~2~

未来予報発生

 木曜日。普段は人集りなどできない掲示板前が、やけに騒がしかった。


「来たぜ。未来予報」

「俺、めっちゃ楽しみにしてた」

「今回はどんな感じ?」


 喧騒の中、一部の声が聞こえてくる。その中でも、とあるフレーズが頭から離れなかった。

 未来予報。読んで字のごとく、未来で起こることを予報する。

 その予報を新聞部が記事にして、氷山通信のコラム『未来予報』として掲載していた。

 新聞部の凄いところは、今まで掲載された予報の全てが実際に起こったところにある。まるで誰かが未来を見てきたかのように。だから、こうして掲載される氷山通信に人が集まるようになった。

 野球やサッカーといったスポーツみたいに華やかさがない新聞が、これほどにも注目を集めているのは、他校の生徒が見たら滑稽な光景かもしれない。しかも全校生徒が注目しているとなると、生徒会長の新一が危機感を抱くのもわかる気がする。

 だけど冷静に考えて欲しい。そもそも実際に未来を予測できる人間なんているはずがない。そんな人間がいたら、宝くじで常に一等を当てているはずだ。それとも遠い未来でタイムマシンが開発され、未来から来ている生徒がいるとでも言うのだろうか。どちらにしても、どうして氷山高校の新聞部に加担したのか俺には理解できない。そんな奇想天外なことを考えるのは、机上の空論、絵空事に過ぎない。だからこそ未来予報は、新聞部が自作自演で作り上げた記事としか俺には考えられなかった。それなのに、周囲の人達はどうして気づかないのだろう。俺が間違っているのだろうか。

 新聞部や周囲の生徒に対する疑念を抱きながら、教室に足を踏み入れた。


「あれ?」


 目の前に広がる光景に、少しだけ驚きがあった。いつも予鈴直前にやってくる山中さんが、既に席で寝ていたから。


「おはよう。今日は早いんだね」

「…………」


 机に突っ伏している山中さんは、いつも通り呼びかけに応えてくれなかった。

 本当に自由な人だと思う。他人に興味がなくて、自分の世界を持っている。何故だか知らないけど、放っておけない気持ちにさせる。


「大輔。聞いてくれ」


 新一が近寄ってきた。たぶん聞きたいのはあのことだろう。


「おはよう。もしかして、新聞部についてか?」

「正解。よくわかったな」

「昇降口前の掲示板に貼り出されるから。嫌でも目に入る」

「だよな。それじゃ、内容はもう知ってるな」

「いや、知らない。ただ通り過ぎただけだから」


 そう答え、教室を見渡す。俺達の周囲も未来予報の話題で賑わっていた。教室の至るところから未来予報というフレーズが聞こえてくる。


「何だよそれ。今日の予報はいつもと違ったって言うのに」

「いつもと違う……それってどういうこと?」

「何か今回の未来予報は、誰かの財布が盗まれるってことらしいよ」


 誰かという曖昧な表現が気になった。


「盗まれるって、誰の財布?」

「それがわからないんだ」


 低い声で言い放った新一は、まだ人が来ていない前の席に腰を下ろした。


「いつも通りだと名前も書かれているはずなのに、今回は書かれていない。匿名だったんだ」


 新一の言う通り、従来の未来予報は起こる内容に加え、対象となる人物の名前も載っていた。それなのに、今回は『誰か』という曖昧な表現になっている。


「新聞部もついにネタが尽きてきたのか」

「どうしてそう思うんだ?」

「今まで完璧だったのに、記載の仕方を変えることに俺はメリットを感じられない。上手くいってるんだから、何も変えずにそのまま続ければよかった。それにも関わらずやり方を変えてきたってことは、ネタがなくなってきたから。少し変化をつけることで期待を裏切らず、驚きを与えようとしているだけだと俺は思う」


 それくらいしか思いつかなかった。もし俺が新聞部の部員で未来予報のネタが尽きてきたら、そのやり方をする。


「大輔って、何かすごいな。そんな発想、俺には思いつかなかったぜ」

「まあ、今回の予報がどうなるか見物だな。できればこのまま自滅してほしいから」

「ん? どうして自滅なんだ?」

「新一の悩みが解決した方が、俺にとっては都合がいいから」

「おお。流石、大輔。持つべきものは友だな」


 新一は大袈裟にも抱きついてきた。


「いや。正直言うと、新一に付き合うのが面倒くさい。こうして、その都度スキンシップをはかるのもやめてほしい。俺だって他に考えたいことがあるんだよ」


 新一の顔を手で押すようにして遠ざける。一刻も早く新一の問題から離れて、自分の問題を解決しないといけない。刻々とタイムリミットが近づいてきている。高校卒業までに見つけないといけない。じいちゃんの残した秘密に、辿り着けないことだけは避けないといけない。


「何だよ。俺みたいな友達、滅多にいないぜ」

「自分のことを希少価値呼ばわりする人、初めて見た」


 横目で新一を見ながら、一限目に備えて教科書を取り出す。

 とりあえず新一との話はこれで終わりだ。ふと山中さんの様子が気になり、俺は視線を向けた。


「あれ? いない……」

「大輔、気づいてないのかよ。俺達が未来予報の話を始めた時からいなかったぞ」


 トイレでも行ったんじゃない。新一はそう言い残して自席に戻っていった。

 ただ俺は気になって仕方がなかった。

 一限目が始まる前に、山中さんが席を立ったのを初めてみたから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る