第4話
「…華乃、武器は残ってるか?」
薄暗い部屋の入り口付近で、六花は悲しそうな声で言う。
「多少なら、武器庫に残ってるが…」
短い言葉のキャッチボールが、お互いにの緊張感を感じ取れた。
「能力が能力なうえに、巨大生物との戦闘のおかげでほとんど弾を使い切ってたのを今更思い出した」
「今更かよ」
一方その頃。
「いただきます、ごちそうさま、をちゃんと言う緋音と涙音ちゃんを見習ってほしいな!!」
そんな言葉と共に放たれる大量の弾幕と、それに合意するような形で放たれた極太のレーザー。
「右に同じく!!」
瓦礫の山となった街で宇宙人と交戦しているのは秋夜、黒成、仁である。もうどこが道でどこが商店街でどこが病院だったかなんて分からない程に破壊された街で。
「なんだその『いただきます』『ごちそうさま』とは……意味が分からん」
対峙する緑色の肌を持つ初老の宇宙人は三人を相手にしても全く気にしていない模様。
二人の攻撃を避けた矢先、銀髪の青年が斬りかかってくる。普通の雑魚ならひとたまりもないだろう。
「データによれば刀を召喚して戦う能力者…仁……それとエネルギー砲…黒成は静電気を操っていたはずだが……」
仁の刀による攻撃をひょいひょいと避ける宇宙人はここで言葉を止めた。
「…」
「えっ僕は?!」
自分を解析してもらえなかった秋夜は思わずツッコミを入れる。
「機械よ…貴様はデータにないぞ」
そんな一言の瞬間、宇宙人は秋夜の目の前にいた。
「実に興味深いッ!!」
とんでもない速さで首に伸びた手は、秋夜を逃さない。
「このまま首をへし折って我々のスクラップになってもらおうじゃないか!!」
「秋夜ぁッ!」
仁が刀を構えて跳躍し、黒成が秋夜への誤射を避けるためにやや細めのレーザーを宇宙人の足元へ放った。しかし、宇宙人の手は容赦なく秋夜の首に力を入れる。二人の攻撃など、全く気にせずに。
「こ、のっ……」
秋夜は敵の顔面に向けて手に内蔵された銃を向ける。これでコイツが死ななければ自分はそれまでの人生だった。
ドスッ…
首に衝撃が走った。鈍いような衝撃とメキメキと響く振動。痛みは感じない。秋夜は瞬間的に目を閉じていた。
「「鷹?!」」
……え?
驚きの人物を呼ぶ声で目を開けた。そこにはフードで顔を覆った仲間、鷹がいた。
宇宙人の腕にはナイフが突き刺さり、鷹はそのナイフをギリギリと力の限り捻っていた。あの衝撃と骨に響くような振動は鷹によるものだった。
「が、あぁッ…?!貴様どこからァァァッ?!」
宇宙人は思わず秋夜から手を離し、すかさず鷹から距離をとった。
「あぁ、ずっと見物してた」
宇宙人の腕から抜けたナイフを見る鷹は更に続ける。
「俺らと同じカタチしてるから、やっぱ骨はあるのか…」
その口元は笑っていた。仲間が久しぶりに聞いた鷹の声は、とてつもなく冷ややかだった。
「広瀬 鷹……そうか、自分の姿を消して戦う能力者か!!」
宇宙人は刺された腕を押さえながら嬉しそうに叫んだ。
鷹はそれを気にもせず、いつもの冷徹な表情で呟く。
「本当に行儀が悪そうだな」
「鷹さ緋音乗り移ったがど思ったじゃ…!!」
いつも笑わない、喋らない鷹を見て黒成は焦っていたようだ。津軽弁訛りが丸出しである。
「4対1……あのバカはまだか……」
初老の宇宙人は、鷹に受けた腕の傷を眺めながら言う。骨と骨の間隔を無理やりずらされてしまっては動かすこともままならなかった。
「援軍が来る前に片付けないとな」
仁が再び刀を構えた、瞬間だった。ナノマシンを通じて、華乃からの慌ただしい声が聞こえてきた。
『皆聞いてくれ!!緋音と涙音ちゃんがやられた!!』
「はぁ?!」
どういうことだ?どうしてそんなことに?どうして?
あの2人が!!遊部でいえばかなりの実力者コンビだぞ!!!?
それでも、ダメだったっていうのか?
頭がグルグルと感情をかき混ぜる。それぞれ個人の動きが鈍ってきていた。それもそうだ。立て続けに、2人も仲間を失ったんだから。
ダァンッ!!
初老の緑色の腕が吹き飛ぶ。銃弾に抉り取られた腕は血を撒き散らしてボトリと落ちる。
「六花か!」
『そうだよ!皆!焦って混乱してる場合じゃない!!皆の戦闘位置も見える場所に来た!だから!!ーープツッ』
ナノマシンの音声がそこから先を伝えてくれない。何故!!何故!!敵はそんなことなど御構いなしに攻撃の手を緩めない。
『みんな、ごめん、』
華乃の声が聞こえた。とても悲しそうで自分を問い詰めてるような声だった。
考えれば分かることだった。
認めたくないことだった。
六花も、死んだ?
少し前。
「ここなら皆が見えるかな?」
「じゅーぶんだゾ」
大型の銃。対物ライフルと呼ばれる物騒な物を持って華乃の研究所の屋上へと登ってきた。
「とりあえず我輩は情報確認の為に下に戻る!!」
「了解!!」
さて、ここからの眺めは最高だ。六花は手始めにスコープを覗く。
仲間たちが必死に戦っているのが見えた。
引き金に乗せた指に力を込め、引く。
ズドォォォンッ!!!!
凄まじい爆音と衝撃が全身に響き渡る。宇宙人の腕に見事に命中したらしい。ポトリと腕が転がる。
「………!」
仁がこちらを向いて何かを叫ぶ。きっと自分の名前だろう。
「そうだよ!皆!焦って混乱してる場合じゃない!!皆の戦闘位置も見える場所に来た!だから!!ッーー」
ドスッ
ナノマシンを使って遠くにいる皆に伝えたい事があった。
でも、おかしいな。喋れない。
顎が動かない。それどころか首も腕も動かない。頭は何かに固定されてるみたいで、腕や足には力が入らない。
「見えないって最高だなァ」
そうだ、スナイパーは見えない。
「どうだ?そこからの景色は?ってもう聞こえてないか」
緑の足が身体を蹴り飛ばす。頭だけが突き刺さった棒に取り残された。
皆が戦っている。スコープがそれを拡大して見せている。このままじゃ何もできない。六花の瞳から涙が溢れる。あぁ、これじゃあ霞んで何も見えないじゃないか。何もできないじゃないか。
『……六花もやられた。多分この場所もバレてる。ごめん。もう、バイバイかもしれない、みんな、頑張って』
華乃の声は震えていた。
どういうことだよ!!一層頭が混乱する。一層刀を握る手に力が入る。
「わぁが華乃の所さ行ってくる!」
この状況に耐えきれなくなったのか黒成は腕についた細いリミッターを握りしめて力強く走り去る。
『くるな、お前も巻き込まれる』
文明の利器が脳に直接華乃の声を響かせてくる。
それでも、巻き込まれるとしても!!
黙って見ていられるわけがなかった。
「オラオラオラオラオラァァァァ!!黒成サマのお通りだオラァ!!ついて来い雑魚どもォォォ!!!」
出来るだけ早く走って、出来るだけ多くの宇宙人たちを集めて、ぶっ殺して!
華乃を助けて……!!
研究所全体が揺れ始める。いや、潰れ始めてた。凄まじい重力でもかけられているみたいだ。天井もバラバラと落ち始めている。
皆が映るモニターを眺めた。愛おしい仲間たち。何もできやしなかった。
「残念、だったなぁ……」
とあるスイッチに手をかける。
ピッ
電子音が鳴り響いただけで天井が崩れ落ちてくるのが止まるわけじゃない。モニターには『解除』と大きく表示されたのを見て華乃は少し安堵した。
そして、頭に、肩に、腹に、脚に、凄まじい衝撃が走る。
視界は一瞬のうちに暗転、体も崩れ、コンクリートの塊たちの下敷きになる。真っ暗で光なんて見えやしない。
(誰も看取ってはくれない最期、そしてこれは誰も見つけてくれない瓦礫の下、あーぁ、寂しいなぁ)
「えーっとどこいったっけ?」
ガラガラと瓦礫を乱暴にどかす音がする。
「あー、いたいた!」
ズルリと引きずり上げられた自分の体はどんなだろう?
「おー、酷い酷いwww」
「ホント酷い有様だなwww」
2つ緑の影は嘲笑う。
視界がおかしい。多分目玉が飛び出てる。きっといろんな箇所の骨が折れてグニャグニャのグチャグチャになっているのだろう。
彼らはこの身体を研究所の入り口の1番見えやすい場所に置いた。いや、投げ捨てた。そこには、地面に突き刺さった六花の頭があった。
「あーwひでぇwこれはひでぇ!あっはっはっwww」
笑って立ち去ろうとする2つの影にこのまま飛びかかって殺してやりたい。それなのに身体が動かない。
なんなら幽霊でもいい。魂だけででもアイツらを殺したい。そんな衝動に駆られる。それなのに動けなかった。
もしかして我輩は地縛霊とかな感じでずっとここにいることになるのか?
もう考える体も死んでしまっているはずなのに、華乃の思考は俯き固まってしまう。
グイグイ
何かに力強く引っ張られた。
(おいおい?天才の華乃君がいつまでそこにいるつもりなんだ?)
火呂の声だ。
(我輩、ゆーれいなどの種にはとんと知識がなくてな!!)
涙が出そうで出ない。悲しいような、嬉しいような。突っぱねるような口調でどうすればいいのか指示を仰いでいた。
(手を伸ばせよ華乃)
今度は六花の声だ。
手を伸ばす?あぁそうか。
華乃は2人の手を掴んでその体から抜けた。
目玉が飛び出て、腕がおかしい方向に曲がってたり、所々曲がりきれなくて裂けてたり、骨が飛び出ていたり。見るに耐えない自分だった体。
華乃は誓う。いつか必ず、この復讐を果たすと。例え、輪廻を越えようとも。
ズドドドドド……
崩れていく、研究所が。自分たちの溜まり場が。楽しかったあの場所が。
「チクショォォォーー!!」
背後に迫る緑にビーム砲をぶちかます。
崩れた研究所にむかってひたすら走る。まだ間に合うかもしれない。
走って、
走って、走って、
走って走って走って、
走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って。
辿り着いた先は研究所の入り口。
見世物のように投げ捨てられた無惨な仲間。棒に突き刺された六花の頭と、グチャグチャの華乃。
あぁ、吐き気とは違う何かが込み上げてくる。涙すら出てこない。
「いらねぇよ……」
絶望、仲間の死はもういらない。見たくない、と黒成の弱々しい声に笑い声が重なる。黒成は囲まれていた。
自分が連れてきたのもあるが、貴重なエネルギー源になるから捕獲せよと指示を出されたらしい宇宙人たちが大量に集まってきていたのだ。
「こんなもん、もういらねぇよ!」
右手首に繋がるリミッターを握力だけで引きちぎり破壊した。
黒成の体が光り始める。
「ははは!!あはははははは!!この!!畜生共めがあぁぁぁぁぁーー!!!!!」
キィン。
黒成の周りに集まっていた宇宙人たちの口元からは嘲笑の笑みが消えていた。
悟ったその瞬間はもう遅い。
爆発する。
この体も、お前たちも。
光の塊が全てを飲み込んでいく。凄まじいほどの大量のエネルギーが、大量の宇宙人という異物を瞬間的に飲み込み爆散した。
それは、仁たちの目の前まで届いた。
凄まじい閃光と爆風が仁たちを襲う。
「ッ……?!黒…成?!」
六花 頭部損傷により死亡
華乃 研究所ごと押し潰され圧死
黒成 自らのエネルギーを暴発させ自爆
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