第7話 〜始まる世界の誰かのメモ



この世界に生まれ落ちる時前世に忘れ物があることがあるという。わぁは小さい頃親や祖父母に「何か忘れてる気がする」と言っていたらしい。これは前世に忘れ物があったり、前世のウチにトンデモ約束とかしてたりすると現れる言動らしい。


わぁが話すのも久しぶりなのかもしれない。

仁ほどじゃあない。

夢の中で8匹の猫に語りかけられるんだ。

小学5年生辺りからだった。

霊感が著しく成長したのもその頃だった。多重人格があるのは遊部メンバー殆どが知っていたが、霊感がある事は伝えてはいない。ただ漠然と気付いているやつはいると思う。


「また死んでしまった」

1匹の体の弱かった猫が悲しそうに言う。その黒猫は目玉が穿り出されていて、血の涙を流していた。

(くろんぼ……)

「お前もこれから死ぬ」

穿り出された目玉を口に押し込まれた虚ろな目をして死んでいる茶毛でフサフサの猫。今はもう血でベタベタで自慢の毛がぺちゃんこだ。

(ちゃぼ……)

「私たちも連れて行って」

この中の誰よりも臆病だった一際目の大きくて可愛かった灰色の猫。その大きな目は、「死」を大きく見せびらかしていた。

(メメ……)

「私たちもあなた達に死んでほしくはない」

美しい毛並みと顔立ちがぐちゃぐちゃにされてしまった三毛猫。

(トロ……)

「僕たちをつかって?」

ふっくらとした顔立ち、その口から内臓を垂れ流す惨たらしい死体のアメリカンショートヘア。

(おくま……)

(どうやって……?)

「いつも通りだよ、」

そうやって笑いかけるのは自慢の大きな耳を持つ茶トラ。もう顔の原型がない。

(ミミ……)

「覚えてるはずだよ」

顔のない猫が悲しそうに言う。

あぁ、あぁ、

くろ、ちゃぼ、メメ、トロ、くま、みみ!ひぐれ!!よあけ!!

あぁ!!あぁ!!

知らないはずなのに知っている、どうしてこんなに悲しい、どうしてこんなに苦しい!!

覚えているはずだよ。

8匹の猫の死体が笑う。



朝早くについた小学校の教室。時間が過ぎるとともに教室に人が増えていく。それと共に聞こえる聞きたくない罵詈雑言の嵐。そう、わぁはいじめられていた。

早く今日が終わって路地裏の猫たちに会えればいいのに。

でも、今日は一段と賑やかだった。こういう日は、必ず嫌なことがある。

「おい、デビル!!今日はいいもん持ってきたぜ!!」

緑色の大きなゴミ袋、中に見えるのはドス黒い何かと其れから溢れる粘着性のあるドス黒い水分。

ヒュー!!ヒューー!!と周りが騒ぐ中、机の上に其れ等をぶちまけられる。

ゴトゴトッ、ベチャッ、ゴロッ、

「…ひっ………!!!!」

思わず座っていた椅子から飛び退いてしまい無様にも尻餅をついてしまった。

「ぎゃーははははは!!コイツ、デビルのクセにビビってらーーー!!」

うわ、エグ……、ちょっと男子やり過ぎ〜、

聞こえるのは目を覆う言葉だけ。

だけど、わぁは。目が離せなかった。ただひたすらにその現実を受け入れたくなくて。

小学校に入れてもらえるまでの記憶がなかった。記憶はないがただ左腕にバイオハザードのマークがあるだけで村八分にされていた。忌むべき者だとして。

否が応でも目に焼き付く。

男子たちが持ってきたこれらは、この大量の猫の死体は、忌むべき存在のわぁが家族と呼べるくらいにまで親しい、大事な家族だった。

涙が出ない。

孤独だ。

教室に漂う異様な雰囲気。さながら魔女狩りの処刑場だ。

ガラガラと音を立てて生徒たちの狂気を止めたのは朝礼をしようとやってきた教師だった。

わぁは、愚かだった。

少なくともその教師に救いの手を求めていた。

「----」

教師の口から放たれたのは衝撃の一言で何を言われたか全く理解できなかった。

だが、少なくとも自分の中の悪魔が目覚めたのは分かった。黒板と共に自分の腕に貫かれている教師。

突然の出来事に呆気にとられ何もできないでいる生徒。逃げようとする生徒。命乞いをする生徒。

みんな、みんな、殺した。

みんな、みんな、死んでいる。

孤独。ただただ孤独。

この力がもっと早くに目覚めていればこの小さな家族たちが救えたのかもしれない。

孤独。

孤独

孤独

孤独

孤独。

孤独。

孤独。

孤独。

蠱毒。蠱毒。蠱毒、蠱毒、蠱毒。蠱毒、蠱毒、蠱毒。

「あぁ、なんだ、できるじゃないか」

狂った笑み。

「あはは、くす、クス……きひっ、」

両腕を前に出して、猫の死体の上で指をピアノを弾くように弾ませる。

わぁは知ってた。ずっと昔から続けてきたような感覚で、悲しさと恨みと孤独を蠱毒と混ぜ合わせる。

猫たちの死体からは形容し難い黒い霧でできた影のようなものが現れた。8体。成功だ。

何を思って成功なのか自分でも分からない。続いては屍をグチャリグチャリと踏み付けながら軽やかに進行し教壇の上に立って両手を広げる。

「喰え、この愚かなる畜生のくだらぬ魂を。」

自分から出る声はとても軽やかだった。ニャーンと返事が来ると猫の死霊達はぐちゃぐちゃに引き裂かれたり引き千切られたりした死体から霊魂を取り出し喰い、ついでに死体の内臓まで喰らい尽くす。まるで血みどろの晩餐会だ。

「くす、あぁ、、孤独、孤独、蠱毒蠱毒孤独蠱毒孤独蠱毒孤独蠱毒孤独蠱毒孤独蠱毒……くけ、くけけけけ!!ぎゃははははははははははは!!!!」



学校中の生徒を食い荒らし、最後は元の教室に戻ってきた。

静かで、赤くて、綺麗な世界。

「最後は」「一つに」「ならないと」「だから」

そこで猫の霊達が共喰いを始める。わぁは泣きながら笑って静かに見ていた。

「九尾になるには尻尾が一つ足りない」

一つの塊になった猫が言う。一般の人間からは視えないそれは。まさに化け物だった。

「「最後の尾は君だ」」

「うん……」

わぁは無心で猫達の死体を喰らう。血の味が、染み渡る。

こんな状況に産み落とした神様が許せない。こんなに辛くなるなら、こんなに苦しくて悲しい運命を突きつける神さまなど消えてしまえ。神さまなんて呪ってやる呪ってやる。

わぁは、知らないはずの知っている猫たちのために涙を流し続ける。


猫鬼。蠱毒の一種。

猫の呪い。犬神などと同じ類。猫同士の殺し合わせ、より強い呪いを作る。

だが今回は更に上乗せで人の蠱毒も取り入れているので、たかこ流と言うものになるだろう。

「猫鬼……」

たかこは少し考える。

takako→akaoto(赤、音)

少々無理矢理だが思いついた名前。唐突と言うにはあまりにも懐かしさを感じた。そうそう、こうやって決めてた〜みたいな感じの。

「わぁは、猫鬼……緋音(あかね)!」

この孤独と蠱毒でできた猫鬼は、緋音と名乗る。その顔はまるで真っ黒なお面に赤色で顔を描いたかのように単色で笑顔で、素顔が見えなかった。


夢はいつもここで目がさめる。

そう、いつも奥底で眠ってるわぁは、あの時から表になってもらっている緋音、つまりでびるの裏に隠れて、寝てばかりだ。この夢はわぁだけが見てる。

いや、やるべきことなら今する。これから。

文字を書くスピードも上がる。

わぁはこの猫達を知らないのに知っている。あの小説といい、仁の悪夢に魘される姿もずっと見てきたのだ。何か通じるものがあるのかもしれない。

だからこのメモに残すのだ。

そして夢の中で人を喰らい猫鬼の魂もこの体に納めている。わぁは恐らく前世で家族だった猫達にこんな無惨な死、いや、死んでほしくない。かといって、前世の運命線上でこの子達が死ななければ今の仲間達に会うことはなかったのだろう。


わぁが生まれてから今日まで、約18年、

小学5年生からあの夢を見初めて約5年、

つまりわぁが今生きてる最中に夢の中で蠱毒を続けてきた期間は8年。

だから、


もうこうなりゃ、面倒くせぇ。マジで計算が嫌いなんだけど。


別の筆跡が書いてある。もういつの間にか変わっていたのだろうが、計算が面倒で諦めたようだった。

「…………おっと…!」

こんなお話を書いてるだけで寄ってくる。わぁという人格は起きてるだけで引き寄せ体質なのだ。まぁいいカモだ。今、弱視となっている左目も幽霊を見るのにはちょうどいい眼鏡だ。イタコとかが職業の人は大抵盲目だったり目が悪かったりする。幽霊とかって目が悪い人の方が見やすかったりするみたいだね。

わぁは誰かさんの一番奥下でネガティヴで眠っているだけ。わぁは寄ってきた浮遊霊に語りかける。

「行き場がない?このお面に宿ってみる?その代わり何かあったら助けて欲しいんだけど……?」趣味で作ったり、集めている狐面の一つを差し出して語りかける。すんなりと狐面に霊を憑かせる。

(そんな浮かない顔してるともっと寄ってくるぞ?)

と霊から呼びかけがあるものの「呼び込んでるんだ、意図的に。」とだけ答えておく。


最後はグシャグシャの文字で書き綴られていた


わぁは、何もできないから


せめて



----------




猫鬼、霊、分からないことが多い。けれど、緋音も仁と同じように夢を見ている?だとすればそれはなぜ?

ゴミ箱に捨てられていたクシャクシャに丸められていた緋音の走り書きメモ用紙を手に入れた わぁ は少しだけ、安堵した。

夢を見ているのは自分だけではないんだな、と。





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