から好きだった。って告白された」

「それで、返事は?」

「もちろん、断った。私は……好きな人いるし」


 即答だった。やはり藤川の心は新一じゃないと届かない。


「それで、新一に何を言おうとしたの?」


 俺の問いに、暫く熟考した藤川は顔を上げると堂々と言い放つ。


「私のこと、どう思ってるのか。はっきり聞こうと思った」


 藤川の目がとても輝いていた。俺なんかがどうこうできないくらい、真っ直ぐな目をしている。これが恋なんだと思わせるくらい、澄んだ瞳だった。


「でも、新一の前でその気持ちを言えなかった」

「……そうよ。佐藤の前だと、何か妙にそわそわしちゃって。つい暴言をはいちゃうの」

「だからいつも喧嘩になるんだね」

「……うん」


 素直になれない藤川のことをわかってやれない新一。そんな新一が好きな藤川。二人とも上手く歯車がかみ合っていないだけ。少し変われば、一気に距離が近くなるんじゃないかと俺は思う。


「今回の未来予報。佐藤にだけは知られたくなかった。佐藤に迷惑かけるってわかってたから。だから私は、葵に相談したの」


 はっきりと言い放った藤川は、そのまま続ける。


「でも、ばれちゃった。葵は悪気があって言ったわけじゃない。それはわかってる。私がもっと葵に上手く伝えることができればよかっただけ。これは、私のわがままなんだ」


 言い終えてから、再度カップに口をつけた藤川は瞳を閉じた。

 物思いにふけっているようにみえる。何か考えているのかもしれない。


「新聞部が隠していることについて、藤川は何か知ってる?」

「……何のこと?」


 藤川は小首を傾げた。


「未来予報の対象者になった人は、新聞部からもっと詳しいことが聞けるって」

「そんなの知らない。初めて聞いた」


 新一が言っていた通りだった。藤川は新聞部から犯人を聞いていない。


「この間ピロティで、藤川は犯人を知ってるって言ったよな。それって誰?」


 藤川は手に持っていたカップを置き、俺に視線を送る。そして暫くの沈黙の後、口を開いた。


「私は上野が犯人だと思ってる。そうに違いな――」


 藤川の目が大きく見開いた。その視線を辿ると、ガラス越しに見えるのは氷山高校と駅を往復するバスだった。バスから生徒達が降りているところだ。


「――いた。上野がいた」

「上野って……財布を盗んだ?」


 俺の問いを聞かずに席を立った藤川は、急いでバスの方に向かっていく。

 飛び出していった藤川の後ろ姿を、俺は追いかけるしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る