~1~

ダメ会長と未来予報

 九月。全国大多数の学生は、夏休みという大型連休から現実に引き戻される。

 高校生になってから夏休みの宿題が減り、遊ぶことがより一層染みついた脳内を勉強へと切り替えるには、少し時間がかかるかもしれない。それでも、そんな悠長なことを言えるのは今年まで。三年生となる来年は、嫌でも勉強漬けの毎日を過ごさなければいけない。身近にいる受験生を見ていると、余計に意識してしまう。

 それでも久しぶりに登校した教室は、そんな俺の意識を吹き飛ばすくらい活気に満ちていた。久しぶりに会うクラスメイト同士が話に花を咲かせている。そんな光景に気持ちが楽になった。俺達はまだ高校二年生。今は自分のやりたいことをやればいい時期なのだから。


「大輔。聞いてくれよー」

「ちょ……聞いてやる。聞いてやるから離れろって」


 教室の一番後ろの列。窓側から数えて二つ目という特に面白みもない席に、生徒会長である佐藤新一さとうしんいちが朝っぱらから泣きついてきた。


「ほ、本当だな?」

「本当だから。少しは落ち着けって」

「大輔ならわかってくれると思って話すぞ。実は……」


 神妙な面持ちで話す新一の言葉に、俺は思わず息をのんだ。


「生徒会の評判が少しずつ落ちてるんだ」

「……は?」


 新一の発した言葉に、拍子抜けしてしまった。鬼気迫る表情で駆け寄ってきたと思ったら、内容が実にくだらない。そんな新一は高校に入学して初めてできた友達。呆れながらも聞いてやることにする。


「それで、新一は何が言いたいんだ?」

「何がって……だから生徒会の評判が――」

「それは、新一のせいじゃないのか」

「うぐっ」


 図星だったのか、新一は言葉に詰まり中々言い返してこない。


「それに評判が落ちてる自覚があるなら、改善策を考えるのが普通だろ。しかもそれは生徒会長である新一の役割でもあるはず。俺が関わってどうにかなる問題じゃない」

「で、でも、困った時に助け合うのが親友だろ?」

「お前は俺に頼りすぎ。だいたい、生徒会長になれたのも――」

「その節は本当に感謝してるって。大輔の応援演説がなかったら、絶対に当選してなかった」

「それは自分で言っちゃ駄目だろ」


 そうだなと新一は高らかに笑った。本当に能天気な奴だ。


「それで今回のことだけど、実は俺の中で思い当たることが一つだけあるんだ」

「新一にしては珍しいな」

「何が珍しいんだよ?」

「解決策の一つも出さず、直ぐに頼ってくるしか能がないと思っていたから」

「な、なめるなよ。俺は生徒会長だぞ。それくらいのこ――」

「だから、その生徒会長には誰のおかげでなれたんだっけ?」

「……大輔のおかげです」


 しゅんとする新一を見ていると、笑いが込み上げてきた。


「それで、思い当たることって何?」

「新聞部のせいだと思うんだ」

「は?」


 またしても突拍子もないことを言われ、さっきとは違う怒りの感情が込み上げてきた。思わず握り拳を作る。


「ちょ、ちょっと待て。まずは俺の話を聞いてくれ」

「……わかった。そこまで言うなら話を聞くよ」


 握り拳をほどいた俺の手を見てほっとしたのか、新一はわざとらしく咳払いをしてから話し始めた。


「今年の四月から、新聞部が発行する氷山ひょうざん通信内で始まったコラム『未来予報みらいよほう』が学校中で広まっているだろ。その未来予報のせいで、生徒会の活躍が中々広まっていかないんだ。一部の生徒からは『最近の生徒会って目立たないよね』と言われる始末。このままじゃ『生徒会長は無能』と変なレッテルを貼られてしまう。とにかく、このままじゃ駄目なんだって」


 新一は必死に声を張っていた。その分、周囲の視線が俺達の方に向けられている。


「一言だけ言わせてもらっていいか?」

「おう。期待してるぜ。大輔の的確なアドバイス」


 新一と同様、俺はわざと咳払いをしてから言い放った。


「皆の反応、間違ってないじゃないか」

「えー。そこは俺をフォローする言葉を言うのが普通じゃ……」

「俺が間違ったことを言ったことあったっけ?」

「……ありません」


 しゅんとする新一に向け、わざとらしく笑顔を作った。生に合わないことをすると、小恥ずかしいと実感させられる。


「でも、大輔はどうしてそう思うんだ? 俺の、生徒会のどこが悪いんだ?」

「まず新一が生徒会選挙の時に言ったことを、実現できてないとこだな」

「それって……」

「生徒の自主性を重んじて自由な校風を目指すこと。それと、皆の笑顔が咲き乱れるような学校生活をつくり上げること」

「でも、一つ目の公約は達成できているはずじゃ――」

「それはお前の力じゃないだろ。先代の生徒会長の時からあった公約だ。良いところを失脚させないのは当然のことなんだよ。問題は二つ目だ」


 ピースサインを掲げ、新一にわかるように説明を続ける。


「そもそも、皆の笑顔が咲き乱れるって何だよ?」

「そ、それは……皆が笑顔なら、学校生活に不満がないことかなって」


 目を泳がせながら新一は語った。そんな新一の肩に俺は手を置く。


「そう。新一の考えは決して間違ってないんだ。皆が笑顔でいれる学校生活をつくり上げていくのは、全国の学校最大の目標と言ってもいいと思うんだ」

「お、おう」


 俺の勢いに押されたのか、新一は一歩後ずさった。


「だけど新一の言っていることには具体性がない。綺麗な言葉をただ並べているだけなんだよ」

「それじゃ、俺は何で生徒会長に選ばれたんだ」


 頭を抱える新一に言ってやりたかった。さっきからあれだけ言ってやったのだからわかるだろって。


「具体性のない新一の考えを、俺が応援演説で代弁してやったのを忘れたのか」

「おお、そうだった」


 あっけらかんとした新一の表情を見ていると、頭を抱えたくなるのは俺だけだろうか。


「購買の品数を今より充実させる。自動販売機の増設。携帯電話、スマホの使用許可。どれも生徒にとっていいと思う案を皆に説明してあげただろ。さらにはそれに伴って生じるであろう問題点も挙げ、生徒会で全て解決していくって」


 当時の応援演説を思い出すと、自分の発言がいかにはったりかよくわかる。それでも新一は俺の応援演説を否定もせず、必ず成し遂げてみますと全校生徒に向け大言壮語を吐いた。そのやる気に皆が乗せられて、新一が生徒会長になったんだと俺は思っている。


「そうだよ。それの実現に向け、生徒会は頑張ってる。それなのに、新聞部の奴らが俺達の活躍を奪っていくんだ。噛ませ犬かって。大輔もそう思うだろ?」

「いや、思わない」


 はっきりと新一に言ってやらないといけない。


「あくまで新聞部は、自分達で話題をつくり上げて今の人気を勝ち取ったんだろ。生徒会だって行き詰っているなら、新たな政策を考えないといけないんじゃないのか?」

「でも、何をすれば……」

「自分で考えろよ。俺は新一に助言しないから」

「大輔……」


 一瞬だけ俺の言いたいことをわかってくれたのかと思ったけど、様子が違った。


「こうなったら奥の手だ。大輔が駄目なら、副会長に聞くしかないか」

「あのさ。本気で殴っていいかな?」


 新一の態度に苛立ちを覚えた。つい握り拳を作ってしまう。


「でも、新聞部の人気は本当に凄いと思うんだ」

「未来予報だっけ?」

「おう。実際に新聞で書いたことが二週間以内に起こるってすごいよな。まるで漫画みたい」

「ふーん」

「おい、何だよその反応。まさか、大輔は何か知ってるのか?」


 新一が詰め寄ってくる。俺は思っていることを新一に伝えた。


「どうせ、新聞部の自作自演だろ。未来予知みたいな真似なんてできるはずがないって」

「なら、どうやって新聞部の実績を説明するんだよ。予言されたことが、現実になってるんだぜ」


 新一の言っている通り、未来予報に書かれたことは現実に起こっていた。それでも、俺には自作自演だと言える理由がある。


「未来予報の内容。よく見たのか?」

「そんなの当たり前だろ。最近で言うと一組の前田君が風邪で学校を休んだり、一組の稲葉さんが筆箱を失くしたけど、三年の先輩に拾ってもらったり。全て当たってたんだぜ」


 確かに新一の言葉に間違いはない。実際に未来予報で書かれていたことだ。


「全て一組の予言だよね。新一の言っていることは」

「そりゃ、未来予報にそう書いてあったから……」


 黙り込もうとする新一に、俺は決定的な一言を突きつけた。


「新聞部の部長は、たしか一組にいたよな」

「そ、それがどう関係あるんだ?」

「未来予報に書かれている内容からして、頭を下げれば誰でもできそうな内容だろ。それに調べればわかると思うけど、今までの未来予報って一組の人が多くターゲットになってるんじゃないのか?」


 実際に新聞部の部員が予言に書かれていたこともあった。


「だから俺は新聞部の茶番だと思う」

「そ、そんな」


 膝から崩れ落ちた新一の頭に、俺は手を乗っけた。


「まあ、全校生徒もそれくらい気づいてるって。少しでも盛り上がろうと、皆が新聞部の茶番にのってるだけだと思うよ」

「それじゃ、今の人気は……」

「いずれ終息すると思う。よかったな。あとは新一次第だな」


 力強く頭を撫でてやると同時に、俺に頼るなと念を込めて新一のつむじを力強く押した。


「いてっ。いつまで押してるんだよ」

「ごめん。新一に対しての日頃の恨みが……あ、おはよう。山中さん」


 痛がる新一をよそに、隣の席に腰を下ろした女子に声をかけた。


「…………」


 呼びかけに応える様子が一切ない。席に着いたら直ぐに突っ伏して寝る体制に入ってしまう。でも、これがいつも通りの反応だった。四月からずっと横の席いる俺のお隣さん、山中結衣やまなかゆいはいつも無口で授業中も寝てばかりいる不良少女。


「山中さんっていつも寝てるよね。もしかして夜中ずっとゲームでもしてるの?」

「…………」


 新一の呼びかけにも無視を貫きとおす。流石、俺のお隣さん。どんなときでもぶれることがない。


「おい、そろそろ席に戻れよ。会長」

「はいはい。わかったわかった」


 舌を出しながら自席に戻る新一を見ていると、子供だなと思ってしまう。そんな俺もまだ高校二年生なのに。

 ちらっと横に視線を移した。新一が去った後もずっと寝てばかりいるお隣さん。その長い黒髪で自分を包み込む姿は、何かを必死に守ろうとしているようにも見えた。

 俺も新一がいなかったら、お隣さんみたいに自由な生活を送れたのかもしれない。自由な時間が増えれば、じいちゃんの言っていた誰も知らない秘密について考えることができるはずだ。

 俺はこの高校生活で、じいちゃんが言っていた秘密を見つけないといけないのだから。

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